セビージャの夜に流れた嬉し涙と悔し涙──。

 ヨーロッパリーグ決勝史上でも、とびきり熱い雰囲気で開催された一戦は、延長戦を経てPK戦で決着を見た。それだけに、勝負が着いた後の両者は実に対照的だった。

表彰式で喜ぶフランクフルトの面々(クリック、スワイプすると長谷部らの写真をご覧になれます) ©Getty Images

 勝者のひとり、アイントラハト・フランクフルトの鎌田大地は、顔を紅潮させて雄叫びを上げ、「初めて嬉しくて号泣」したことを試合後に自身のSNSで明かしている。敗れたレンジャーズを見守ったスタンドの少年は、青いシャツに涙をこぼし、それでも愛するチームを誇らしく感じたことだろう。

 ドイツのフランクフルトとスコットランドのレンジャーズは、どちらも極めて熱狂的なファンにサポートされている。また双方とも、今大会で何度もアップセットを演じて頂上決戦までたどり着いてきたアンダードッグ同士だ。

 19世紀に創設された両クラブの長い歴史を振り返っても、欧州カップ戦のファイナルは数えるほど。そんな滅多にない大一番を我が目で見て、選手たちを後押ししようと、欧州北部から南欧へ両チームのサポーターが大量に押し寄せていた。その数は合計15万人以上とも言われ、試合前から街で暴れたサポーターを地元警察が逮捕したとも報じられていた。

「鎌田を自由にしないことが死活問題に」

 戦前の大きな注目ポイントのひとつに挙げられていたのが、フランクフルトのクリエイター、鎌田をレンジャーズがいかに抑えるかだった。

EL決勝に先発出場した鎌田(クリック、スワイプすると長谷部らの写真をご覧になれます) ©Getty Images

「ファイナルサードで鎌田大地を自由にしないことが、レンジャーズにとって死活問題となる」と綴ったのは英紙『ガーディアン』だ。

「この日本人プレーメーカーはラブリーかつシルキーな選手で、4強でウェストハムを下した時も印象的な活躍を披露している。(中略)もし鎌田に広いスペースを与えてしまえば、左からドリブルで侵入されたり、クレバーなパスを通されたりされて、レンジャーズは混乱させられるだろう」

 実際にキックオフの笛が鳴ると、レンジャーズは守備的MFのジョン・ランドストラム──準決勝で値千金の決勝点を叩き出した28歳──に鎌田をマークさせ、フランクフルトの左サイドを警戒した。

 それでも12分に、右からのパスがランドストラムの頭上を超えて鎌田に渡ると、ボックスのなかに持ち込んで決定機に。ここはレンジャーズの守備陣が懸命に対処してゴールには結びつかなかったが、フランクフルトの15番が相手にとって危険な選手であることが早くも証明された。

セルビア代表で日本人コーチが指導する名手の技

 ただしフランクフルトの左サイドには、もうひとり、注意すべき選手がいる──背番号10をまとうウイングバック、フィリップ・コスティッチだ。

 今年のW杯に出場するセルビア代表で彼を指導する喜熨斗勝史コーチが、「本当に成熟した選手で、技術も労力もトップクラス」と称えるレフティーは、守備時には大外で対峙するジェームス・タバーニア──ライトバックにして今大会のチーム得点王──を封じ、攻撃に転じれば、迫力満点の突進と精度の高い強烈なキックで際どいシーンを演出した。

 一方、レンジャーズはシーズン途中にスティーブン・ジェラードから指揮権を引き継いだジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト監督が策を講じ、本来はウイングやトップ下のジョー・アリボを前線中央に配置し、これが奏功。スコアレスで迎えた後半12分、味方CBが頭で跳ね返したこぼれ球の処理を相手が誤ると、独走してGKとの1対1を制して、レンジャーズが先制した。

失点後、即座に長谷部誠が投入されると……

 するとフランクフルトのオリバー・グラスナー監督は即座に、失点に関与したCBトゥタを長谷部誠と交代させる。

 ブンデスリーガ最年長の38歳の元日本代表主将は、この難しい状況にもまったく動じることなく、全体に指示を出し、自らも身を挺して要所を締めた。

長谷部の身を挺したディフェンス ©Getty Images

「ほとんど監督みたい」

 戦前に行われたUEFA公式の対談で、鎌田は長谷部についてこう評していたように――まさしくその姿はピッチ上の指揮官だった。

 長谷部の投入もあって落ち着きを取り戻したフランクフルトは、得意のハイプレスで徐々にペースを掴んでいく。鎌田が「大学の授業のよう」と印象を語っていたグラスナー監督の指導によって築かれた現代的な守備だ。

 失点の10分後には高い位置でボールを奪い、鎌田がループシュートを狙ったが、惜しくもネットの上に。しかしその2分後には、再び左サイドから攻略し、同点ゴール。コスティッチが対面のスコット・ライトを突破せずに左足を振ると、ボールは相手の股間を鋭く抜けてゴール前に届き、ラファエル・ボレがニアサイドで合わせてネットを揺らした。

 優勝候補ではないチーム同士の決勝だったが、クオリティーも緊張感も高く、延長戦でも決定機がつくられた。それらをどちらも集中して守り抜き、PK戦でもハイレベルな攻防が続いた。

鎌田のPK成功 ©Getty Images

 レンジャーズの主将タバーニアが度胸満点の正面へのキックを成功させると、以降はゴールの四隅を貫くゴールの応酬に。フランクフルトの3番手、鎌田も右のポストの内側に強いキックを沈めている。

 直後に、117分に投入された経験豊富なアーロン・ラムジーが中央に放ったキックをGKケビン・トラップが足で弾き、これが両チームを通じて唯一のミスに。最後はボレが左のトップコーナーに誰も取れないようなシュートを決めて、フランクフルトが42年ぶりに優勝し(当時はUEFAカップ)、来季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

長谷部いわく「研究熱心で真面目な」指揮官が会見後……

「先制されて追いついて、最後はPK戦で勝ったのだから、我々は幸運だったと思う」と試合後にオリバー・グラスナー監督は話した。

「でもこの大会で13試合を戦い、1度も負けなかったのだから、完全に私たちにふさわしい勝利だった。本当にこのチームが誇らしいよ」

 この47歳のオーストリア人指揮官のことを「研究熱心で真面目で良い人。チームにもそんな彼の人柄が出ている」と話していたのは、キャプテンマークを巻いて優勝の瞬間を味わった長谷部だ。

 彼と鎌田はEL決勝の大舞台でそれぞれの持ち味を出し、日本人として小野伸二が2002年にフェイエノールトで成し遂げて以来の偉業を達成した。来季の去就はまだ定かではないが、チャンピオンズリーグの本戦でも彼らの勇姿を観たい。

 最後に、試合後の記者会見での珍しい一幕を伝えておきたい。

 グラスナー監督がメディアからの質問に応えている最中にロッカールームから選手たちが乱入し、「カンピオーネ!」を合唱して飛び跳ね、水をぶちまけていった。そんな会見は、個人的には初めて目にするものだったが、きっとその宴はフランクフルトの街でも続いていることだろう。

©Getty Images

文=井川洋一

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