藤井聡太五冠、渡辺明名人、羽生善治九段など、将棋界は様々な話題にあふれています。そこで夫婦ともども“観る将”になったというマンガ家の千田純生先生に今月も「ファン目線での将棋ハイライト」を描いてもらいました!

1)羽生善治九段の1500勝と順位戦開幕

 将棋界のアイコン、羽生善治九段が偉大な記録を達成しました。

 6月16日に行われた順位戦B級1組、山崎隆之八段との対局で羽生九段は82手で勝利。来期A級復帰を目指しての開幕局を白星で飾るとともに、通算勝利数が前人未到の「1500勝」に到達しました。

<通算勝利数・1000勝以上の棋士>※6月30日現在
羽生善治九段 1501勝
大山康晴十五世名人 1433勝
谷川浩司十七世名人 1364勝
加藤一二三九段 1324勝
中原誠十六世名人 1307勝
内藤國雄九段 1131勝
米長邦雄永世棋聖 1103勝
有吉道夫九段 1091勝
佐藤康光九段 1079勝

森内九段−羽生名人の第69期名人戦 ©Tadashi Shirasawa

 は、羽生先生はもちろんなんですが、あらためて並べると谷川十七世名人や佐藤康光会長もすさまじい……。さらに「羽生世代」で言うと丸山忠久九段(973勝)、森内俊之九段(952勝)、郷田真隆九段(928勝)も1000勝が見えているし……。

 その中で羽生先生は今年からTwitterを始めています。分かりやすい将棋解説を発信してくれるとともに、親しみやすい人柄で大人気です。そんな羽生先生が先日、こんなツイートをしていました。

〈おはようございます。私の日曜日の楽しみは『鎌倉殿の13人』なのですが、源頼朝役の大泉洋さんは北海道TVの『水曜どうでしょう』がキッカケで大ブレイクされましたが、当時どの遠征先に行っても深夜TVをつけても大泉さんの番組を再放送していました。自分にとっては金太郎飴の様な存在です〉(原文ママ)

 通算タイトル獲得99期で、数多くのタイトル戦を戦い続けてきた羽生先生。まさに全国を駆け巡る「将棋版・対決列島」をしてきたわけですが、お忙しいスケジュールの中で、ちょっとした息抜きに『水曜どうでしょう』を見ていたのかも……と妄想してます(笑)。

 僕ら夫婦には「観る将」「サッカー好き」「水曜どうでしょう藩士」という共通点があるんですが、そのうち2つがヒットするとか最高すぎるじゃないですか! 羽生先生はスポーツに関する見識も深いとのことなので、サッカーの話題をツイートされる日が来てくれないかな、とウキウキします(笑)。

 なおこのツイートの後、羽生先生が「金太郎飴」という表現についての真意を再ツイートするなど、その実直さには敬服するばかりです……。誰もが見たことのない境地を歩み続ける羽生先生の探求を今後も楽しみにしています。

藤井五冠vs佐藤会長は名古屋に新設の「天空の対局場」で

 開幕した順位戦について、もう少しだけ。渡辺明名人への挑戦権を懸けるA級開幕局では、斎藤慎太郎八段が菅井竜也八段に勝利し、名人戦3年連続挑戦への好スタートを切っています。そして藤井聡太竜王と佐藤康光九段、B級2組の杉本昌隆八段と佐々木慎七段の対局が「名古屋将棋対局場」での初公式戦として実施されました。

©Junsei Chida

 東京と大阪に次ぐ公式対局拠点は「ミッドランドスクエア」という名古屋駅直結ビルの25階にできました(凄いロケーション……)。日本将棋連盟の公式HPには佐藤会長のコメントが「棋士にとりましても心躍る出来事で、大きな励みになることと思います。また、こけら落としの対局者として伺えますこと、大変光栄です」と掲載されていました。さらに和服姿で対局に臨んだところに、佐藤会長の思いを感じ取りましたね。

 この対局はそれぞれ藤井竜王、佐々木慎七段が勝利。今後「天空の対局場」でどんな名局が生まれるか。佐藤会長の言葉を拝借すると――心が躍ります。

2)「西山永世女王」と里見女流四冠の「棋士挑戦」

 藤井五冠の戦いの前に……今月は扱いたい話題が渋滞しています(笑)。

 2人の女流棋士が話題となりましたね。西山朋佳女流二冠と里見香奈女流四冠です。西山女流二冠は6月13日に行われたマイナビ女子オープン第5局で、里見女流四冠に112手で勝利して防衛するとともに、5連覇によって「永世女王」の資格を獲得しました。

西山朋佳女流二冠 ©日本将棋連盟

 一方の里見女流四冠は7日の女流王位戦第4局で西山女流二冠に勝利し、3勝1敗でこちらも防衛……まさに2強のつばぜり合いといった様相ですね。

 そんな中で里見女流四冠が1つの決断を下しました。女性として初となるプロ編入試験受験です。奨励会の三段リーグこそ年齢制限の壁によって退会したものの、5月に編入試験の受験資格を獲得。その際には受験するかどうか迷いがあったそうですが、申請期限間際で挑戦を決意したとのことです。

 里見女流四冠は2022年度に入って男性の棋士から白星を積み重ね、さらには24日の対局では出口若武六段(叡王戦で藤井聡太五冠に挑戦)に勝利しています。史上初の「女性棋士」誕生へ、ファンとしても固唾をのんで見守る所存です。

