米国の競馬で頻繁に見られるのが「スクラッチ」という、出走馬側から宣言して実行できる出走取消だ。雨が降って想定外の重い馬場になった、あるいは予報が外れて馬場が乾き過ぎたという理由が多いが、調教師や騎手、馬主が「今日の馬の雰囲気では走ってくれそうにない」という理由でスタート直前にやめてしまうことも珍しくない。

 日本では、出馬投票締切り後の出走取消は、馬の事故または疾病が判明した場合や、病気等で騎乗できる騎手がいなくなった場合(極めて稀なケース)でしか認められないが、米国だけでなく英仏など欧州各国でもスクラッチは当たり前に採用されている。

 日本の制度が悪いというわけではない。馬券の売上が長年に渡って世界一の高いレベルで安定しているのは、主催者であるJRAが公正を完全に担保して競馬を開催しているからで、ファンは出走表通りに競馬が行われるものと信じて、前日から真剣に予想して馬券を買っている。米国のように半数近くがスクラッチなどという事態が頻発していたら、日本の競馬はここまで発展していなかったに違いない。

オークスでの“あの放馬”

 とはいえ、だからこそアクシデント等で勝つ可能性が薄くなった馬については、主催者判断で迅速に競走から除外する姿勢も積極的に見せてほしいと思う。

 オークス(5月22日、東京、芝2400m、GI)で起きたスタート前の事故がその好例。ゲート後方での輪乗りの最中にサウンドビバーチェが他馬に顔面を蹴られ、その弾みで騎手を振り落とし、引き綱を持っていた係員も振り切って3コーナーあたりまでカラ馬で走ってしまったあの件だ。間もなく確保され、歩いてスタート地点まで戻り、獣医委員の診断を受けて競走除外の判断となったが、スタートは15分も遅れて地上波の中継がレースの途中でCMに変わるという事件にまで発展した。

 獣医委員の診断が不可欠という原則があるのかもしれないが、サウンドビバーチェの馬券を持っているファンは発走直前にかなりの距離を走ってしまった時点で望み薄と考えるわけで、ピックアップしたところで除外というのが妥当な判断ではなかったか。待たされた馬たちにも大小の影響はあったわけで、喫緊の課題として提起された形だ。

文=片山良三

photograph by Keiji Ishikawa