6月2日のパラグアイ戦で日本代表デビューを飾ったDF伊藤洋輝(23歳)。2021年夏にブンデスリーガのシュツットガルト(ドイツ)に加入以降、急成長を遂げる姿に現地メディアはどう見ているのだろうか。チームを追う記者2人にリアルな評価を訊いた。

 苦しいシーズンを、逆転残留というハッピーエンドで終えたシュツットガルト。5月14日の最終節ケルン戦で1−1で迎えた92分、2−1の劇的ゴールを決めてヒーロー、いやそれどころかレジェンドになったのは遠藤航だが、その得点につながる左コーナーキックを頭で逸らしてアシストしたのが、伊藤洋輝だった。

 今回の代表戦シリーズで初めてA代表入りした伊藤の急激な成長ぶりには、ドイツでは2021年秋から驚きと称賛の声が挙がっていた。もうすぐウィンターブレークを迎える21年12月、DFL主催で行われたリモート取材で、キャプテンの遠藤航に「伊藤選手は、近い将来日本代表で活躍できそうな逸材でしょうか?」と聞いてみると、「自分より評価が高いくらい。このままいけば、何の心配もない」という答えが返ってきた。

 さて、ドイツでの伊藤の飛躍は、どう始まったのだろうか。

「伊藤は白紙だ」の真意

「伊藤は白紙だ」と語るのは、長年キッカー誌でシュツットガルトを担当するゲオルゲ・モシディス記者だ。何も書き込まれていない一枚の紙。誰も知らない、何を期待したら良いかもわからない無名の選手という意味である。「なにしろ日本の2部リーグから来て、まずはセカンドチームでやらせると聞いていたし、レンタル料もほぼタダに等しかった」ことも期待度と注目度を低くしていた。

ジュビロ磐田時代の伊藤洋輝 ©︎Masashi Hara/Getty Images

 この言葉には聞き覚えがある……そう、2010年の夏、ユルゲン・クロップ監督率いるドルトムントに、香川真司が入団した時に耳にした言葉とほぼ同じ(香川は最初から完全移籍。セレッソにはトレーニング・コンペンセーションが支払われた)。あの時も仕掛け人はスベン・ミスリンタートだった(現在シュツットガルトのSD。ドルトムントではチーフスカウトだった)。

 伊藤がいきなりトップチームに加わることになった経緯をモシディス記者はこう説明する。

「ある日、トップチームの練習前に早めに着いて、セカンドチームの練習を見ていた(ペレグリーノ・)マテラッツォ監督の目に止まったのが伊藤だ。左利きで、体も大きすぎず小さすぎず、技術も優れている。だからすぐに、自分のチームのオーストリア合宿に帯同させてよく見てみたいと願い出たんだ」

「もちろん、マテラッツォ監督がセカンドチームの練習を見たのはこの日が初めてではなく、普段から機会があれば見るようにしているから、この日でなかったとしてもいずれは伊藤を”発見”していただろう」

 とはいえ、この早い時点で”発見”してもらえたからこそ、これほどの飛躍が可能だったのかもしれない。

 合宿と練習試合で伊藤がトップチームのレベルで十分できること、その謙虚な姿勢と高い学習能力を確認したマテラッツォ監督は、シュツットガルトに戻ってからも伊藤を手放さず、トップチームで練習させる。

 そしてブンデスリーガ第1節と第2節はベンチに座らせて、第3節のフライブルク戦62分にピッチに送り出す。試合は2−3で敗れたが、伊藤が十分やっていけることを確信した監督は、それ以降、伊藤のプレー時間を徐々に増やしていった。第5節のレバークーゼン戦で初先発し、第8節には初めて90分出場を果たし、第13節のマインツ戦(2−1)で初ゴールを決めるなど順風満帆で、2021年11月にはブンデスリーガの「ルーキー・オブ・ザ・マンス」にも選ばれた。

