6月2日、早稲田大学本部構内で花田勝彦氏の駅伝監督就任会見が行われた。

 花田監督は1994年早大卒。アトランタ、シドニー両オリンピックの代表で、シドニー大会では10000mで予選を通過、決勝では15位に入っている。5000mの自己ベスト、13分23秒49は厚底シューズが存在しない時代においては、驚異的なタイムだった。

 現役引退後は上武大学、GMOインターネットグループ・アスリーツの監督などを務め、今回、監督として母校に戻ってくることになった。

 このところ、早稲田は駅伝での歯車が噛み合わない状態が続いている。

 早稲田が出雲、全日本、箱根の「三冠」を達成したのは2010年度のこと。それ以来、駅伝では優勝から遠ざかり、2022年の箱根駅伝では13位とシード権を逃したことで、早稲田には変革を望む空気が満ちていた。

 そこで白羽の矢が立ったのが花田氏である。就任の経緯を花田氏はこう話す。

「恩師である瀬古(利彦)さんから、『いま、早稲田の相楽(豊)監督が苦労している。一緒に練習に行かないか』という話をいただき、時間があればサポートしたいと思っていましたが、正式に指導に当たらせていただくことになりました」

 久しぶりに早稲田に帰ってきて、

「水が合うというか、故郷に戻ってきたような感じです」

 というあたり、母校への思いがにじみ出る。

優勝回数では最多の中央大学に次いで2位の13回を誇る早稲田大学。しかし、今年の箱根駅伝では3年ぶりにシード権を逃した

青学大との選手層の差

 昨今の学生長距離界は、外部からの駅伝への期待が膨らみすぎており、トラックとのバランスが崩れている。競走部だけでなく、大学の卒業生からも駅伝での躍進を望む声は大きいが、花田監督としては「強い個人」を育てることに注力したいと話す。

「三大駅伝の優勝を目指していくとして、大迫君(傑・2014年卒)以来、早稲田卒の選手で日本代表が出ていません。代表を出していくのは早稲田の使命だと考えていますので、そこは取り組んでいきたいと思います」

 このところ、トラックでは東京オリンピックの3000m障害で入賞を果たした三浦龍司(順天堂大)、10000mで世界選手権の参加標準記録を突破している田澤廉(駒澤大)など、学生のなかでも日本のトップクラスが出ており、早稲田にも好記録を持っている選手がいるものの、一線級からは水をあけられている。

 また、チームの総合力を問われる駅伝でも、チームの20番手まで勝負できる青山学院大と比べると、選手層でも差がついてしまった。

写真は2012年の日本選手権1万m。早稲田大3年時の大迫 ©BUNGEISHUNJU

 花田監督は2016年まで上武大学で指導していたが、この6年間で学生長距離界も大きく変化した。

「学生長距離界は、道具の進化もあって急激な成長を遂げています。上武大を指導していた時代、基準のタイムをクリアしていた選手には『プレミアム・ブラック』と呼ばれるユニフォームを着て試合に出られるようにしていました」

 その基準タイムの目安は、5000mであれば14分30秒、ハーフマラソンであれば65分台だった。しかし、今ではその基準が14分切り、63分台前半まで上がってきている。

 花田監督は「学生の方が道具の進化に敏感ですし、うまく使いこなせている印象があります」としたうえで、学生たちに記録に見合った成長を遂げて欲しいという。

「早稲田にも強い選手はいます。ただ、学生界全体を見渡した時に、タイムに見合った精神的、肉体的な成長を遂げているかというと、そこが足りない気はします。たとえば、食事に気を配ったりだとか、そうした基礎的な部分が抜けていることもあって、そのままだと社会人で競技を続けるにしても、入社して1年目、2年目に壁にぶつかってしまいます。私としては記録に見合った成長、人間性を磨いていって欲しいと思っています」

1994年の箱根駅伝2区で。山梨学院大のステファン・マヤカと花田 ©BUNGEISHUNJU

苦戦する“リクルーティング”

 早稲田での指導は、まだ始まったばかり。

 日本選手権に出場するレベルの4年生もいれば、5000mで15分台の1年生もいる。

「ちょうど中間層がいない感じでしょうか。これからトラックシーズンを終えて、夏合宿の前に学生と話し合って、目標設定をしていきたいと思います」

 会見で印象的だったのは、花田監督が決して楽観主義ではなく、学生と一緒に、現実をしっかり見つめていこうという姿勢が明快だったことだ。

「早稲田の強みは高い目標を持ち、競技に取り組めるところだと思います。一方で、学生たちは自分たちの現状をうまく把握できていないところがあり、今のままでは目標に届かないよということは話しています。その穴埋めをしていく作業が必要だと思っています」

 個人、組織が強くなるためには、現状把握をしたうえで、課題、ゴールの設定を行い、そこに到達するための方法論を構築する。

 現状認識、課題抽出、方法論=練習計画立案、それぞれにスキルが必要だが、すべてのフェイズにおいて見直しが成されるだろう。

 早稲田の場合、その歴史、実績ゆえに「三大駅伝優勝」など、目標は高く設定される。それが選手たちの力を伸ばす原動力にもなるが、一方では目標に到達できない場合は、「気持ちのデフレ」が起きてしまうこともある。

 まずは、花田監督と学生との間でのすり合わせが重要な課題となるだろう。

 また、中長期的な課題としては、リクルーティングが挙げられる。

 現状、高校生の獲得競争は運動部の枠を超えた学校間の競争となっている面もあり、早稲田がリクルーティングで苦戦しているのはやむを得ない面もある。そのなかで花田監督は、「早稲田で走りたいという熱を持った学生に来て欲しいと思います」と話す。

 かつて、美しい彦根城内にある彦根東高校の生徒だった花田青年は、瀬古氏から勧誘を受け、都の西北を目指し、日本代表のランナーへと成長した。

 勧誘とは「縁」だ。

 いま、日本のどこかで走っている高校生、中学生が同じように花田監督との縁を結び、早稲田の門を叩くだろう。

 2022年、花田勝彦監督のもとで、早稲田の再生はスタートする。

 その変化を見届けたいと思う。

文=生島淳

photograph by Sankei Shimbun