ミランがついに再興した。

 長い低迷から這い上がり、勝ち取った19回目のスクデット。11年ぶりのセリエA制覇によって、名門復活の大河ドラマは大団円を迎えた。

 優勝が決まった後のロッカールームや20万人が押し寄せた凱旋パレードで、チームの大黒柱イブラヒモビッチがくり返したスピーチには、仲間への感謝と王者の矜持が込められている。

「(2年前)ここに戻ってきた日、俺は会見で『ミランをかつての高みに引き上げる、優勝させる』と言った。多くの人間に笑われたが、俺たちは耐え忍び、日々の練習に励んだ。信じ続けて、真の結束を得た。皆に礼を言いたい。全員で勝ち取ったスクデットだ。ミランはミラノ(だけのクラブ)じゃない。ミランはイタリアを征服したぞ!」

 同じ町のライバルである前年王者インテルとの熾烈なスクデットレースを制しての戴冠だけに、ミラニスタたちが味わう美酒の味は格別だろう。

 優勝の余韻冷めやらぬ6月1日には、米国投資ファンド「レッドバード・キャピタル・パートナーズ」によるクラブ経営権買収が合意に至ったと正式発表された。

 スクデットを足がかりに、ミランは新たな時代へ突き進む。

欧州カップ戦出場権すら逃し続けた

 10年前、スクデット連覇を逃したミランは攻守の柱だったFWイブラヒモビッチとDFチアゴ・シウバを揃ってパリSGに売却した。同時に2000年代のクラブ黄金時代を担った名手たちもほとんどが退団するかスパイクを脱ぎ、ミランの暗黒期はここから始まった。

 英国の金融パワーや産油国の王族が乗り込んできた欧州サッカー界では、トップレベルの戦力を維持するための移籍金や年俸が急騰した。2000年代に2度CLを制し、欧州の頂点に君臨したロッソネロ(赤黒)軍団は、老いの進んだ帝王ベルルスコーニが私財投入を控え始めると、ライバル台頭の波にのまれ、ズルズルと競争力を失っていった。

インザーギをはじめレジェンドOBたちも、ミランを立て直すことはできなかった©Getty Images

 勝者のサイクルを築いたユベントスが国内で連覇を重ね、ナポリが魅力的なサッカーを構築していく一方、組織が硬直化していたミランには、パトロン以外の新たな資金源発掘の手立てもビジョンもなかった。市場毎に小手先の補強に甘んじ、現場のチームは年々スケールダウン。タイトル争いどころか欧州カップ戦出場権すら逃し続けた。

サン・シーロに1万人も入らない試合も

 愛する古巣の窮地を救うべく、OBたちが次々に監督として馳せ参じた。胸を熱くしたミラニスタは少なくないだろう。

 ただし、現役引退から間もなかった当時のセードルフやインザーギ、ガットゥーゾの指導経験不足は否めず、ミラン再建を彼らに託すのは酷だった。レジェンドOBたる彼らが期待を背負って就任しては成績不振の詰め腹を切らされる悲劇を、ミラニスタたちは涙を呑んで耐え忍んだ。

 再建を焦るミランは、ミハイロビッチやモンテッラといった外様監督にも頼ったが、彼らはクラブとチーム、ファンの3者を一体にすることはできなかった。

 ちょうどMF本田圭佑が入団した14年初頭には、収容人数7万5000人のサン・シーロに1万人も入らない試合もあり、ガラガラ状態のスタンドを記者席から見るたびに胸が痛んだ。

 帝王ベルルスコーニが怪しげな中国人実業家、李勇鴻にミランを売却したのが2017年4月13日のことだ。その夏には200億円超の大補強をしたものの、すべてが付け焼き刃で構築された“チャイニーズ・ミラン”には理念も資金的な土台も乏しく、シーズン終了後にあっさり破綻した。

ピオリだけは悲観していなかった

 2018年7月10日、李の融資元だった投資ファンド会社「エリオット」が、クラブの経営権を掌握し、ミランは米国資本の下で再出発することに。長く待ち望まれていた元主将パオロ・マルディーニのフロント入りは実現したが、結果がすぐに出るはずもない。

