歴史の扉を開いた。

 7月16日(日本時間17日)、世界選手権男子100m決勝、サニブラウン・アブデルハキームは世界選手権史上初、オリンピックと合わせると1932年以来のファイナリストとなった。

 その決勝を7位で終えたあと、大会放送のメインキャスターを務める織田裕二とこのような会話があった。

「最初に会ったときの約束覚えてる? 16歳のとき、初めてスタジオに遊びに来てくれて。そのときテレビカメラのないところで『世界一になります』、俺にそう言ったんだよ」

「いやあ、覚えてないですね」

 サニブラウンは笑顔で返したが、振り返れば、あの時の目標があってこそこの日があった。

世界選手権予選のレース ©Getty Images

16歳で宣言していた金メダルと世界新記録

 サニブラウンが脚光を浴びたのは2015年、織田の言葉にある16歳、高校2年生のときだ。

 高校生としては戦後初めて日本選手権の100、200mの両種目で2位と表彰台に上がり、世界ユース選手権の100m、200mで優勝する。200mのタイム20秒34はウサイン・ボルトが保持していた20秒40の大会記録を塗り替えるものであり、この年代の世界記録20秒13に次ぐ歴代2位であった。さらに北京での世界選手権200mにも出場、準決勝に進出したのである。

「2つの金メダルは狙っていたとおりですが、もっと大きなことを成し遂げたいと思っています。オリンピックの金メダルと世界新記録です」

 世界新記録とは、ボルトが2009年に打ち立てた9秒58の更新にほかならない。織田が明かしたように、当時から世界一への意志が強かったのがうかがえる。だから世界ユースからの帰国後、9秒台への意識を問われた際にもこう答えている。

「通過点だと思っています」

ボルトと比較されることも多かった

 ただし、その後は順風満帆というわけではなかった。上向きの矢印と下向きの矢印とを繰り返した。

 2016年のリオデジャネイロ五輪は故障の影響で代表入りを逃した。2017年の世界選手権では200mで7位入賞。ボルトより年少でファイナリストになったことでボルトと比較されるケースが再び目立つようになった。

 2019年5月には、アーカンソー州フェイエットビルで開催された大会の100mで日本歴代2位となる9秒99をマーク、桐生祥秀に次ぐ2人目の10秒の壁を破った選手に。6月にはテキサス州オースティンでの大会で再び10秒を破る9秒97と当時の日本新記録を樹立。ただ、同年の世界選手権100mでは準決勝でスタートのピストル音が聞こえないアクシデントに見舞われ(国際陸上競技連盟は正常に作動していたと回答)、大きく出遅れたことが響き、決勝には進めなかった。

隠していたヘルニアとの闘い

 そして2021年を迎える。最大の目標は東京五輪であったが、日本選手権100mで6位にとどまり代表を逃した。200mは欠場したが参加標準記録をクリアしている選手が少なかったことから代表入り。いざ出場した大会では、予選で自己記録の20秒08に遠く及ばない21秒41で敗退、初めての大舞台を終えた。

東京五輪では悔しさの残る結果となった ©Getty Images

「ちょっとひどすぎますね」

「オリンピックというより、ふつうに自分が駄目だった感じです」

 思うように走れなかったという趣旨を語ったが、実は語らなかったことがあった。前年からヘルニアに苦しんでいたことだった。

「去年はずっとヘルニアで、痛みと闘いながら、という感じでした」

 そう今年6月の日本選手権で明かした。ようやく回復して思うように走ることができるようになったからだった。その日本選手権では100mに絞り3年ぶりに優勝していた。

「こんなところで満足していられないので」

 迎えた世界選手権では予選でスタートのリアクションタイム0.112秒と「自己ベストです」という好スタートがあり、9秒98と自身3度目の9秒台をマークし好発進する。しかも日本選手では初めて向かい風の中で出した9秒台だった。準決勝では1組で走り3位、タイム順により、決勝に進んだのである。

「独特な緊張感がありました」

 サニブラウンはレースを振り返って言葉を発した。

「準決勝ほど緊迫していなかったですね。みんな準決勝を抜けよう抜けようとなって、けっこう緊迫していたので」

 日本の陸上の歴史を塗り替えたことについてはこう語っている。

「まずまずという感じです。でも、こんなところで満足していられないので」

 その言葉で、あらためて2015年に語った「世界一」という抱負が思い出される。

迎えた決勝レース。サニブラウンは7位入賞を果たした ©Getty Images

サニブラウンにとっては、ファイナルも過程

 サニブラウンは2017年にフロリダ大学に進学。その後プロに転向し、「タンブルウィードTC」で練習に打ち込んでいる。東京五輪200mで金メダルを獲得したアンドレ・ドグラス(カナダ)、今大会100mで銀メダルのマーヴィン・ブレイシー(アメリカ)、銅メダルのトレイヴォン・ブロメル(アメリカ)ら、錚々たる選手がそろう。その中に身を置き、トップスプリンターたちを肌身に感じながら練習していくことを決めたのも、目標を漠然とした憧れにとどめず、かなえるための行動をとってきたことを示している。その年月で積み重ねたトレーニングの成果と、ヘルニアの回復というタイミングが合致して、ファイナリストへとたどり着くことができた。

 織田との会話の中で「覚えてないですね」と笑ったサニブラウンは、こう続けている。

「まだその過程なのかな」

 そう、サニブラウンにとっては世界選手権初のファイナルも過程にすぎない。

文=松原孝臣

photograph by AFLO