元日本代表の三都主アレサンドロは今、どのような道のりを歩んでいるのか。ブラジル在住のライターが両親、妻、本人に取材。運営に携わる地元クラブが急成長した理由や日本・ブラジルそれぞれでの生活などについて聞いた(全3回の2回目/#1、#3を読む)

 三都主アレサンドロの妻・直美さんには、以前、一度だけ会っていた。2015年初め、三都主がブラジルへ戻ってきて地元のクラブへ入団した際にインタビューしたのだが、そのときに少しだけ話をした。

 その後、三都主を通してインタビューを申し込んだことがあったが「直美はメディアとは話さないから」とあっさり断わられた。また、日本のメディアへのコメントを見た覚えがない。

 それでも――ブラジル出身のプロ選手と交際し、彼が日本国籍を取得。さらに自国開催のワールドカップに出場したのを見届け、2003年に結婚。4人の子供に恵まれ、2015年からマリンガで彼の活動をサポートしながら、子育てをしている。その決して普通ではない経験に、強い興味を覚えた。

クラブ内には三都主の絵画が

 今回のマリンガ取材に先立ち、三都主を通じて再びインタビューをお願いしていたが、確約は得られていなかった。それが、6月12日の試合前にスタンドで偶然会って直接、インタビューの意図を説明し、幸いにして承諾してもらえた。

 この日、直美さんに会う前に三都主サッカーアカデミーの事務所で三都主と出くわしたら、「沢田さん、よく直美が承知したね」と驚いていた。「どれくらいの時間、話すつもり?」と聞かれたので「できれば2時間くらい」と答えると、「直美が2時間も話すはずがない。1時間だって無理じゃないかな」と笑われた。

三都主と知り合った時期と経緯は?

――今回は、インタビューを受けていただき、本当にありがとうございます。お聞きしたいことはたくさんあるのですが、まず、これまで日本のメディアへのインタビューを受けてこなかった理由を教えていただけますか?

「とりたてて大きな理由があるわけではないんです。私は特に変わった体験をしているわけではないと思っており、お話しする意味は特にないと考えていたからです」

――なるほど。ただ、昨日も申し上げたように、僕は直美さんが非常に貴重な経験をされており、そのことを日本のスポーツファンにも伝えることは大きな意味があると考えて今回のインタビューをお願いしました。まず、三都主と知り合った時期と経緯を教えてください。

「私は静岡市出身で、高校卒業後、会社勤めをしていました。知人の紹介で、1999年、アレックスと会いました。彼が22歳で、JリーグMVPに選ばれる前のことです」

――彼の第一印象は?

「ノリのいい外国人、という感じ。それまで私はサッカーに興味がなく、彼がサッカー選手であることも知りませんでした」

それまでそんな人を見たことがなかったので、驚きました

――彼の人間性をどう思いましたか?

「いつも楽しそうにしていて、好奇心が旺盛。何か問題が起きたり困ったことがあっても、まるでそれを楽しんでいるような感じでした。それまでそんな人を見たことがなかったので、驚きました」

――かなり几帳面なところもありそうですね。

「そうなんですよ。たとえば、今、アルコの運営に携わっていて、試合のチケットなどを知人などに配ることがあります。そういう場合、普通ならクラブのスタッフに頼んで渡してもらうじゃないですか。でも、彼は『これまで自分がお世話になっている人だから、僕が自分で渡すべきだ』と言って、極力、自分で動くんですよ」

2001年、鈴木隆行と競り合う三都主

――なるほど。実は、昨日(6月12日)の試合前、三都主ご両親の家でインタビューをしていたら本人がやってきたのですが、両親や僕と話をする合間に繰り返し電話をかけて試合の告知をしてたんですよ。そういうことだったんですね。世界中のプロクラブで、そんなことをするCEOは彼しかいないと思いますが(笑)。

「まあ、そうでしょうね。几帳面と言うか、義理堅いと言うか……」

――話を戻しましょう。そして、2人の交際が始まったわけですね。

「ええ。両親にも、彼と交際していることを伝えました。母もサッカーに興味がなく、彼のことを知らなかったのですが、父は名前を知っていました」

ある日、仕事から帰ると彼が私の家にいて

――プロのスポーツ選手というと、一般的には派手なイメージがありますね。

「そうですね。当初、彼がどこまで真剣に私のことを考えてくれているのか、少し疑問に思っていました。ところが、ある日、ひどく驚かされたことがあり、考えが少し変わりました。

 彼の家と私の実家は近かったのですが、ある日、仕事から帰ると彼が私の家にいて、両親と談笑していた。『何やってるの?』と思わず叫んだら、彼は『お帰り』と言って笑っているんです」

――一体、何が起きていたのでしょうか?