 2019年夏に招聘された指揮官ジャンパオロ(現サンプドリア)がチーム改造に失敗し、わずか3カ月で解任されるとミラニスタたちには深い落胆が広がった。

就任3年目でミランにスクデットをもたらしたピオリ監督©Getty Images

 後任として招かれたのは、タイトル獲得歴を持たない中堅監督ピオリだった。彼の就任から間もない12月の年内最終戦で、低迷はドン底に達した。

 リーグの新強豪へ急成長したアタランタに、ミランは0-5の屈辱的大敗を喫した。相手の超攻撃派サッカーに手も足も出ず、主将ロマニョーリや守護神ドンナルンマらが悔し涙を流した。ほんの10年前まで欧州のトップクラブだったはずのミランは、セリエAで二桁順位を彷徨っていた。

 だが、指揮官ピオリだけは、悲観していなかった。

「私のミランが生まれたのは、あのアタランタ戦だ。大敗したのは事実だが、私はポジティブに捉えたよ。チームのどこを改善すべきか、後にやるべき仕事が明確になったからね」

ミラン再興こそが最後の大仕事

 もう1人、ミラン復活に火をつけたのは、当時米国MLSでくすぶっていたイブラヒモビッチだった。不惑近いベテランになっていた怪物FWは、古巣の惨状を知るや2012年夏以来の帰還を決断。

“俺様に残された最後の大仕事はミラン再興だ!”

 ミラネッロ練習場に帰ってきたイブラはボロボロの肉体にムチ打ちながら、ひと周り以上も年の違う若手選手たちに、勝者とは何か、ロッソネロの魂とは何かを日々叩き込んだ。全能の師であり、頼れる父長であるイブラは、この2年、誇らしげにくり返している。

「俺にはミラネッロに“25人の息子たち”がいるんだ」

 11年分の鬱憤を晴らしたのは、イブラの息子たちだ。

 今シーズンのセリエA年間MVPに輝いた快速FWラファエウ・レオンと、左サイドで攻守に疾駆したDFテオ・ヘルナンデス。中盤で獅子奮迅の働きを見せたMFトナーリ。イタリア代表正GKドンナルンマの抜けた穴を埋めた新守護神メニャンに、DFカルルとDFトモリの新進CBコンビは鉄壁の守備を築き上げた。

2000年以降の最年少スクデットチーム

 25歳344日というスカッドの平均年齢は、5大リーグの今季優勝クラブ中最も若い。イタリア国内に絞ってみても、2000年以降の最年少スクデットチームだ。

 2010-11シーズンの優勝がアッレグリ監督に率いられたチーム平均年齢29歳241日の“オヤジ・ミラン”だったことを思い出すと、隔世の感がある。

 TD(テクニカル・ディレクター)マルディーニとSD(スポーツ・ディレクター)マッサーラが適正価格で発掘してきた才能をピオリは適材適所で使いこなした。

 シーズン前半戦の首位を競り合ったナポリが脱落し、スクデットレースの終盤は昨季王者インテルとのマッチレースとなった。

 週末ごとに攻撃力と総年俸で上回るインテルと、試合開催の時間差で抜きつ抜かれつがくり返された。追われるミランのプレッシャーは増し、4月上旬にボローニャとトリノ相手に2戦連続無得点ドロー。昨季同様、ラストスパートで失速するかに思われたが、彼らは踏ん張った。

MVPを獲得したレオンをはじめ、20代前半の若手が優勝の原動力となった©Getty Images

名門の選手であることの意味を思い出せ!

