J1清水エスパルスに加入した「ピカチュウ」という名前の選手に注目が集まっている。彼の知られざる苦労人な経歴とブラジル人選手をめぐる「フットボールネーム」について調べてみた。(全2回/#2も)

 ピカチュウが、Jリーグでプレーする!

 清水エスパルスが17日、ブラジル1部フォルタレーザのMFヤゴ・ピカチュウ(ただし、Pikachuはポルトガル語読みでは「ピカシュウ」となり、母国ではそう呼ばれていた)の入団を発表した。

 契約期間は2024年末までの約1年半で、フォルタレーザの会長は移籍金が80万ドル(約1億1000万円)だったことを明かしている。

 身長169cm、体重63kgと小柄だが、圧倒的なスピードと柔らかいテクニックを駆使してのドリブルで右サイドを突破し、精度の高いクロスを入れ、自らも強烈なミドルシュートを叩き込む。右サイドの角度が小さい位置から右足のアウトサイドでカーブをかけて捻じ込むシュートはワールドクラスで、PKとFKの名手でもある。

 守備では、マークする相手の意図を察知し、相手とボールの間に体を入れてボールを奪うのがうまい。

ああああああああああ ©

 若い頃は主として右SBとしてプレーし、超攻撃的SBとして人気を集めた。近年は右MF、さらには右ウイングとして起用されることが増え、右サイドならどこでもこなせるポリバレント性がある。

「小さくてすばしっこい」という理由で「ピカシュウ」と

 フルネームは、グラブソン・ヤゴ・ソウザ・リスボア。本人は、「特にポケモンやピカチュウが好きだったわけじゃない。最初は、こう呼ばれるのがすごく嫌だった」と打ち明ける。

 ブラジル北東部ベレンで生まれ、9歳でトゥナ・ルーゾという地元のクラブのフットサルチームに入団した。監督が茶目っ気たっぷりの人物で、選手全員にニックネームを付けて呼ぶのが習わしだった。

 当時、ブラジルではポケモンがテレビで放映され、映画も封切られて子供にも大人にも人気があった。ポケモンのファンだった監督は、「小さくてすばしっこい」という理由でヤゴ少年を「ピカシュウ」と呼んだのである。

世界中で人気のピカチュウゆえ「」少年は悩んだ時期があったという ©Getty Images

 当初、本人は「自分の名前があるんだから、名前で呼んでほしい」と思い、不満だったという。しかし、あだ名は本人が嫌がれば嫌がるほど周囲が呼びたがる――それは万国共通である。本人の思いとは裏腹に、周囲の人からは「ピカシュウ」としか呼ばれなくなった。

 13歳のとき、地元のパイサンドゥ(当時ブラジル3部)のU-13に入団。彼と一緒にトゥナ・ルーゾから来た選手が2人おり、彼らが「ピカシュウ」と呼ぶのを聞いて、ここでもそれが通り名となった。

「人生で最もつらかった」と本人が振り返る出来事

 当時、「人生で最もつらかった」と本人が振り返る出来事があった。

 2008年、16歳でU-17に所属していたとき、サンパウロ州の中堅クラブの入団テストを受けるよう手引きしてくれた人がおり、チームメイトと2人、バスで2日半かけてクラブの練習場まで行った。しかし、結果は2人とも不合格。すると、この入団テストをアレンジしてくれた人物が消えてしまった。さらに2人とも全く金を持っていなかったので食事ができず、泊まるところもなく、町の広場で野宿した。

 翌日、チームメイトが父親へ電話をして二人分のバスのチケットを手配してもらい、ほうほうのていでベレンへ戻った。

 以後は、パイサンドゥでプロになるしかないと考えて練習に励み、2012年初め、19歳でトップチームに昇格した。

 その際、クラブ関係者から「『ピカシュウ』はあまりにも奇抜な名前だから、別の呼び名にした方がいいのではないか」と持ちかけられた。しかし、今度は本人が「もうこれだけ長い間、みんなからそう呼ばれているのだから、このままでいい」と断わった。

 この年、ブラジル3部で19試合に出場して6得点。DFでありながら極めて攻撃的なプレースタイル、温厚で飾らない人柄、そして誰でもすぐに覚える名前も手伝って、チームきっての人気者となった。

2013年のピカチュウ ©Getty Images

 右サイドで攻撃を組み立て、美しいゴールも決めたので、地元メディアから「ロナウジーニョのようなプレーをする」と評されたこともある。

 2016年、かつてロマーリオ、ベベットらが活躍したリオの名門バスコダガマへ移籍。ここでも、すぐにレギュラーポジションを獲得した。

現清水監督との出会いで新境地を開拓

 このチームで2017年8月から2018年6月までの10カ月間、采配を振るったのが、今年6月、清水エスパルスの監督に招聘されたゼ・リカルドである。

 2017年前半、ピカシュウは選手としての正念場を迎えていた。当時は専ら右SBとしてプレーしていたが、元U-23ブラジル代表の右SBが加入し、ポジションを失ったのである。しかし、ゼ・リカルド監督は彼の攻撃力を高く評価し、右MFや右ウイングとして起用。そのお陰で、選手としての新境地を開拓した。

 2018年8月、ブラジルのテレビが彼のインタビュー番組を制作した際、すでに他クラブの監督となっていたゼ・リカルドは、「彼は大変な努力家で、人間性も素晴らしい」と絶賛。「いつかまた、一緒に仕事をしたいものだ」とコメントを寄せている。4年後の今、この言葉が実現した。

バスコ時代のピカチュウ ©Getty Images

控えめだけどユニークで愉快な性格

 このインタビュー番組で、彼は出身地であるブラジル北東部の音楽に合わせ、両肩を左右に小刻みに盛んに揺する風変わりなダンスを披露した。

 また、当時、バスコダガマの監督を務めていた元ブラジル代表右SBジョルジーニョ(1995年から98年まで鹿島アントラーズでもプレーし、2012年には監督も務めた)を故郷の訛りで「ジョルジニオ」と発音し、インタビュアーを爆笑させた。

 控え目で、派手さはないが、ユニークで愉快な性格の持ち主なのである。

 昨年は中堅クラブ、フォルタレーザでプレーし、ブラジル1部で34試合に出場して9得点5アシスト、コパ・ド・ブラジルで8試合に出場して2得点1アシスト。リーグ4位、コパ・ド・ブラジルでベスト4というクラブ史上最高の成績に大きく貢献し、ブラジルリーグのベストイレブン(右SB部門)に選出された。

セレソンに入っても不思議ではない実力

 今年は、7月14日までブラジルリーグで14試合に出場して4得点で、すべての大会を合計すると44試合に出場して17得点7アシストを記録していた。

 年齢別も含めてブラジル代表に選ばれたことはないが、選ばれてもおかしくなかった実力の持ち主だ。

 7月16日現在、清水エスパルスはJリーグで4勝8分10敗の勝ち点20。自動降格圏の17位に沈んでいる。

 ゼ・リカルド監督が全幅の信頼を寄せるピカチュウの加入が起爆剤となって、清水はJ1残留を成し遂げることができるかどうか。さらに、清水以外のファンからも、名前によるインパクトもあって、大きな注目を集めるにちがいない。

 第2回ではピカチュウを含めてユニークなものが多いブラジル人選手の“フットボールネーム”について掘り下げてみる。<#2/ブラジル人選手ニックネームのナゾにつづく>

文=沢田啓明

photograph by Leonardo Fernandez/Getty Images