オレゴン世界陸上で男子100m日本人初の決勝進出を果たした、サニブラウン・アブデルハキーム(23歳)。決勝レースでは10秒06(−0.1)で7位に入った。「絶不調だった東京五輪から1年をどう過ごしていたのか」、サニブラウンが1カ月前にインタビューに応えた記事を特別に再公開します。【初出:NumberWeb2022年6月30日】

 指定された待ち合わせ場所に意表を突かれた。大阪・西成のカレー屋。アスリートとの集合場所としては変化球と言っていいだろう。土曜日の昼過ぎに住宅街のなかにある店の前で待っていると、前日の夜に「最速」の称号を3年ぶりに奪還した男が店内から出てきた。

 サニブラウン・アブデルハキーム、23歳。レースの前後でもリラックスしていることが多いが、目標としていたレースが終わった解放感からか、一段と表情が緩んでいる。

「カレー、まじおいしかったです。ぜひ今度、食べてください! 自分は初めてだったんですけど、(香川)真司さんとかセレッソの選手も好きな店らしいので」

 トッピングの種類も豊富らしいが、「無難な選択でチーズカレー」にしたとか。ちなみに前日の夜、優勝後に食べたのはラーメン。「日本に来てから節制していたので、自分へのご褒美というか」。カレーにラーメン、大舞台後の食事にしてはあまりに庶民的な選択に、かえって普段のサニブラウンが日本にいないことを感じさせた。

 6月9日から12日まで、大阪で開催された陸上の日本選手権。サニブラウンは男子100mで3年ぶりの優勝を飾った。予選で10秒11、準決勝で10秒04を出してオレゴン世界陸上の参加標準記録を突破すると、決勝はスタートでやや出遅れたものの10秒08で勝ち切った。

 2位の坂井隆一郎とのタイム差は0.02秒という僅差だったが、後半の堂々とした加速、そして準決勝での伸びやかな走りをみると、現場ではその数字以上に「圧勝」という印象が強く残った。だが、本人はレース直後のミックスゾーンで「ちょっと悔しい」と苦笑いして、こう続けた。

「昔の自分にも勝てていないので、しっかり世界選手権でいい結果を出して、皆さんに“お帰りなさい”と言ってもらえるように頑張っていきたい」

「なんちゃって9秒台の選手ってけっこういる」

 待ち合わせ場所もそうだが、サニブラウンに話を聞いていると、こちらの想定が裏切られることが多い。凡庸な取材者の想像力を上回ってくるのだ。今回の決勝で9秒台への期待も高まっていたことをたずねたときも、まさに意表を突くような答えが返ってきた。

「よく10秒の壁って言うじゃないですか? たしかに9秒になると1桁になるので、数字的には壁っぽく思えるんですけど、自分としてはそうじゃないと思っていて。周りが騒ぎすぎというか……。真の壁って、9秒90じゃないですか? なんちゃって9秒台の選手ってけっこういるんですけど、いまの世界ランキングを見てもあまり9秒8台の選手はいないし(6月15日時点で、世界陸連のHPではクリスチャン・コールマンらの9秒76を筆頭に12人)、歴代でみても限られていますよね。そのタイムを持っている選手にはまだ勝てないと思います。ただ、9秒95くらいまではケガをせずに走れれば、いつでもポンっと出るな、という感覚がありますね」

 山縣亮太の持つ日本記録も「ポンっと出る」と言ってしまうが、それがビッグマウスに聞こえないのには理由がある。サニブラウンは、確固たる経験と信念を持った上で話をしているようなのだ。

「日本の大学や実業団は恵まれた環境が与えられている」

 2020年夏から彼が所属するのが、アメリカ・フロリダ州に本拠地を置くタンブルウィードTC。かつてサニブラウンが師事したレイナ・レイダー氏が率いるチームで、東京五輪で100m銅、200mで金メダルに輝いたアンドレ・ドグラス(カナダ)、昨季9秒76をマークしたトレイボン・ブロメル(米国)らが所属している。日々の練習から「9秒8」以上の速さと動きを、すぐ横で見て、肌で感じているのだ。

「スタートのタイムもそうですし、全身に測定器をつけて走ってもタイムが違いますから。でも、そういった数字というより、大きな舞台だけではなくて、普段の練習の1本1本から自分の持っている力を出していけるのがすごいなって」

 それはオリンピックや世界陸上などの大舞台で結果を残すためには、大きな舞台にコンディションをあわせて一発の結果を出すのではなく、日常の練習から100%に近いパワーを出して走って、スプリンターとしての地力をあげ、いつでも大舞台に臨める状態を作っていく、ということだろう。

「日本の大学や実業団はすべての面において恵まれた環境が与えられて、みんなの力で日本選手権など大きなレースを狙っていきますけど、与えられているだけじゃ成長できないと思うし、面白くないじゃないですか。世界のトップ選手はダイヤモンドリーグなどで国内外を転戦しながらまさに自分の力で結果を残して、欲しいものを手に入れています。うちのチームでも、みんなで同じ練習メニューをやることは少なくて、仲は良いけど個人個人が自立している感じです。今回の僕の日本選手権もそうですけど、コーチが同行できない試合もあり、トレーナーも普段とは違う人にお願いすることもある。とにかく、自分自身をマネジメントすることが求められますね」

