日韓W杯から20年、様々なドラマが起きた大会にあって大きな話題となったのが決勝トーナメント1回戦「韓国vsイタリア」を裁いたモレノ主審の誤審問題だった。当時の騒動と20年後、今の彼の姿を追った(全2回/#1も)

「あの日、俺たちの前にはホイッスルを持った悪魔がいた。20年間、あの試合の映像を見返そうと思ったことは一度もない」

 元イタリア代表DFマルク・ユリアーノは、生涯たった1度きりのW杯出場試合を今でも忌み嫌っている。誤審によって敗れた日韓W杯の韓国戦は、ずっと治らない生傷のままだ。

 20年前の夏、ワールドカップと代表の誇りを汚したエクアドル人レフェリー、バイロン・モレノの名は、イタリア人にとって悪魔と同義になった。

©AP/AFLO

日韓W杯の翌年夏に北イタリアで審判を務めたら

 北イタリアの古都ボローニャから車で1時間ほど北上した田舎町からモレノが招待を受けたのは、日韓W杯の翌年、03年の盛夏だ。

 30年以上続く地域のサッカー大会の栄えある決勝戦レフェリーに、と知人の知人を介して請われたのだ。

 モレノ来訪を知った地域審判協会は嫌悪感情を爆発させ、大会へのレフェリー派遣をボイコット。ゲストの安全を危惧した主催者は、空路ミラノ入りしたモレノに送迎車と専属ボディガードを手配した。

 物々しい雰囲気の大会当夜、試合会場に本人が姿を現すと、けたたましいブーイングと抗議の指笛が浴びせられた。モレノが控室を出てグラウンドに入ろうとした途端、スタンドから生卵の雨が降った。

 約3000人の荒ぶる観衆を地元の名士である主催者がなだめて、ようやく試合が始まったのは真夜中0時近く。緊張の中で主審モレノは試合を90分間仕切り、何とか終了の笛を吹いた。

モレノ主審は日韓W杯、アメリカvsポルトガルでも笛を吹いている ©Getty Images

 ただし、“悪魔”を眼の前にした群衆の興奮は試合後も収まらず、セレモニーを前に呪詛の言葉を吐く老人がモレノへ赤ワインをぶっかける事態まで起きた。

 当時のローカル紙は5000ユーロの報酬があったはずだと伝えているが、どれほど侮蔑を受けても生卵とワイン塗れになっても、モレノは無表情のままだった。

 彼の怒ったところや笑った顔を誰も見たことがないまま、時が流れた。

ヘロイン所持で逮捕され2年6カ月の収監生活

 モレノが少しだけ表情を崩し、得意そうな顔をしたのは、“刑務所サッカー大会”についての話を始めたときだ。

 今年4月、『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙のリモート・インタビューで、モレノは審判業引退後に“前科持ち”になった苦い人生経験に触れた。

 2010年9月、ニューヨークのJFK空港でヘロイン6kgを違法所持していた彼は逮捕され、2年6カ月の収監生活を送った。犯罪の理由は明確に話さなかったが「あのときはそうせざるを得なかった。脅迫されていた。妻の身の安全もかかっていた」とだけ言葉少なに語った。

 ただ、監獄での日々を問われると、モレノの口調はどこか朗らかになった。

「刑務所の中では時間がうなるほどあったので、サッカー大会を企画、運営しました。サッカーの国際舞台ではあらゆる種類の人間と仲良くなれる“コミュ力”が必要で、それが監獄でも役に立ちました」

「お前さんが裁いているのは犯罪者たちの試合だぜ」

「審判? もちろん何試合もやりましたよ。きちんと反則をとり、警告も退場も出しました。笛を吹く度に、周りの観衆(=囚人)たちから私へ野次が飛ぶのです。『オイオイ、お前さんが裁いているのは犯罪者たちの試合だぜ』、つまり無法者にルールを求めるなんて馬鹿げていると。ですが、私は毅然とジャッジを続けました。ルールはルールですから。私は、こうだと決めたら曲げるのが嫌な性分なのです」