 そしてライバルだったマーク=オリバー・ケンプフは冬の移籍期間にヘルタ・ベルリンへ移籍していなくなった。

1部残留を決める遠藤のゴールをアシストした伊藤 ©︎AFLO

冬の時点では絶対欠かせない存在に

「遅くともこの時点で、伊藤はチームに絶対欠かせない存在になっていた」とシュツットガルト新聞のグレゴール・プライス記者は思い起こす。その通り、2022年に入ってから伊藤は、コロナ感染で隔離が必要となった3月の1試合を除くほぼ全ての試合で、先発フル出場している。

「ちなみにケンプフは、2021年夏の時点で移籍を希望していた。それが叶わずに少し心ここにあらずだったところに伊藤がやってきて、監督に大切にされるのを見て、いくらか怠慢さが表れていた部分もあった。それがなかったら、やはり経験豊富でデュエルにも強いので、マテラッツォ監督も引き続きプレーさせていた可能性もある」(モシディス記者)

 先述した夏合宿帯同の経緯も含め、伊藤はタイミングと運にも恵まれたということだろう。

レジェンド級の評価をされる遠藤航の存在も、成長を後押しした ©︎Picture alliance/アフロ

 そしてプライス記者は「遠藤航も大きな助けとなった」と考える。ピッチ上での理解という意味でもそうだし、プライベート、生活面でも。「残留を決めたあのシーン、伊藤が頭で流して遠藤のゴールをお膳立てしたあのシーンの成り立ちが、それを描いているようだった」と、3週間経っても感動は薄れていないようだ。

 キッカー誌のモシディス記者とシュツットガルト新聞のプライス記者の両方が最も感心しているのは、「伊藤のコンスタントさ」である。

「まずプレーにムラがない。キッカーの採点で僕が伊藤に5をつけたことはないと思う。まず3、悪くても4なんだ」とモシディス記者(キッカー誌の採点は1〜6で、最高が1、最低が6)。「1シーズンを通して同じクオリティーを提供できるから、残留競争にどっぷりで苦しい戦いが続く中でも監督は使い続けることができた」とプライス記者も言う。

 5月20日、シュツットガルトはジュビロ磐田とのレンタル契約に付いていた買取オプションを行使して、伊藤と2025年6月までの3年契約を交わした。

 ちょうど同じ日に6月の代表戦に向けて発表された日本代表メンバー28人の中に伊藤の名前があったことに、モシディス記者は驚いていない。「今季の活躍が報われた」と言う。「日本代表のことをよく知らない僕がいうのも何だけど、このまま怪我などの不運がなければ、伊藤は来季のW杯までの数カ月で、さらに飛躍するだろう。そうすればW杯の最終メンバーにも入るのではないか」と期待するのだ。その上で「左利きの選手の中でも特に巧い左足、ダイアゴナルパス、シュート力、ヘディングの強さはセールスポイント」だと見ている。

 シュツットガルトがブンデスリーガ1部に残留できたのも大きい。W杯までにドイツ代表の主要メンバーを擁するバイエルンや、他のトップレベルのチームと引き続き対戦することができるからだ。

ドイツでの活躍が認められ、日本代表に初選出された伊藤洋輝 ©︎Koji Watanabe/Getty Images

地元記者も知りたい素顔「Google検索してみたが」

 モシディス記者とプライス記者には、来季こそ実現させたいと思っていることが一つある。伊藤のインタビューである。

 2021-2022年シーズンはコロナ禍で選手との接触が厳しく制限され、ミックスゾーンもシーズン終了間際まで開かれなかった。そしてシュツットガルトが長く苦しい残留競争に巻き込まれたこともあり、地元紙でさえも無理にアポの打診をするのは憚られた。だからピッチ上以外の伊藤のことは誰も何も知らないというのが実情らしい。冒頭の「白紙だ」が現在形なのは、それが理由でもある。

「どんなことでも知りたいと思ってGoogleで検索してみたが、何も引っかからない」(モシディス記者)、「声も聞いたことがないし、雲のように掴みどころがない」(プライス記者)。伊藤選手がどんな人間なのかを、みんなが知りたがっている。

文=円賀貴子

photograph by Kiichi Matsumoto