なぜ大学を休学したのか?「みんなでボウリングにはいきますね」

 サニブラウンは、2020年夏に通っていたフロリダ大学を休学することを選択。その上で、タンブルウィードTCに所属している。前年の2019年は全米学生選手権で9秒97の日本新記録を樹立し、日本選手権は100mと200mを制覇、ドーハで行われた世界選手権でも100mで準決勝進出、4×100mリレーでは銅メダル獲得と、目覚ましい結果を出していただけに練習環境を変えることは意外にも思えた。だが、それにはアメリカで周囲にいたプロ選手の行動が影響していたという。

「日本とは違うんですけど、フロリダ大学の環境も恵まれすぎていたというか。大学はチームという側面が強くて、試合では、一年のなかで全米学生選手権でさえ結果を出せばよしというような風潮があったんです。そうするとどうしても他の記録会が疎かになってしまう。1本、1本のレースを自分のために大切にしたいな、と。ドーハの世界選手権の結果(準決勝でスタートでつまずいて5着敗退)に満足できなかったというのもあって、この環境にいたらトップ選手には追いつけないと思いました。

 それに大学は授業がほとんどリモートになっているので、卒業するために単位をとろうと思えばいつでも戻れるので、それよりプロアスリートとして活動を優先したいと思ったんです」

 世界のトップスプリンターが集うチームはどんな雰囲気なのか。オフは「近くには映画館ぐらいしかないし、フロリダは暑すぎて部屋にいることが多い」といい、オンラインゲームをしたり、ネットフリックスでドラマやアニメ、映画を見たりしているという(ネットフリックスで最近のオススメは「THE VOICE」の最新シーズンだとか)。だが、チームメイトと意外なスポーツを楽しんでいるようだ。

©Kiichi Matsumoto

「みんなでボウリングにはいきますね。自分のスコアは150〜180くらい。うまい? いや全然ですよ。トレイボンもけっこうやるし、チームメイトは200くらいザラですから。一番うまいのはマービン(・ブレイシー)でいつも240とか出していて、マイボール、マイグローブも持ってますからね。『お前ら、また行くの?』ってくらい通ってます(笑)」

東京五輪の“絶不調”の裏側「ヘルニアに苦しんだ」

 昨夏の東京オリンピック、サニブラウンは100mでは出場を逃し、200mでも予選落ち。本来であれば主要メンバーのはずだった4×100mリレーもスタンドから見守った。21秒41という平凡なタイムもそうだが、すべてがかみ合っていないように見えた。いつもと違ってキレも力強さもない走り、どこか覇気のないコメント。単なる不調なのか、何か原因があるのか。コロナ禍でアメリカにいたサニブラウンを取材できたメディアが少なく、また本人が多くを語らなかったこともあり、その真相は不明だった。

 だが、今回の日本選手権を前にした会見で、昨年は腰のヘルニアに苦しんでいたことを明かした。ヘルニアは、下手をすると日常生活すら困難になり、治療も一筋縄ではいかない故障だ。選手としては一生に一度の母国開催のオリンピック、そこで全力で走れなかったことで、さぞや悔しさを募らせ、落ち込んだ時期もあったのでは、と尋ねると、これもまた予想を裏切る飄々とした答えが返ってきた。

「いやー、そうでもないっす。焦ったり、落ち込んだりしたからといって早く治るわけじゃないし、自分としてはオリンピックで走るために、できることは全部やった結果だったので。ヘルニアになってからはケアの時間を増やしましたし、メニューの組み立て方を全部変えましたし、走るときに意識する体の部位、ウエイトトレーニングの種類も違うものにしました。やることは全部やれたので、後悔とかはないんです。とにかくサポートしてくれている人たちに自分の走る姿を見せたかったので」

 オリンピック後もヘルニアには苦しみ、気持ちよく走れるようになったのは、2022年の年明けからだという。

「ヘルニアでそれまで積み上げてきたものは一回リセットされているので、もう一回(走りを)作り直している感じです。故障があっても走っているのは、自分がどこまでいけるかが楽しみだから。まだまだ成長できる部分は多いし、自分に足りないものもわかっている。だから楽しみで、でも安心はできないって感じです。不安? いや、アスリートとして安心できないというのは、不安とは違う……説明するのが、難しいんですけど」

 想像すると、(間違っているかもしれないが)「楽しみ」は生来の楽天的な気質からくるところ、「安心できない」はアメリカで身をもって実感しているプロの厳しさ、といったところだろうか。

 インタビューの最後、「カレー食べておなかいっぱいになったから少し眠くなってきました」と苦笑いをしながら、アスリートの本質を突くような言葉を残してくれた。

「いろいろと話しましたけど、自分が自分を信じなきゃ、誰が信じるんだってことですね」

文=涌井健策(Number編集部)

photograph by Kiichi Matsumoto