「むしろ……藤井聡太さんは全然、人間ぽくないですけどね。正直」

 異色の将棋本としてベストセラーとなっている『現代将棋を読み解く7つの理論』。その著者・あらきっぺは、経歴も異色だ。

 本名は荒木隆。元奨励会三段。年齢制限で奨励会を退会となってからは、現代将棋に関するブログを執筆しつつ、アマ大会で活躍。

 2019年には、アマチュアとして出場した朝日杯で、今期叡王戦で挑戦者となった出口若武六段にも勝利している。

 さらに将棋ソフト『水匠』と100日間対局を続けるという荒行を敢行し、その直後に出場した将棋ソフトの大会では、生身の人間であるにもかかわらず不利な後手番でソフトを相手に引き分けに持ち込むなど、現代において最も将棋ソフトの棋風に詳しい人間の一人といえる。

 インタビューの第2弾では、そんなあらきっぺの口から飛び出した「藤井聡太の将棋には人間ぽさが無い」という言葉の意味を、徹底的に掘り下げる。(全3回の2回目/#1、#3へ)。

「人間ぽさ」を感じなくなったきっかけとは

 ——無いですか。人間ぽさ。

「まるで無いですよね」

 ——相掛かりを指し始めた頃からですか?

「相掛かりを指すようになったのって、2020年の11月くらいでしたっけ?」

 ——そのはずです。『水匠』の開発者である杉村達也さんと対談した際に『dlshogi』のことを聞いて、それがきっかけになったはずなので。

2020年当時の藤井五冠 ©日本将棋連盟

 ここでいう杉村と藤井の対談とは、新人王戦の主催紙である『赤旗』紙上で行われたものだ。

 杉村によれば、この対談は偶然にも第1回電竜戦の初日に行われており、その電竜戦で優勝したのがチームdlshogiの『GCT』だった。ディープラーニング系のソフトが初めて大会で優勝した転換点である。

 水匠をはじめとする従来型の将棋ソフトはCPUという半導体チップを使う。藤井は50万円もする高価なCPUを購入したことで話題となったが、それは水匠を効率よく動かすためだった。

 しかしdlshogiはGPUという別の半導体チップを使用する。

 そしてdlshogiの得意戦法が、今や藤井の得意戦法となった相掛かりなのだ。

「相掛かりを指し始める、もうちょっと手前あたり……渡辺(明)先生から棋聖を奪った頃にはもう人間離れしています。

 藤井さんの指していた将棋を見ると、間違いなくソフトと対局しているなと感じていました。ご本人が『ソフトと対局している』という発言をされる前から、将棋の造りというか、この……ソフトとしか言い様のない指し回しというか。人間的な要素がどんどん消えていくような」

豊島先生の将棋も人間ぽくないな、と思いますが

 ——あらきっぺさんが奨励会時代に理想とした豊島将之九段も、かつてソフトと集中的に対局していました。豊島先生の将棋からは、そういったものは感じませんか?

「豊島先生の将棋も人間ぽくないなとは思いますけど……藤井さんは、語弊があるかもしれませんが、人間の感覚をどんどん捨てようとして、ちゃんと捨てきった姿になっていると思うんです。でも豊島先生は、捨てる努力はしたんだけど、捨てきれなかったような感じが、ちょっとしますね。

 棋士と棋士が対戦すると、どうしてもソフトが指してこないような手が現れるわけですよ。藤井さんは人間の手が来たときに、ソフトの手で返している気がするんです。が、豊島先生は、そこで人間の手を返しているような気がします。

 藤井さんにしろ、豊島先生にしろ、ソフトの棋譜を使って勉強しているんだと思います。だからソフトの手には、ソフトの手で返せる。でも、人間の手が飛んできたときにソフトの手で返せるかというと、そこは……」

 ——それまで培った人間の感覚が出てしまう?

