今年6月、東京で1つのプロ男子バレーボールチームが産声をあげた。

 昨年12月に活動休止が発表されたV.LEAGUE DIVISION1(V1)のFC東京が、東京を拠点とする消費財メーカー「ネイチャーラボ」にチーム譲渡され、「東京グレートべアーズ」として生まれ変わった。

 シーズン中の突然の休部発表からわずか半年。チームが消滅する最悪の事態は免れた。

 きっかけを作ったのは、1人の選手だった。2019-20シーズンまでFC東京に所属し、その後はプロ選手としてイスラエル、フィンランドでプレーしていたリベロの野瀬将平(28歳)である。

 昨年12月にFC東京の休部が発表された時、衝撃を受けると同時に、野瀬の顔が浮かんだ。野瀬が動くのではないか、と。

今年5月の黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会を最後に、休部となったFC東京 ©︎Noriko Yonemushi

 昨年8月中旬、野瀬がフィンランドに出発する前に、こんな話を聞いていたからだ。

「僕、東京に新しくプロチームを作りたいんですよ。一緒にそういうチャレンジをやってくれる会社を見つけたいと思っています。やっぱり首都の、東京のチームがしっかり業界やリーグの中心になっていかないといけないと思う。だから今東京で唯一のチームであるFC東京が担っている責務は大きいと個人的には思っています」

 野瀬はすでに動き始めていた。

「『プロチームを作りませんか?』って、直談判したんですけど、いくつか断られました(苦笑)。断られて当然なので、当たって砕けろです。今、V1男子の関東のチームはFC東京だけ。東京だけでなく神奈川も埼玉も千葉も、お客さんを集客し放題です。バレーファンは熱量も高いですし。そう考えると結構夢ありません? だから来年フィンランドから帰ってきたら企画書を持って、また飛び込みに行こうと思っています」

 そんな行動力の鬼である野瀬が、古巣の危機にじっとしているわけがなかった。

 野瀬はFC東京に所属していた2017年から、自ら買って出てチームのスポンサー営業をしており、FC東京を退団後も「お世話になったチームなので」と続けていた。 

「正直、無理だと思っていました」

 昨夏、たまたま縁があって出会ったネイチャーラボに、野瀬は当初FC東京のスポンサーになって欲しいと持ちかけていた。自ら資料を作り、フィンランドに出発する直前に会社を訪れプレゼンを行った。渡航後も今季(2022-23シーズン)のスポンサー契約を見据えオンラインミーティングを重ねていた。

 そんな中、FC東京の休部が発表された。東京という土地柄、会場確保の難しさや会場使用料が負担となっていたところに、コロナ禍が直撃し、チーム経営に大きな打撃を与えたことが理由だった。野瀬も選手たちと同じタイミングで休部を知らされた。

FC東京時代の野瀬(2018年)©YUTAKA/AFLO SPORT

「そうなったらもう、(ネイチャーラボに対して)『チームを引き受けてくれませんか?』にシフトチェンジするしかないですよね。だからFC東京の部長とネイチャーラボをつないで。でも正直、無理だと思っていました。だってチームスポンサーとして数十万、数百万をいただく話ですら大変なことなのに、急に何億もかかるチーム運営をしませんか?なんて。可能性は1%もないぐらい、“ダメ元”というレベルですらなかった気がします」

 ただ、ネイチャーラボに一縷の望みをかけようと思える理由もあった。

「僕が昨年8月下旬に、最初にスポンサー提案にうかがった時、幹部の方が4人も出てきてくださって、真剣に耳を傾けてくださったんです。ネイチャーラボの社員の方ってめちゃくちゃ忙しいんですよ。しかも幹部なんて本当に忙しいのに、その中で時間を作ってくださって、一若造が企画書を持って、夢みたいなことを語っているのを、ばかにもせず、最初から本気で向き合ってくださった。その時の姿に、『もしかしたら』と数パーセントの希望を抱いて、(チームの受け入れを)提案させていただきました」

