パラグアイ相手に4−1と快勝した日本代表。しかし6日の対戦相手ブラジルは選手、チームともに充実の一途を見せている。久保建英と同じレアル・マドリーで出世争いに挑むロドリゴ、チッチ監督の日本への印象や韓国戦の最新レポートをブラジル在住の日本人記者の視点からお届けする(全3回/#1、#3も)

 5月11日、ブラジル代表のチッチ監督が6月のアジア遠征(2日の韓国戦と6日の日本戦。11日にオーストラリアで行なわれる予定だったアルゼンチン戦は中止)の出場メンバー27人を発表した。

 主力の大半が、欧州ビッグクラブのレギュラークラス。現時点のベストメンバーの市場価格合計が5億6900万ユーロ(約765億9000万円。平均約69億6000万円)で、現時点の日本のベストメンバーの市場価格合計6870万ユーロ(約92億5000万円。平均約8億4000万円)の約8.3倍というスター軍団である。

 発表後の会見で、地元記者から

「なぜ若手ボランチ、ダニーロ(パルメイラス)を初招集したのか」
「欧州チャンピオンズリーグ決勝に出場した選手はいつチームに合流するのか」
「なぜ欧州強豪国と強化試合を組まなかったのか」

 といった質問を受け、コーディネーターのジュニーニョ・パウリスタ(元ブラジル代表MF)らと共に「ダニーロは技術とスタミナがあり、状況判断も優れている」、「5月31日に合流する予定」、「あらゆる強豪国に試合を申し込んだが、先方の日程上の関係でことごとく不可能だった」などと答えた後、あるブラジル人記者から以下の質問を投げかけられた。

「ワールドカップ(W杯)で、少なくともグループステージ(GS)では対戦しないアジアの代表と、なぜ2度も戦う必要があるのか」

 少々意地の悪い質問だが、これは多くの国民が疑問に思っている事柄でもある。

ブラジル代表を率いるチッチ監督 ©Getty Images

「日本は技術レベルが高く、非常に手強いチームだ」

 これに対するチッチ監督の回答、反応に、少なからず驚かされた。

「先ほども説明したように、本当は欧州の強豪とも対戦したかったのだが……」と言いかけたのだが、突然、会見に出席していた日本人記者の方を向き、以下のように語りかけた。

「日本では、いつも素晴らしい歓迎を受けてきた。あなたの国の人々の礼儀正しさ、良識には、ある種の羨望すら覚える……」

 そして、日本代表についても「技術レベルが高く、非常に手強いチームだ」と称賛した。

 ブラジル代表監督ともなれば、その発言は世界中のメディア、ファンから注目され、瞬時に世界を駆け巡る。にもかかわらず、記者会見という公式の場で、質問とは直接関係のないことを滔々と述べたのである。

 チッチは、コリンチャンス監督時代の2012年にコパ・リベルタドーレスを制覇し、日本で行なわれた世界クラブW杯に南米代表として出場。準決勝でアル・アハリ(エジプト)を1−0で下すと、決勝でイングランド代表MFフランク・ランパード、ベルギー代表MFエデン・アザール、スペイン代表FWフェルナンド・トーレスらを擁する強豪チェルシー(監督はラファエル・ベニテス)をやはり1−0で倒して世界クラブ王者となっている。

コリンチャンスでクラブ世界一に輝いたチッチ監督 ©Takuya Sugiyama

2014年W杯後に代表監督のオファーが報じられた

 2013年末にコリンチャンスを勇退し、「今後の1年を休養と研修に充てる」と表明したのだが、2014年W杯終了後、日本サッカー協会から代表監督へのオファーを受けたと報じられた。条件面などで合意には達しなかったのだが、日本サイドからの自身への高い評価と誠実な対応に好感を持ったようだ。

 2017年11月にリール(フランス)で日本代表と強化試合を行なった前後にも、日本のフットボール関係者と交流があった(試合は3−1でブラジルが勝利)。

 このときの試合後の記者会見で日本人記者から質問を受けた際も、その内容とは無関係に「日本の文化は素晴らしい」とコメントしている。

チッチ監督に独占インタビューしたときの思い出

 こういった過去の経験や交流を経て、日本、日本人、日本のフットボールにポジティブな印象を抱いてくれているのだろう――。こう考えていたら、2017年末、彼に独占インタビューしたときのことを思い出した。

 日本のフットボール専門誌からの依頼を受け、ブラジルサッカー連盟の広報担当を通じて取材を申し込んだところ、「30分だけなら」という条件で応じてもらえた。

 当時、ブラジル代表は2018年W杯南米予選を首位で突破したところ。南米予選を振り返ってもらうとともに、来たるW杯での戦い方について聞くのがインタビューの主な目的だった。

 初対面だったので、冒頭、雰囲気を和ませる意図もあって「僕はコリンチャンスのライバルクラブのファンなのですが、あなた個人のファンでもあります」と伝えたところ、相好を崩した。

 そして、「2012年に(コリンチャンスを率いて)あなたの国へ行った際、日本のフットボール関係者に練習、移動、宿舎などで完璧なサポートをしてもらった」、「(ブラジルから遠路はるばる駆けつけた)ブラジル人サポーター、日本在住のブラジル人に加え、大勢の日本人ファンが我々を熱狂的に応援してくれた」として、「私は日本の人々が示してくれた厚意を決して忘れない」と熱く語った。