「そうですね。やっぱり十代の頃とか奨励会員だった頃に培ったものをアンインストールするのって、人間にはすごく難しいので。

 脱皮しても何かが残るじゃないですか。生き物って。アンインストールとは違うわけですよ。でも藤井さんは何か本当に、アンインストールしたなって感じが。そこが異質ですね」

2021年の竜王戦第1局 ©日本将棋連盟

藤井さんのミスは非常に気付きづらい

 ——豊島先生は以前、「人間は間違ったバージョンに進化したら元に戻せない」と語っていらっしゃいました。冗談めかしてではありましたが……。

「藤井さんもですね、ソフトに解析させると、ミスをしているんですね。しかし藤井さんの犯すミスというのは、人間的に見ると、パッと見じゃわからないミスなんですよ。他の方のミスだと、パッと見て『何か誤算があるな』とか『ちょっと違和感があるな』とか、そういうことを感じるんです。

 藤井さんのミスは、非常に気付きづらい。そういう意味では、将棋ソフトの犯すミスも人間的にはわかりにくい。藤井さんは間違い方が非人間的というか……」

 ——間違い方までもが人間を超えている?

「勝ち方に関して言えば、筋に入ってしまえばプロ棋士は幾度となく寄せを展開してきたわけですからそこまで違いを感じません。ミスの仕方ですね」

 ——あらきっぺさんは藤井竜王が29連勝をした頃に一度、その将棋を徹底的に分析しています。その頃と比べて、今の藤井将棋はどう変わりましたか?

「藤井さんの将棋が四、五段の頃と比較すると……金の使い方が変わったなと。デビュー当時は、金の使い方にそこまで特徴はなかったところがあると思うんですけど、今の藤井竜王は、金の使い方が他のプレイヤーと比べると特徴的だと思いますね。

 そして金の使い方が独特というのはdlshogiの特徴でもあります。おそらくずっと水匠を使い続けて、現在は両方を使っているんだと思います。dlshogiの特徴や感覚を上手く取り入れていらっしゃる」

三段リーグでの対戦時に感じた片鱗とは

 ——三段リーグで藤井竜王と対局なさいましたが、その頃から今の片鱗はありましたか?

「ありましたね。私と藤井さんの対局は、お互い中盤くらいで時間を使い切って、終盤両者一分将棋の叩き合いになったんですが……藤井さんは、とにかく間違えないんです。

 三段リーグは足の引っ張り合いみたいな将棋が多い。『まだ相手が間違えるから、そこで勝機を掴めば自分にもチャンスがある!』という感覚でみんな指しているんですが、藤井さんに関してはそれが通用しない。普通の人なら来るチャンスボールが来ないんですよ。

 常に『こうやられたら嫌だな』という手を指してきますし、自分の読みから外れた場合は想像よりキツい手が飛んでくるんです。要するに力が違うんですね。

 やっぱりそういう、一分将棋の中でも高いパフォーマンスを出せるというのが、一番感じますね。そこは当時と変わらないなと。今はもっと強くなっているんでしょうけど」

 ——生来のものという感じですか?

「そう思います。もちろん努力の賜でもあるのでしょうが。また、寄せの組み立て方が……具体的には筋に入れるまでの手順が非常に人と違うなという気がしますね。結構、逆算で考えているような気がします。

 寄せにはいくつか行程があって、これは拙著『終盤戦のストラテジー』にも書いたことなんですが、普通はまず敵陣に侵入する。侵入したら、寄せの準備を整える。そこから囲いを崩し、敵玉に迫って、詰めろを掛けて、詰ましましょうと。こういう流れで進んでいくのですが、藤井さんはゴールから考えている節を感じますね。

 よくあるパターンとして、持ち駒をたくさん溜めて、長手数の詰みでスパッと切る。この長手数の詰みを決めるときに、どの駒が詰みに必要なピースなのかをよく考えて、詰めろを掛ける数段階前から考えて行動しているというのを感じます」

藤井竜王のような手と言えば、谷川先生のあの一手

 ——藤井竜王のように非人間的な手を指せる棋士は、他にいますか?