里見香奈女流四冠 ©日本将棋連盟

 トップを走り続ける2人の挑戦にエールを送るとともに、女流棋士の皆さんの活躍にも期待しています。

佐藤天彦九段のキャラクターも面白い

 さて、柔らかな話題で言えば……ABEMAトーナメント。リーグ戦が活況を呈している中で、ピックアップしたいのは佐藤天彦九段です。

 団結心を高める動画企画で、チーム天彦はテクノスポーツの「HADO(※拡張技術を使って、架空のボールをドッジボールのように扱う)」に挑戦。すると「貴族」の愛称でお馴染みの天彦九段(いつものエレガントなファッションではなくスポーツウェア姿)が、想像以上のアジリティーを見せてくれました。

「HADO強いし、運動神経いいんだな……」と思っていると、vs先崎学九段でのこと。フィッシャールールの早指し戦にもかかわらず、天彦九段がなぜか離席。

 作戦会議室で見ていた佐々木大地七段や梶浦宏孝七段だけでなく、対局者の先崎九段も相当ビックリされていましたが……「先崎九段のマスクのひもが取れたので代わりのマスクを探しに行った説」、「突然の天彦九段の代名詞であるリップクリームを取りに行った説」などがあるようで。そんなちょっとミステリアスな部分も、天彦九段らしい魅力だなあと感じます。

©Junsei Chida

 おもしろ動画系で言えば、チーム山崎(山崎八段、松尾歩八段、阿久津主税八段)の「足つぼマッサージ」がオススメです。ほぼ同年代の自分にとっては、あれだけ痛がりつつも体をいたわりたい心境に共感しました(笑)。

3)今月の藤井五冠と…渡辺名人解説が神回だった

 6月にして梅雨明けなど猛暑となる中……藤井五冠にとってタイトル防衛なるかの戦いが始まりました。

<棋聖戦:挑戦者は永瀬拓矢王座>
第1局は永瀬王座の勝利(2回の千日手)、第2局は藤井五冠の勝利で1勝1敗
<王位戦:挑戦者は豊島将之九段>
第1局は豊島九段の勝利

 藤井五冠が黒星スタートになった中で、永瀬王座と豊島九段の“凄み”を感じました。棋聖戦での第1局は千日手(※同一局面が現れた際、指し直しとなる)が、なんと2回も成立。体力勝負で“軍曹”こと永瀬王座が勝利しました。第2局は持ち時間が少ない中、藤井五冠が勝利を手繰り寄せたのもさすがの一言ですが。

棋聖戦第1局 ©日本将棋連盟

 さらに王位戦開幕局、豊島九段は1日目に間髪入れずに藤井五冠に対して仕掛けて持ち時間で差をつけると、翌日はじっくりと時間を使って藤井玉を仕留める。そのタイムマネジメントぶり……2日制の戦い方の巧みさに感服するばかりです。

「おやつに飲み物が多いワケ」を的確解説

 その藤井−豊島戦、ABEMA中継の解説だったのが、なんと渡辺明名人。これがまたキレッキレでした!

 同局での解説は4年ぶり2度目(※2018年の名人戦:佐藤天−羽生以来)らしいのですが……ご本人は覚えていなかったようです(笑)。ただタイトル保持者から語られる経験談と説得力ある言葉には、とてつもない重みを感じました。

 2つほど例を挙げましょう。

 まずは棋聖戦第2局での「おやつ」について。藤井棋聖は「オレンジジュースとアイスティー」、永瀬王座は「アイスコーヒーとアイス抹茶、ホット抹茶」と飲み物ラッシュでした。中継を見ていて「おやつに飲み物多いなあ」と思っていたところ、王位戦解説の際に渡辺名人がこんなニュアンスで話していました。

〈部屋にデザート食べに行くのが(時間を使うのが惜しいという意味で)めんどくさいから、飲み物を多く頼むんですよね〉

 文字にすると、身も蓋もない(笑)。ただたしかに終盤になればなるほど1分1秒でも効率よく時間を使いたい。その一方で水分・糖分補給したいとなれば……という意味で理にかなっているなと。

「研究量、ものすごいですね」「このくらい普通ですよ」

 さらに背筋が凍り付いた(もちろんいい意味で)のは、竹部さゆり女流四段との「研究量」についての掛け合いです。先ほど触れた王位戦第1局、豊島九段の緻密な戦いぶりについて、竹部女流四段が「豊島九段の研究量、ものすごいですね」と話したところ、渡辺名人がスパッと一言。

王位戦第1局 ©日本将棋連盟

「このくらいは普通ですよ」

 ……はい、すみませんでした。でも、渡辺名人たちが考えている藤井五冠対策の「普通」レベルとは、僕ら凡人では計り知れないものなのだなあと実感しました。

 もちろん渡辺名人はこれ以外にも「先手番(豊島九段)としては理想的です」など、形勢や対局の展開予想をハッキリと示してくれる(そして実際その通りになる)など、本当に面白かったです。お忙しい時期が続くかと思いますが、対局とともに「渡辺節」を耳にできる機会を心待ちにしたいと思います。

©Junsei Chida

 冒頭で羽生先生の通算勝利数が1500勝に達したことを話題にしました。渡辺名人(712勝/勝率.659)や藤井五冠(270勝/勝率.831)、永瀬王座(437勝/勝率.708)に豊島九段(548勝/勝率675)も1つずつ勝利を積み上げて、どこまでの境地に達するのか――目の前の一局とともに、将来に思いを馳せながら、数々の対局を楽しみたいと思います!<構成/茂野聡士>

文=千田純生

photograph by Tadashi Shirasawa/Junsei Chida(illustration)/日本将棋連盟