「チーム譲渡となると僕の知識の範囲を超えていたし、オンラインだけでなくリアルのやり取りも必要になるから」と、親交のあった原口攻太(現・東京グレートべアーズチームディレクター)の力も借りた。Vリーグ機構の広報や四国アイランドリーグの所属チームで球団職員を務めるなど、スポーツ界で幅広い業務経験がある原口が事業計画書などを作成し、野瀬とともにネイチャーラボにプレゼンを重ねた。

 ネイチャーラボは検討に入ったが、困難な要素は山積みだった。野瀬は回想する。

「出てくる数字出てくる数字、やっぱり厳しかった。チームに試合の放映権や分配金がないといったリーグの構造的な問題。V1男子には他にプロチームがないこと。試合会場の問題や、練習場として(FC東京が使用していた)深川体育館を使えるかどうか。しかも2月末までの約2カ月で結論を出さなければいけないというありえないスピード。やっぱり厳しいなという雰囲気はすごくありました。

 でも、ネイチャーラボの人たちは絶対に『無理』と言わないんです。『できる理由を考えよう』という感じで、僕たちと同じ側に立って、どうやったらチームをなくさないか、どうすればこのチームを救えるのかというのをすごく考えてくれた。『こうしたらどうなの?』って、次々にぶつけてくれるんですよ。

 できない理由なんて腐るほどあって、チーム譲渡なんて、正直バレー界のほとんどの人が諦めていたと思う。僕ですら諦めかけていた。その状況で、なぜか赤の他人が、できる理由をめちゃくちゃ探してくれるんです。僕は本当に、嬉しくて……」

 一気に話し続けていた野瀬が、突然声を詰まらせた。

「正直、きつかったので……。チームがなくなるというショックと、同期の手原(紳)たちからかかってくる電話。本当にバレー界が終わると思った。寝られなかったです。バレー界を盛り上げたいと思ってやってきたけど、その結果がこれかーって、自分の無力さに打ちひしがれていた。そんな時に、まだ2回ぐらいしか会ったことのない、すごく忙しい人たちが、時差のある中、夜中の1時、2時に僕とオンラインをつないでくれて、奔走してくれている。大変でしたけど、ありがたくて幸せな話ですよね」

「誰もやったことがないことをやれ」

 ネイチャーラボ専務で、東京グレートべアーズを運営する株式会社グレートべアーズの代表取締役に就任した久保田健司は言う。

「ネイチャーラボには、『誰もやったことがないことをやれ』という風土があります。ですから、厳しい現実や数字が目の前にあっても、『やるならもっとああすれば』『こうすれば』という意見はたくさん出ました」

 野瀬の熱意に動かされたことも理由の一つだ。

「野瀬さんの、ビジネスマンのようなロジカルさと、選手ならではのバレーボールへの情熱が詰まったプレゼンが素晴らしかった。バレーボール界を代弁する立場でお話しされているのが印象的でした」

フィンランドのサヴォバレーでプレーした野瀬(写真/本人提供)

 もちろん社内では「難しいんじゃないか」という声もあった。

「単に新しい事業を立ち上げるのとは違い、選手、スタッフの人生を抱えているわけなので、買いました、1年やりました、売り上げが少なかったからやめます、ということはできない。受け入れた先に、続けていかなきゃいけない責任がある。ファンも含めて、人の人生を巻き込んじゃうよね、というところが一番議論されたところだと聞きました」と野瀬は言う。

 議論の果てに、今年2月末、ネイチャーラボはチームの受け入れを決断した。

 バレーボールは約5億人という世界最大の競技人口を有すること、日本にはママさんバレーという文化があること。日本代表が、サッカーなど他の球技よりも世界ランキングが高いこと(男子は7位・7月4日時点)。昔からお茶の間で観戦したり、授業でやる機会もある親しみのあるスポーツであること。また、ネイチャーラボはスキンケアやヘアケア用品など女性向け商品を多く展開しており、男子バレーのファン層とマーケットが重なる点などがプラス材料と判断された。