「おまえら、今年も2番でいいのか?」

 古い山寺の和尚みたいに、人の心をくすぐる術に長けた智将ピオリは、練習場のあちこちに煽り文句を貼り付けて選手たちを焚きつけた。

 第34節ラツィオ戦の92分にトナーリが決めたロスタイム決勝弾は、タイトル争いに大きな影響を与えた一撃として記憶されるだろう。ラツィオ戦の劇的勝利は、“最後まであきらめない”という確固たる自信をミランに植え付けた。

 逆に心理的に追い詰められたインテルは、3日後に行われたボローニャ戦でよもやの勝点ゼロに終わり、追撃に急ブレーキ。4戦を残し、自力優勝が可能になったミランに、満身創痍のイブラヒモビッチは檄を飛ばした。

「名門の選手であることの意味を思い出せ。ミランの歴史に名を残せるのは、タイトルを勝ち獲った人間だけだ!」

 それが勝負の世界の掟だと、老兵は独り立ちしようとする若獅子たちへあえて厳しい言葉をかけたのだ。

92万円の最高値がついたゴール裏席が即売約

 そして5月22日、最終節の舞台となったサッスオーロのホームスタジアム「マペイ」には、11年ぶりの優勝の瞬間を見届けようと多数のミラニスタが殺到した。プラチナペーパーと化した試合チケットは転売され、92万円の最高値がついたゴール裏席も即売約される異常なフィーバーぶり。

 牧草地帯の緑に囲まれた長閑なスタジアムは赤と黒に染まった。サイズが凝縮した分、本家サン・シーロよりダイレクトに届く大声援を受けて、ミランは前半だけで3点のリードを奪った。

 長くミランを悩ませてきた“背番号9の呪い”を、今季ようやく解いた助っ人FWジルーが先制点と追加点を決め、MFケシエが3点目を挙げても、ミランの面々は緊張の色を消さなかった。

 サッスオーロは今季で引退するベテラン主将マニャネッリを後半から投入し、終盤には若い第3GKを出場させた。指揮官ディオニージの恩情起用で、もうホームチームに試合をひっくり返す気がないことは明らかだった。

 それでもミランは手綱を緩めなかった。終わってみれば、今季17試合目の完封勝利。リーグ最少失点でミランは王者に返り咲いた。

最も“結束力”に秀でたチームだった

 開幕時点での戦力やネームバリュー、年俸総額でいえば王者インテルやユベントスに及ばず、冬の移籍市場でもほとんど補強はなかった。

 しかし、ミランはシーズンを通して一人ひとりが力をつけ、チーム全体が相乗効果的に成長した。イブラヒモビッチやDFキアルのように頼れるベテランたちが故障で戦線離脱しても、残った選手たちは指揮官ピオリの対応力と工夫を信じてプレーし続けた。彼らが最も“結束力”に秀でたチームだったことは間違いない。

 悲願達成を目前にした高揚と緊張に、ミランの若者たちは浮つくことなく堂々と立ち向かい、打ち勝った。これは競い合った19チーム全てが認めるところだろう。

「我々こそが優勝に値するチームだった。どこよりもスクデットを勝ち取りたいと願い、獲れると信じたのは我々だった。私はうちの選手たちに恋してるんだ」

戦力的にはインテルやユーベに及ばなかったが、今季のミランには強固な結束力があった©Getty Images

 指導者として初めてのタイトルを勝ち取ったピオリは、子供のようにはしゃぎ、選手たちの輪に混じって両腕を振り回して歌い踊った。

 マペイ・スタジアムの祝祭に、ミラニスタたちで賑わう路上に、チームのシンボルとなった指揮官を称えるダンスナンバーの替え歌が響く。

Pioli is on fire!

Na-na-na-na-na, na-na-na,na-na-na...

ミランを取り巻く環境は激変しつつある

 スタジアムへの行き帰り、道すがら初夏のジャスミンの香りが強く匂った。今やイタリアでサッカー観戦での歌声を咎める者はなく、自然の香りを楽しむことを訝しむ人間もいない。根源的な喜びとして声を出すことすら憚られた年月を経て、今季のスクデットにはポスト・コロナウイルスの意味合いも込められていたような気がする。

 ミランの新オーナーになる予定の「レッドバード」代表ジェリー・カルディナーレは、2日にTDマルディーニと面談し、チーム強化の方向性を確認したという。すでにミラノ北東部の新スタジアム建設計画用地も視察済みで、ミランを取り巻く環境は激変しつつある。パトロンが変わり、世界も変わった。だが、ミランは王座に帰ってきた。

 名門は、一度落ちても必ず這い上がるから名門なのだ。

文=弓削高志

photograph by Getty Images