 自分は根っからのレフェリーであり、受刑者のトーナメントであろうとW杯と同じ判断基準でジャッジした、とモレノは胸を張った。少なくとも、監獄時代を語る彼の言葉に嘘は見えない。

 2015年、FBIによる「FIFAゲート」捜査で大量の逮捕者が出たとき、日韓大会での試合操作疑惑も再燃した。

 捜査資料を入手したイタリアのメディアは、調書の内容から、韓国対イタリア戦の第4審判だったモロッコ人審判ムハンマド・ゲザスが、当時のFIFA会長ヨゼフ・ブラッターと副会長鄭夢準の命を受けたアフリカサッカー連盟会長イッサ・ハヤトウの送り込んだ“現場のお目付け役”で、主審モレノと2人の線審に韓国有利の判定を下せと圧力をかけていた疑いがあると報道した。これが真実なら、モレノの判定は操られていたということになる。

インタビューで“1つだけ引っかかること”が

 だが、あの日グラウンドで笛を吹いていた男は、知らぬ存ぜぬを貫き通している。今回の『ガゼッタ』紙インタビューでも「試合前に外部からの接触は何もなかった」と強調し、人生で八百長や買収に関わったことはない、とも言い切った。

©Getty Images

「正しい判定もそうでない判定も、審判としてのキャリアで下したすべてのジャッジに私は責任を持ちます。だが、どちらか一方を有利に導こうとしたことは一度もない。何者にも、私の仕事に口出しすることを許したことはありません」

 モレノが嘘をついている可能性は否定できない。

 リモート・インタビューには、1つ引っかかることがあった。

 何度か見返す内に気づいたが、韓国人なら初見で指摘できたかもしれない。

 モレノは20年前の韓国対イタリア戦の試合内容を諳んじ、具体的に選手名や場面を挙げながら、誤審だったか否かについて己の見解を述べた。

 退場させたトッティやゴールを取り消したトンマージを初め、ゲーム最初の警告を出したDFココや序盤にPKを与えたDFパヌッチ、先制点を決めたFWビエリやFWデル・ピエロなどアッズーリの選手たちの名前をすらすらと口にした。

1人も韓国の選手の名前を挙げなかった

 だが、モレノはただの1人も韓国の選手の名前を挙げることがなかった。

 単に知名度の差とは考えにくい。W杯の審判団は担当試合の両チーム情報を入念に下調べして備えるのが常だ。事実、モレノは韓国対イタリア戦で仕事をしたきりの外国人副審のフルネームを(責任転嫁するためかどうかはわからないが)はっきりと覚えていた。

パク・チソンとココのデュエル ©Getty Images

 アジア圏の響きに馴染みが薄く記憶に残りにくいから、ということはできる。だが、あれほど騒がれた世紀の誤審試合で、当事者のモレノがただの1人も韓国選手の名前を出せないのはむしろ不自然だろう。

 あの試合のジャッジの標的はイタリアに絞られていたのではないか。疑念は残る。

 屈辱から4年後、イタリアはドイツW杯で世界一になり、昨年には1968年以来の欧州王者にもなった。

 それでも、あの遺恨は消えない。日韓W杯以来20年、イタリア代表は韓国と交わりを絶ち、いかなるマッチメイクも断り続けているが、いつかW杯の舞台でいざ再戦となれば、カルチョの国は闘志で沸騰するだろう。ただし、その対戦は少なくとも2026年までお預けだ。

イタリアのW杯予選敗退……残念なことです

「イタリアのカタールW杯予選敗退? 残念なことです。エクアドルでは、北マケドニアがどこにあるかさえ知らない人間ばかりだというのに」

 モレノの言葉は慇懃無礼にも思えて、どこまでもイタリア人の神経を逆撫でする。

「20年後の今でも私の心は晴れやかです。あの韓国対イタリア戦で、トッティは退場になるべくしてなったのです。私のジャッジは試合結果に何の影響も及ぼさなかった」

©Getty Images

 本当にそう思っていますか? 記者の声が気色ばんだ。

「もちろん」

 モレノは眉一つ動かさなかった。

〈第1回から続く〉

文=弓削高志

photograph by Claudio Villa/Getty Images