「彼は、自分が真剣な気持ちで交際していることを伝えるため、私には何も言わないで両親と会う約束をしていたのです。本当に驚きました」

――これは、非常に勇気がいる行為だと思います。もしご両親に受け入れてもらえなかったら、それで交際が終わりかねませんから。後で、ご両親は彼のことを何と言っていましたか?

「いい人だね、と言っていました」

――つまり、ご両親からも彼との交際にゴーサインが出たわけですね。こういうこともあって、以後、交際が順調に進んだのでしょうか?

「そうですね。このことで、彼への信頼が深まりました」

ある日突然、「僕は日本人になりたい」と

――2001年、三都主は日本国籍を取得しました。日本の国籍を取ることについて、彼からどのような説明を受けたのですか?

「ある日突然、『僕は日本人になりたい』と言い出したんです。『どういうこと?』と聞くと、『日本が大好きだから、ずっとここに住みたい。これまでお世話になった日本という国、日本の人々に恩返しがしたい』と言っていました」

日韓W杯時の三都主

――2002年のW杯出場を経て、2003年に結婚したわけですね。以後、彼の移籍に伴って日本国内とオーストリアを転々とし、2015年以降、マリンガで生活をされています。三都主が直美さんと知り合ったのが22歳のときで、今、44歳ですから、彼の人生の半分を伴走してこられたことになります。この間、彼は変わりましたか?

「日本のことが大好きで、普通の日本人以上に日本人らしい。“日本男児”という感じがします。でも、人間としての本質的な部分はあまり変わっていないと思います。誠実で、小さなことでクヨクヨしないところなどですね」

――現在の彼の活動をどう思いますか?

「アカデミーとアルコの仕事でとても忙しそうにしていますが、よく頑張っていると思います。私も妻として、また母親として、これからも彼を支えていきたい」

――8歳から16歳まで2男2女に恵まれているわけですが、三都主の子供に対する躾は?

「かなり厳しいと思います。彼自身、ご両親から厳しい家庭教育を受けたようなので」

三代にわたって「16歳で描いたプロへの夢と道」

――長男のアラン君は、今年、日本の高校に入学し、寮で生活しながらサッカー部でプレーしていると聞きました。三都主が16歳で明徳義塾へ留学したのと同様、16歳でブラジルから日本へ渡りました。また、三都主の父ウィルソンさんもプロ選手になる夢を追って、16歳で生まれ故郷の田舎町を出ています。

三都主の長男アランくん ※三都主サッカーアカデミー提供

「みんな、偶然にも16歳なんですね。16歳って、自立する年齢なのでしょうか。ただ、アランの場合は、日本人として、一般の入試を受けて高校に入りました。この点がアレックスとは違います。でも、3人ともプロ選手になる夢を抱き、16歳でそれまでの環境を飛び出した点は共通していますね。アランの性格は、アレックスそっくり。周囲から色々な刺激を受けながら、寮生活と学校生活を楽しんでいます」

――今後、アラン君は父親と比べられることがあると思います。

「それは仕方がないことなので、『アランがアレックスの息子、じゃなくてアランのお父さんがアレックス、と言われるようになりたいよね』と伝えています。アランも、『大好きで一番尊敬するパパを超えるんだ』と言っています。自分なりに頑張ってほしいと思っています」

2時間以上も貴重なお話を聞かせてくれた

 同じブラジル在住日本人ということもあって話が弾み、三都主の予想を裏切って2時間以上もお付き合いいただいた。

 6月12日に行なわれたパラナ州選手権2部決勝第2レグのアルコ対フォス・ド・イグアスの試合中、直美さんはスタンドで賑やかに応援しながら、周囲の知人、友人と流暢なポルトガル語でにこやかにやり取りしていた。

試合の様子

 三都主が16歳で日本へ渡って色々な困難を乗り越えたのと同様、日本人がブラジルで暮らすことにもそれなりの困難が付きまとう。

 しかし、直美さんはマリンガに、そしてブラジルにしっかりと根を下ろし、母として4人の子供を育てながら、妻として三都主の活動を支えているのだと感じた。

 第3回では三都主本人に、妻・直美さんや両親らへの感謝や人生の歩み方について聞いた。

<#3につづく>

文=沢田啓明

photograph by Kazuaki Nishiyama