 野瀬は「ネイチャーラボが持っているリソースやクリエイティブ力はすごいので、それをバレー界に還元してもらうことでかなりメリットがあると思っています」と期待する。

 練習はこれまで通り深川体育館を使用できることになった。試合会場の問題はすぐに解決するものではないが、区立の体育館などを確保しやすくするためにも「行政としっかりコミュニケーションをとって、子供達の支援や地域貢献活動などを増やし、結びつきを強めていきたい」と野瀬は言う。

 こうして、チーム譲渡は実現した。

 FC東京の主将として苦悩しながら、「#NeverGiveUp東京」のハッシュタグで思いを発信してきた、野瀬の同期でもある栗山英之は、「野瀬が動いてくれたおかげで、チームが存続できる。またチーム全体でバレーボールができる」と安堵の表情で感謝した。

​新たなスタートを切った「東京グレートベアーズ」(チーム公式Twitterより)

選手兼コミュニケーションマネージャー

 海外でプレーした後、プロ選手としてFC東京に加入し、東京グレートべアーズでは初代主将を務めるリベロの古賀太一郎もこう話す。

「今回自分のチームが休部になって、自分の無能さ、無力さを感じた。選手だからバレーボールをしとけばどうにかなる、チームを強くしたらどうにかなると思っていたけど、このご時世、選手がバレーだけをしているだけでは……。野瀬がバレーをやりながら、(ビジネスの)セミナーに顔を出して勉強したり、いろいろやっているのは知っていました。そういう選手が多くなることはバレー界にとって間違いなくプラスだし、今回の件も、最初に道を作ってくれたのは野瀬だった。そういう人としての厚みというか、知見や経験を増やしていくことは、これまでのバレー選手にプラスアルファ、必要になるのかなと、身にしみて感じました」

 野瀬は選手として新チームに加わると同時に、コミュニケーションマネージャーという肩書きも担う。

「プロバレーボールチームとして、本気でバレー界に対してビジネスで戦おうとしているので、やりたいことや理念を世間に向けてわかりやすく発信していきたい。バレー界はまだまだ小さな業界で、他からのサポートが必要なので」と意気込む。

 1つのチームが消滅する危機は脱したが、野瀬は「ちゃんちゃん、で終わらせたくないんです」と強調する。

「今回のことは“奇跡”なので。奇跡の出会いと、ネイチャーラボの社風、社長の覚悟や懐の深さ、そういうところから奇跡的に成り立ったものであって、当たり前じゃない。根本は変わっていない。今、本気でバレー界を変えてやろうという意気込みで、東京グレートベアーズはやっていますし、ネイチャーラボにも全力でバックアップしてもらっています。

 ある意味スタート台には立たせてもらったけど、ここからは僕たちが、ビジネスでも、プロチームとしての成績でも、結果を出していかないと。これだけの企業にここまでやってもらって、もしもダメだったらある意味、バレーボール界、Vリーグのプロ化にノーを突きつけることになりかねないと思っています。この先、他の企業が『やめとこうか』となる材料になりますから。その責任を僕は負っていると思っていますし、その覚悟も持ってやってきました」

カップ戦に優勝し、チームの初タイトル獲得に貢献した野瀬(写真/本人提供)

 未来のバレーボール界が、今より少しでも明るいものになってほしい。野瀬を突き動かすのはその思いだ。バレーの普及のため、個人的に小学校に人気バレーボール漫画『ハイキュー!!』を寄贈する活動も始めている。

 昨夏の取材時に、野瀬の視野の広さと行動力にひたすら感心していると、野瀬はこう言った。

「例えば将来自分たちが結婚して、子供ができて、『パパはVリーガーだったんだよ』って話した時に、Vリーグがなかったら嫌じゃないですか。『Bリーグのバレー版があったんだよ』なんてことになったら……(苦笑)。なんか青春ドラマみたいなこと言いますけど、未来は自分たちにしか変えられないので。僕らの人生じゃないですか。だから、人に委ねてないで頑張ろうかな、と思うんですよね」

 未来は一人一人の手の中にあるということを、これからも証明し続ける。

文=米虫紀子

photograph by Shohei Nose