今年前半のプロ野球の話題として「審判と選手をめぐるトラブル」が上位に挙がってくることになるだろう。

 まだ開幕2カ月少しだが、すでに審判による「退場宣告」が3件、大きく話題となった出来事もあった。

審判による退場宣告のシチュエーションを振り返る

(1)3月29日:中日−DeNA戦で、DeNAの大和が見逃し三振の判定に対して不服を表す行動(バットで線を引くような動き)をし、敷田直人球審が退場を宣告した。

(2)4月24日:オリックス−ロッテ戦で白井一行球審はストライクボールの判定に不服そうな表情をした佐々木朗希に詰め寄り注意をした。これは退場とはならなかった事象だが、大きな話題となった。

(3)5月14日:オリックス−ロッテ戦でエチェバリアが見逃し三振に倒れて不平を口にする。これに加わって抗議した井口資仁監督に対して福家英登球審は退場を告げた。

(4)翌5月15日:同カードで白井一行球審が、見逃し三振に倒れ抗議したレアードを退場処分にした。

 筆者は4月24日、5月15日の試合を現場で見ていた。佐々木朗希の一件でロッテとは因縁めいた関係になっていた白井球審だったが、退場を宣告することに躊躇はなかった。

レアードに退場宣告する白井球審 ©Kyodo News

 さらに15日の試合ではロッテの先発ロメロがストライクボールの判定の後、がっくりとしゃがみ込むこともあった。ロメロは白井球審と何事か話していたが、外国人選手を中心にロッテサイドはこのときの審判クルーに強い不信感を抱いていたように感じられた。

 ここで改めて野球規則で確認をしておきたい。

《公認野球規則 8.02 審判員の裁定》
〈(a)打球がフェアかファウルか、投球がストライクかボールか、あるいは走者がアウトかセーフかという裁定に限らず、審判員の判断に基づく裁定は最終のものであるから、プレーヤー、監督、コーチまたは控えのプレーヤーが、その裁定に対して、異議を唱えることは許されない。

【原注】ボール、ストライクの判定について異議を唱えるためにプレーヤーが守備位置または塁を離れたり、監督またはコーチがベンチまたはコーチスボックスを離れることは許されない。もし、宣告に異議を唱えるために本塁に向かってスタートすれば、警告が発せられる。警告にもかかわらず本塁に近づけば、試合から除かれる。〉

佐々木朗希は全国的に注目された試合だったが

 一般的には「投球がストライクゾーンを通過すればストライク」という認識が多いだろうが、野球のルールでは「審判が判断した投球がストライク」となっている。その判断は最終的なものだから、抗議することはできない。

 白井球審はストライクボールの判定に抗議しようとした佐々木朗希には警告を発した。そしてレアードは警告を発したにもかかわらず、なおも抗議したので退場にした。エチェバリアのケースは最初エチェバリアが抗議したので福家球審が警告を発し、そこに井口監督が畳みかけて抗議をしたので、退場処分にしたわけだ。

 もちろん佐々木朗希のケースは全国が注目する試合でもあり「ほかにやりようはなかったのか」という議論はあるだろうが、制度上は審判に瑕疵はない。

 しかし世間では「審判はどうなっているのだ」という議論が起こっている。

「あれをストライクと言われたら誰でも文句を言うだろう」

「白井の判定は、以前からおかしかった」

 このような声がSNSで起こっているが、審判のジャッジが問題だと断定するようなデータはない。むしろセ・パの審判部が統合されてから審判の技術は向上しており、元ロッテの荻野忠寛さんなどプロ経験者も「プロ野球の審判の技術は本当に高いです」と話している。

審判部は常に査定しており、戦力外も存在する

 審判の世界も、非常に激しい競争が繰り広げられている。

 NPB審判部は審判の査定を常に行っていて、実力で出場機会を与えられている。能力が及ばないと判断された審判は、「戦力外」を通告される。さらに審判に採用されて定年まで職務を全うするのは約半数にすぎないと言われる。50人以上現役の審判がいる中で、白井一行は1997年に審判になり、2021年終了時点で現役17位の1523試合に出場している。能力に問題があると見なされればここまで試合に出ることはない。

 ロッテとの一連のトラブルでは「低めの投球」の判定が問題になったのだろう。ただその判断は、「球審の裁量の範疇」だったと言ってよいだろう。

 そして少なくとも今の審判が昔に比べて「劣化している」と判断する材料は存在しない。

 以前のコラムで書いたが、プロ野球が盛んになるとともに審判を軽視する風潮が監督、選手の間に広まった。1961年の日本シリーズでは南海のスタンカの投球をめぐって紛糾し、暴力沙汰となった。スポーツ紙は「円城寺あれがボールか秋の空」という句を掲げて、円城寺満球審を暗に非難し選手に同情気味だった。

61年日本シリーズでの南海スタンカと円城寺主審 ©Sankei Shimbun

 1970年代半ばからプロ野球中継でセンターカメラからの映像がメインになり、捕手のミットに投球が収まるシーンがオンタイムで確認できるようになってから、ファンもストライク・ボールの判定に関心を抱くようになり「あの審判はおかしい」というような話題が日常的となったのだ。

