この全仏では開幕前からスペインの新星、19歳のカルロス・アルカラスが主役級の扱いだった。昨年大会は3回戦止まりだが、今季の飛び抜けた成績、将来性や話題性から、1試合もこなさないうちに主役の位置に納まり、この選手を見逃すな、と騒がれた。

ナダルも認める“後継者”「もちろん、バトンは渡る」

 昨年の全米で18歳にして8強入り。今季の成績は28勝3敗、勝率は9割を超え(全仏開幕時点)、男子ツアーのトップに立つ。また、今季は四大大会に次ぐ格付けのマスターズ1000の2大会を含む4大会を制し、これも最多だ。全仏と同じクレーコートで行われた前哨戦のマドリードでは、ラファエル・ナダルとノバク・ジョコビッチの二人を倒して優勝している。

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 1968年のオープン化(プロ解禁)以降、10代でグランドスラムを制した選手は最年少のマイケル・チャンなど7人(そのうちビヨン・ボルグら3人が2度達成)しかいない。アルカラスが優勝すれば、05年全仏を19歳で制したナダル以来の快挙となる。ナダルはこの初優勝を皮切りに全仏で史上最多の13度の優勝を飾ってきたが、同じスペインのアルカラスがその後継者であることは衆目の一致するところだった。

 マドリードでアルカラスに敗れたナダルはこう話している。

「彼は19歳で昨日が誕生日。私は36歳。もちろん、バトンは渡る。予想外のことが起きたわけではない。落ち着いて、平穏に、自然にこれを受け入れたい」

 客観的な言い方ではあるが、ナダルがアルカラスを自身の後継者と見なしているのは明らかだった。

アルカラスを見て思い出す「17年前のナダル」

 1年前、リモート取材の全仏でアルカラスを見たとき、05年当時のナダルを思い出さずにはいられなかった。長い黒髪をなびかせていた当時のナダルと短髪のアルカラス。風貌は似ていないが、その存在感、堂々とした試合態度や野性味が共通項だ。もちろん、恐ろしく速いスイングでボールを殴りつけるところも共通している。

 チャレンジャー(下部ツアー)初優勝はナダルが16歳で、アルカラスが17歳。若くして成功を収め、大きな注目を集めたのも同じだ。さらに言うなら、英語が完璧でなく、記者会見では記者の質問で分からない部分を周囲に確認、それでも懸命に言葉を発するアルカラスに17年前のナダルの姿が重なった。

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トッププレイヤーの素質を感じさせる「2つの才能」

 当時、驚かされたのはナダルのフットワークだった。決勝で対戦したマリアノ・プエルタは「いい足を持っている。すごく速く走る。驚いたよ」と素朴な言葉で感嘆の思いを述べた。筆者は、いささか興奮気味に「翼のついた足」と原稿に書いている。

 アルカラスも翼のついた足を持った選手だ。それに加え、フットワークのよさと体の強さ、予測力がある。だから、フォアハンド、バックハンドとも、走らされたときの返球のクオリティが落ちない。この大会で驚かされたのが、まさにその質と精度だった。

 決まったか、と思われるボールに追いつき、タイミングを合わせて最後はスライディング、ボールは狙った位置に納まっている。実況のアナウンサーなら「スーパーショット!」と声を張り上げるだろう。そんな場面を何度も見た。

 クレーコートではこのショットの巧拙が特に問われるが、今はハードコートでもこのプレーが求められ、実際、多くの選手がこれを得意にしている。ナダルしかり、錦織圭しかり。最新型のフットワーク、現代の男子テニスで必須のプレーだ。

 これを高い精度でこなすのがジョコビッチだが、アルカラスの精度もこれに近い。その意味では、フットワークはジョコビッチ譲りというべきか。

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 ドロップショットの鮮やかさも印象に残る。現代テニスではトップスピンの効いた深いショットが攻撃の起点になることが多く、相手は守備のために大きく後退する。後退の幅が大きい分、ドロップショットが効くのだ。アルカラスはその機を逃さず仕掛ける。男子ツアーを運営するATPによると、アルカラスは優勝したマイアミ大会でドロップショットを試みた77ポイントのうち59ポイントを獲得、77%の成功率をマークしたという。

 すなわち、荒削りのようでいてプレーは最新型だ。ナダルと比較されることが多かったが、プレーはナダルとジョコビッチのハイブリッド版、と言ったら褒めすぎだろうか。

ズべレフも称賛「彼が我々全員を打ち負かす前に……」

 全仏での初戦は、立ち上がりこそもたついたが、尻上がりに調子を上げ、ストレート勝ち。2回戦は相手のマッチポイントをしのいでの辛勝。3回戦、4回戦はシード選手に快勝し、いよいよ本調子かと思われたが、準々決勝でアレクサンダー・ズベレフに競り負けた。何よりズベレフの出来が素晴らしかった。

 ズベレフが、試合終了の握手のときにアルカラスに掛けた言葉を明かした。

「君はこの大会で一度ならず何度も勝つだろうと、彼に言ったんだ。彼が我々全員を打ち負かす前に、僕も一度優勝できればいいけどね」

 勝者が敗者のプレーを称えることは多いが、後半部分はズベレフの本音だろう。一方、第3セットからの猛追が及ばなかったアルカラスはこう語った。

「尻上がりのプレーで試合を終えることができた。顔を上げてコートを、そして大会を去りたい。最後の1球、最後の1秒まで戦った。それを誇りに思う」

それでも「ラファと比較されるのは好きではない」

 期待されたナダルとの再戦は実現しなかったが、19歳は強い印象を残した。バトンは近い将来、ナダルからアルカラスの手に渡るだろう。

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 もっとも、アルカラスはナダルの後継者と呼ばれることを好まない。「ラファは僕の子供の頃のアイドルの一人」と語る一方で、こうも話している。

「僕はいつも、ラファと比較されるのは好きではないと言っている。僕は自分の道を切り開いていかなければならないからだ」

 アルカラスは、その道を猛ダッシュで駆け抜けていくだろう。

文=秋山英宏

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