どちらも初戦を落として、負けられない状況下でのリーグ戦2戦目。棚橋弘至vs内藤哲也は新日本プロレス『G1 CLIMAX 32』のCブロック注目のカードになった。だが、7月24日の大田区総合体育館は満員にはならなかった。2518人という観客数は物足りない数字だ。

 勝者は棚橋だったが、その棚橋は試合終了後、涙ぐんでいた。

 約5年ぶりに内藤に勝てたことがうれしかったのか、あるいはコロナ禍での逆境が悔しいのか、こんなことを口にした。

「いつか、絶対にオレの手で、他の誰かじゃなくてプロレスラー棚橋弘至の手で、この状況を切り抜けて、みんなが楽しめるプロレスにします。ただ、今はね、気をつけましょう。プロレスの大会をやらせてもらっている身で言うのもなんなんですけれども、本当に新日本プロレスも最善を尽くしますので、皆さんも最善を尽くして力を合わせて、みんなでG1の力を感じましょう。ありがとうございました」

内藤哲也から約5年ぶりの勝利をあげ、棚橋弘至は歓喜の雄叫びをあげる

 棚橋は「プロレスラー棚橋弘至の手で」と念を押した。そしてマットに膝をついてお辞儀をした。

棚橋が見せた「生き残るためのフォール」

 45歳の棚橋が40歳の内藤に最後に勝ったのは、2017年6月11日、大阪城ホールでのインターコンチネンタル戦だった。

 あれから5年。まだ、棚橋vs内藤なのか、それでも棚橋vs内藤なのか。両者とファンの想いが交錯する。2人は何かを確かめるようにリングで対峙していた。どちらにも痛み分けで終えようという生ぬるい選択肢はなかった。

棚橋弘至のスープレックス

 内藤は珍しくネックロックなどの寝技で長い時間、棚橋の動きを封じた。棚橋はいつものようにスリングブレイドのネックブリーカーやドラゴンスクリューをたたみかけた。スープレックスの切れも悪くなかった。

 棚橋は倒した内藤にとどめとばかりにハイフライフローという名のフライング・ボディプレスを高く飛んで放ったが、これをかわされたときは「棚橋の夏は終わった」と思った。

 だが、攻勢に出てデスティーノを狙う内藤を、棚橋はうまく丸め込んだ。生き残るためのフォールだった。

内藤哲也のデスティーノを切り返し、咄嗟のフォールで逆転の3カウントを奪った棚橋弘至

「内藤の時代」に棚橋が抱いていた葛藤

「G1で内藤に初めて勝ったらしい。そして、G1の公式戦を1勝1敗にした意味も大きい。今日は心の底からほっとしている。ただ、プロレスラーがほっとしていいのは、試合が終わって、寝て、次の朝起きるまで。この時間だけ。また明日の朝切り替えて、2時間歩いて、ジムに行って、しっかりしたもの食って。今、オレにある時間を全部プロレスに費やしちゃっても足りないくらいファンのみなさんには感謝しているし、力をもらっている」

 棚橋は涙をこらえようとしたのか、何度も天を仰いだ。内藤の絶大な人気と、新日本プロレスが内藤を頂点にして歩んだ時代を、棚橋が否定することはなかった。しかし葛藤があったのは間違いないだろう。かつて「内藤に勝っていた棚橋」がいて、近年は「内藤に勝てない棚橋」がいた。

「それくらい差があったんだと思います。試合はいっぱいあるけれども、オレが一番覚えているのは2011年10月の両国でのタイトル戦。オレが内藤の手を挙げて、『これからオレらで盛り上げて行くぞ』って言ったのが恥ずかしいくらい(その後の)内藤の活躍があって……。ただ、今日1つ勝ったことで、何かが済んで、何かが始まった気がします」

内藤哲也からの久しぶりの勝利に、思わず感極まる棚橋弘至

 棚橋は自身が勝利した2011年10月10日の両国国技館でのIWGP戦を思い出していた。「よくここまで来たな」と内藤にかけた当時の言葉を思い出して、11年という時の流れを感じた。いつの間にか2人の立場は逆転してしまった。

 でも、さらにその前を振り返ってみれば、2010年10月の両国国技館大会から2011年10月の両国国技館大会まで、内藤は棚橋にG1以外のシングル戦で全敗した。当然と言えば当然だが、「どれだけ負ければいいんだ」と悔しがっていた内藤を筆者は思い浮かべてしまう。

 デビュー前から棚橋に憧れを抱いていた内藤だったが、同時に「棚橋を引きずり下ろすのはオレの役目」とはっきり言っていた。

開幕2連敗の内藤「オレの夏は終わらない」

 そして、2022年7月24日。棚橋にスモールパッケージホールド(首固め)で敗れた内藤は「信じられない」という表情で茫然としていたが、しばらくして座ったまま棚橋に近づくとニヤリと笑った。来年の1月4日の東京ドームでのメインイベントというテーマがある内藤には、かなり痛い2敗目だ。それでも、内藤は笑った。その笑顔に、棚橋がうなずいたように見えた。

棚橋弘至に敗れた内藤哲也は、不敵な笑みを浮かべた

 内藤にとっては2戦2敗と厳しい星取りになってしまった。リーグ戦の残りは4試合だが、すでに他力本願的な部分もある。だが内藤はまだ、あきらめてはいない。

「だいぶ追い詰められてきたな。今、オレに出来ることは残り試合をすべて勝つこと。1%でも可能性が残っているのであれば、オレはこの『G1 CLIMAX』優勝、そして2023年1月4日東京ドーム大会のメインイベント目指しますよ。オレの夏は終わらない」

 そして、棚橋も優勝への意気込みを見せた。コーナーに上がってじっと内藤の後ろ姿を見送った棚橋は、ファンの声援に何度も応えて筋肉ポーズまで決めた。8月の日本武道館まで、リーグ戦を無事に勝ち進むことができるだろうか。

文=原悦生

photograph by Essei Hara