 さらに、「日本人のホスピタリティー、礼儀正しさ、教養に深い感銘を受けた」、「他者を敬い、尊重する日本の文化は本当に素晴らしい。我々ブラジル人は、多くの点で君たち日本人を見習うべきだ」とまで語った。

約束の30分を過ぎても「私が敬愛する日本の人々に…」

 このやり取りで雰囲気が和んだ。与えられた時間が短いので矢継ぎ早に質問を投げかけたところ、真摯に答えてくれた。瞬く間に30分が経過し、広報担当から「タイムアップだ」と告げられた。ところが、当のチッチが「もう少しいいだろう」と言ってくれ、時間を延長してすべての質問に丁寧に回答してくれた。

 そして別れ際、「君がコリンチャンスのファンであろうとなかろうと、ブラジルのフットボール文化とその文化を、私が敬愛する日本の人々に伝えてくれることに感謝している」と言って握手を求めてくれた。

 彼の厚意には、本当に感激した。ただし、日本への賛辞について、このときは「多分にリップサービスが含まれているのだろう」くらいに考えていた。しかし、世界中のフットボール関係者が注目する記者会見の場での発言となると、意味合いが異なる。

「2017年末の彼の言葉は、リップサービスなどではなく本心だったのだ」と遅まきながら気がついた。

ネイマールが涙したほどの素晴らしい人間性とは

 チッチは、卓越した戦術家である一方、素晴らしい人間性を備えた強力なリーダーだ。父親のような包容力があり、優れたモチベーターで、すべての選手から慕われる。

 前述の2017年のリールでの日本戦の後、チッチとネイマールが記者会見に臨んだ。当時、ネイマールはバルセロナからパリ・サンジェルマン(PSG)へ移籍した直後。フランスでは彼とPSGのチームメイト、監督との軋轢が連日報じられており、地元記者からこの件を執拗に聞かれて苦り切っていた。その様子を見て、チッチがおもむろに口を開いた。

「彼はまだ25歳だ。私も、若い頃には多くのトラブルに直面したものだ」
「彼の人間性については、私が誰よりも良く知っている。美しい心の持ち主で、私は彼を完全に信頼している――」

ネイマールをハグするチッチ監督 ©Getty Images

 すぐ横でこれを聞いていたネイマールは、感極まって涙を流し始めた。チッチが話し終わるとチッチの肩に頭を預けて感謝の気持ちを示し、そそくさと会見場を立ち去った。

 また、2018年5月、W杯ロシア大会の登録メンバー23人を発表した際、「予備登録をした選手の名前は原則として公表しないが、一人だけ例外を作る」として、デデという当時29歳のCBの名を挙げた。

 デデは19歳でデビューし、DFとしては群を抜くスピード、洗練された技術、的確な状況判断で「いずれブラジルのフットボール史上最高のCBになるのではないか」とまで言われた超逸材。サントス時代のネイマールを完璧に封じた国内唯一のDFだった。しかし、その後、度重なる故障に見舞われ、長期間の治療とリハビリを余儀なくされた。ようやくこの年の初めに復帰し、本来のプレーを取り戻しつつあった。

メディアではなく本人に語りかけたこと

 チッチは、記者会見の席上、メディア関係者にではなくデデ本人に語りかけた。

「この数年間、私は君が苦闘する姿を眺めてきた。非常につらかったと思うが、君は決して諦めなかった。そして今、再び素晴らしいプレーを見せている。君は世界中のすべてのフットボーラーのお手本だ」

 その翌日、クラブの練習場で地元メディアに囲まれたデデは、「テレビで会見を見ていた。チッチの言葉を聞いて、体が震えた。妻と抱き合って泣いたよ。僕が人生で受け取った最高の贈り物だ」と再び涙ぐんだ。

 さらに、2017年4月のブラジルリーグのサンパウロ対コリンチャンス戦でのこと。

 サンパウロのゴール前のクロスプレーでGKに故意にぶつかったとして主審がコリンチャンスのCFジョー(元名古屋グランパス)にイエローカードを出した際、サンパウロのCBロドリゴ・カイオが「GKに接触したのはジョーではなく僕です」と自己申告し、ジョーへのイエローカードが取り消されたことがあった。このとき主審はカイオに感謝して拍手を送ったのだが、チッチも「カイオのフェアプレーに感銘を受けた」と語った。

フェアプレーと対戦相手への敬意を欠かさない

 南米では、勝つためには手段を選ばない監督や選手が少なくない。しかし、チッチはそうではない。勝利を貪欲に求める一方で、フェアプレーを重んじ、対戦相手への敬意を欠かさない。

 チーム作りにおいても、選手一人ひとりの話に耳を傾け、自主性を尊重する。それゆえ、クラブでも代表でも、レギュラーのみならず控え選手からも愛される。

ブラジル代表の団結力の高さはチッチ監督のもとで生まれていると言ってもよいだろう ©Takuya Sugiyama/JMPA

 日本のファンには、ブラジル代表のスーパースターたちのプレーのみならず、試合前後のチッチ監督の言動にも注目していただきたい。

 なお、日本のファンの中には「ブラジルは本気で日本と対戦してくれるのか」と訝しく思っている人がいるようだが、心配は無用だ。韓国戦で5−1の圧勝を飾ったことからも分かるように、ブラジルにとってもW杯前の貴重な強化試合であり、体調不良の選手を除くベストメンバーを組み、全力でプレーするはずだ。

 第3回では韓国相手に圧勝したブラジル代表の強さについて触れる。

<#3に続く>

文=沢田啓明

photograph by Takuya Sugiyama/JMPA