「特徴があるなと感じる人はたくさんいるんです。けど、非人間的かといわれると……うーん、ちょっと……。強いて言えば、昔……谷川先生が羽生(善治)先生を相手に指した、7七桂と放り込んで勝ったあの一手」

 ——非常に有名な手ですね。谷川浩司九段は『このような手が浮かぶのは理屈ではない。7七の地点が光って見えた』と、ご自身で回想しておられます。

「あれは非人間的だと感じます。発想が飛躍しすぎている。ああいう組み立てというか構想が藤井さんには多いです」

 ——そういう手が出ることと、ソフトと実際に将棋を指していることとの関連性はありますか?

「多分にあると思います。ソフトと戦うと、中終盤で人間の想像を超えた手を指してくるので。そういうのを何度も何度も見ると、影響を受けるんです。それを狙って出せるのが理想だと思うんですが、狙って出せなくても、無意識でたまにできてしまうことがあるわけですよ。

 アスリートの方でも、『無意識のうちに身体が動いた』とはよく聞きます。そういうことが盤上でもよく起こると思います」

2021年の王位戦第2局 ©日本将棋連盟

『7つの理論』を使って藤井将棋を読み解くと

 ——『7つの理論』を使って藤井将棋を読み解くと、どんな感じになりますか?

「非常に『相対的』な将棋だと思います。聡太さんだから相対的と言っているわけではなく(笑)」

 ——(笑)。7つの理論は『相対性』『即効性』『耐久性』『可動性』『保全性』『局地性』『変換性』という観点から現代将棋を再構成する試みですが、その中でも『相対性』の面が最も強いと。

「拙著に『相対性理論は、相手よりもほんの少しだけ勝った状態で使うと作戦勝ちになりやすい』と書いています。大差で勝とうとはしていないんです。白鳥さんの『りゅうおうのおしごと!』の中で、『嬲り殺しの万智』ってキャラが出てくるじゃないですか」

 ——出てきますね。穴熊使いの女流棋士です。

「すごい大差で勝とうとすると、穴熊のようにバランスが崩れるわけです。けれど藤井さんの将棋は自陣のバランスもそうですし、相手とのバランスも取っていると感じます」

 ——相手とのバランスとは、具体的には?

「前期のB級1組の対局。松尾歩八段との将棋で、序盤の何気ない局面で1六歩と突いている手があるんですが、こういったところが相対的といえます。松尾先生の歩だけ1四と突いていて、藤井さんはまだ1七にあったんですね。別にこの局面で1六歩と突く必要はなくて、他の手を指してみたいんですよ。まだ駒組みが完成していないので。

 ここで敢えて1六歩という手を選ぶのが、相手をよく見ているなと。こういう細かい部分で均衡を保つと、大差になりづらい。非常に地味ですが、ここで1六歩を選べるのが、藤井さんの特徴が出ている」

 ——藤井竜王が序盤であまりリードを奪わないのは、敢えてそうしていると?

「相対的に戦うメリットは、相手と差が付きにくくなることです。中盤終盤でも差が付かずに煮詰まっていくと、最後は圧倒的な終盤力がものをいう。藤井さんは『最善を追究したい』とおっしゃってるのでそれが第一だとは思うんですけれど、勝負の観点からしても、自分の長所を生かしつつ最善を選ぶという姿勢が感じられます。

 相手が即効できたら即効で対抗できるし。耐久で来たら耐久で対抗できる。そこが本当に大事なんです。攻めっ気が強い人は即効を重視しますし、受けが強い人は耐久を重視します。しかし藤井さんは、そういうのが無い。常に相手を見ている」

叡王戦第2局 ©日本将棋連盟

まるで落合監督時代の中日のような

 ——対策を立てづらい感じはありますか?

「いや、逆じゃないですかね。だいたいこっちの真似をしてくるわけですし(笑)。やってくることは、わかりやすい。ただ、現実として、差が付きにくい指し方をされてしまう。対策は立てられるけれど、優位を奪えるかどうかといえば……そこは至難ですね」

 ——落合博満監督時代の中日ドラゴンズのような?