 スポーツマンシップの考え方では、スポーツは「チームメイト、相手選手、審判、ルールへのリスペクト」が前提になっている。

 審判を軽視し、疑義を唱えるのはスポーツの成立要件を危うくする。審判の技術、ジャッジに問題があると判断すれば、試合とは別の機会に連盟に質問や抗議をすべきなのだ。試合中に抗議をすることはあり得ないのだ。

果たしてAIが人間の審判に取って代われるのか

「もうじきAIが人間の審判に置き換わるから、こういうトラブルは昔話になるよ」という声も聞こえてくるが、これも大いに議論の余地がある。

 確かに今のNPBの一軍の試合ではアウト・セーフ、本塁打以外のファウル・フェアの判定には監督が「リクエスト」を依頼したり審判が確認を求めて、ビデオ映像で確認できるようになっている。MLBで2014年から始まった「チャレンジ」に準じたものだ。しかしこれはあくまで抗議ではなく、微妙なプレーについての確認であって、最終的な判断は審判が行っている。

 また1試合で「リクエスト」ができる回数は限られている。「審判員の判断に基づく裁定は最終のもの」という原則が崩れたわけではない。

「ストライク・ボールの判定にAIを導入する」とは、実際にはトラックマンなどのトラッキングシステムで捕捉したボールの軌道が、ストライクゾーンを通過したかどうかをAIが判断することになるのだと思う。

“ゾーンをかすめたけどワンバウンド”もストライクに?

 しかしAIが審判に代わってストライク・ボールの最終判定をするところまで行くのは、非常に難しい。

 MLB傘下のマイナーではABS(Automated Ball-Strike System)というトラックマンのデータに基づいたストライクボールの自動判定システムが実験的に導入されている。現地の報道では「ABSと審判のジャッジが違うケース」がかなり出ているとのことだ。

2022年のマイナーリーグではABSが実験導入されている※写真はイメージです ©Getty Images

 例えばストライクゾーンをかすめて大きくそれる投球やワンバウンドする投球もABSは「ストライク」と判定するが、審判は手を上げないことが多い。

 本来「ストライク」とは打者が打てると判断した投球に対して審判が「ストライク(打て)」と宣するもの。ゾーンをかすめても「打てない」「打つに適さない」と判断した投球に対して、審判は「ボール」と判断してきた。

 しかしABSの判定がそのまま認められることになれば――ストライクゾーンをかすめてバットが届かないコースにスライドするような変化球を編み出す投手が出てくるだろう。

 2019年オフに来日したレッズのトレバー・バウアー(現ドジャース)はトラッキングのデータを見ながら「回転軸を何度傾けて、こういう軌道を通る変化球を投げるために練習している」と言ったが、トップクラスの投手は投球の軌道を自分でデザインすることができるようになっているのだ。

2019年のバウアー。理論派で知られる彼らのような投手はAI判定になればそれに対応するかもしれない ©Kou Hiroo

 さらに野球のグラウンドは完全な水平ではない。傾きもあるし、プレーとともにバッターボックスに窪みができることもある。その結果をABSが判断するとすれば、これまで説明したように人間の審判と異なるジャッジをするケースが多々出てくる。

急速に進化した「フレーミング」という要素

 また近年、急速に進化した「フレーミング」の要素もある。

 アストロズのブライアン・マッキャンは卓越したフレーミング技術でチームの勝利に大いに貢献したと言われるが、フレーミングとは「ボールゾーンの投球をミットを動かしてストライクゾーンにすること」ではなく(これはボールと判定される)、捕球の姿勢やキャッチングで有利な判定を導き出す技術とされる。

 人間の審判はこうした複雑な状況を瞬時に判断し、ジャッジをしていた。

 AIがこうした様々な状況に対する人間の審判のジャッジのデータを学習するとすれば、それは、これまで通りの判断基準が継承されることに他ならない。人間の審判にはつきものの「判断の揺れ」や「ぶれ」は多少是正されるだろうが、それでも打者、投手、そしてファンが完全に納得するような判定はAI以前と同様、できないだろう。

AIであれ、人間であれ最も大事なのは……

 結局のところAIであれ、人間の審判であれ「審判のジャッジを信頼するかどうか」という究極の問題に行き着く。

 筆者は毎年プロ野球の春季キャンプに行くが、ブルペンでは審判が捕手の後ろに立ってストライクのコールをしている。これは目慣らしをしているだけではなく、個々の投手の球筋を見極め、ストライクボールの判断をしているのだ。時折投手と話をするシーンも見かけるが、そうした情報は審判部で共有され、シーズンのジャッジに役立てられる。

2022年のオリックス春季キャンプ。審判も精度を高めようとしていた ©Kou Hiroo

 審判も選手と同様、無謬ではない。時には不可解なジャッジをすることもあるだろうが、それでも試合を主宰する審判を信頼することから始めなければならない。

「信頼できる審判、ジャッジ」の第一歩は「我々が審判を信頼すること」なのである。

<#2、#1につづく>

文=広尾晃

photograph by Hideki Sugiyama