「ああ、そうですね!」

 ——常に1−0のようなスコアで勝とうとしてくる。さらに、最後には岩瀬仁紀みたいな最強のクローザーが控えている。途中で1点取ったら、あとは淡々とそれを守ればいいと。

「そういう安定感やプレースタイルのような感じがありますね」

落合博満監督体制の中日は安定した強さを誇った ©Naoya Sanuki

 ——ただ、藤井将棋は最後に大技が出てファンを魅了するじゃないですか。それっていうのは……藤井先生が狙って大技を出しているのか、それとも相手がミスをして結果的にそれが大技に見えているのか、どっちなんですか?

「言いにくいんですが……相手がミスをしているというのが大きな要因だと思います。これは将棋に限った話じゃないんですが、実力が拮抗した者同士が戦うと、非常に地味な勝負になるんです。

 オリンピックの柔道が典型だと思います。1回戦や2回戦だと、技が決まって一本勝ちもある。昔の柔道もオール一本勝ちみたいな金メダルもあった。しかし今の柔道は、判定で勝負が決まりますよね。技を殺し合って、地味な戦いになるんですよ。

 だから藤井さんの将棋で、派手な手が飛んでくるのは……相手が技を見抜けていないから。竜王戦の4一銀とか、有名な7七飛車成とかが出る」

私が言うのはおこがましいですが、藤井さんと同じことをしては

 ——人間の感覚をアンインストールして、戦い方も隙が無い。となると、今のプロ棋士たちはどうすれば藤井竜王に追いつくことができるのでしょう?

「プロ棋士じゃない私がこんなことを言うのはおこがましいんですが……同じことをして藤井さんに追いつけるかというと、私はノーだと思います。

 藤井さんの取り組みは、藤井さんの棋力や、使っているマシンスペックや性格、年齢的に今しかできないものかもしれない。そもそもプロ棋士の方々は既に将棋を極めているわけです。守破離でいうと、離の部分にいる」

藤井竜王と別の方向性で強いのは誰?

 ——他人の真似をして力を伸ばす段階は、とうに終わっていると。ではあらきっぺさんから見て、藤井竜王とは別の方向性で強い棋士というのは、どなたでしょう?

「糸谷(哲郎)先生を挙げたいですね。もともと個性的な将棋を指されるというのもありますし……糸谷先生の将棋って、プロ的に見てもアマ的に見ても、どう見ても本筋じゃないっていうのがあるじゃないですか(笑)。

 私は弟弟子に当たるので、よく話をうかがったんですが……たとえば本筋を追究する棋士の代表格って郷田真隆九段だと思うんですけど、糸谷先生は『郷田先生と自分は水と油だから』って(笑)」

糸谷哲郎八段(2021年) ©日本将棋連盟

 ——棋風的な話ですよね?

「もちろん(笑)。一時代を築いた棋士って、どなたも本筋タイプだと思うんですけど、糸谷先生はデビュー当時から一貫して本筋じゃない。竜王を取り、A級棋士となり、プロ棋士がみんな将棋ソフトを使うような今みたいな環境になってもソフトの影響をそこまで受けてる感じでもないですし。けれどA級に君臨している。これは本当にすごいなと。

 今でもほら、中段玉でフワフワしてるじゃないですか(笑)。それって本筋でもないし将棋ソフトでもない。でも勝つわけです」

 藤井聡太は強い。その取り組み方も頭抜けて徹底している。

 しかし同じことをしても勝てるわけではない。そもそも藤井聡太のコピーばかりになったプロの将棋界は、つまらない。

 あらきっぺの言葉は、将棋ファンの思いを代弁したものでもある。

 ただ現実には、藤井聡太や糸谷哲郎のように、盤上で自由に振る舞うことができる天才は、ごく一握りだ。

 そしてあらきっぺも、自身が天才ではないと思い知らされる、つらい経験をしている。

 インタビュー第3弾は、年齢制限で退会となった奨励会時代のことについて尋ねた。あと1つでも勝てば奨励会に残ることができた……藤井聡太も参加した、第59回三段リーグのことを。<#3につづく>

文=白鳥士郎

photograph by 日本将棋連盟