欧州サッカーの22-23シーズン開幕を前に、多くの日本人プレーヤーが新天地を求めた。各国リーグでのステップアップは多様化しているが、ビッグクラブ挑戦へのメリットとデメリットは何なのか。フットボール王国ブラジルと比較しつつ調査。代理人にも話を聞いた(全3回/#1、#2も)

 日本人とブラジル人のヨーロッパ移籍について、まず話を聞いたのが、代理人の橋本幸一さん(53)である。

 15歳でブラジルへ渡り、サンパウロ州の中堅クラブ、キンゼ・デ・ジャウー(その後、カズこと三浦知良も在籍した)のアカデミーで練習を積んでプロ契約。後に、名門コリンチャンスの一員ともなった。

 現役引退後は、ブラジル人選手や監督を日本や欧州のクラブへ送り出している。

代理人の橋本幸一氏。Vファーレン長崎に加入したクライソン・ビエイラと ※本人提供

代理人はメガクラブと中小クラブ、どう選ぶ?

――久保建英がFC東京からレアル・マドリーへ移籍した当時、FC東京が「18歳の誕生日に満了する内容だった」と明かしています。久保ほどの選手を譲り渡すのに、なぜ移籍金を受け取ることができなかったのでしょうか?

「彼がスペインから日本へ戻ってきたとき、Jリーグのクラブの間で争奪戦となった。その際、FC東京は『契約期間を18歳の誕生日までとして、その時点で外国のクラブからオファーがあれば移籍金なしでの退団を認める』という条件を提示した。だからこそ、彼を獲得できたのだろう」

――なるほど。しかし、常識的に考えれば、FC東京からレアル・マドリーへ入ってもすぐに試合に出場するのは難しい。まず欧州の中小クラブへ移籍し、そこで実績を積んでからビッグクラブ入りを目指す、という選択肢もあったのでは?

「マドリー以外のクラブからもオファーがあったなら、その選択肢を取ることもありえた。しかし、彼の場合、マドリーが提示した条件がバルセロナなどを上回っていたようだ」

――超名門クラブから最高の条件を提示されたのであれば、断わる理由は特にないわけですね。でも、仮に橋本さんと代理人契約を結んでいる選手に欧州のビッグクラブと中小クラブからオファーがあり、中小クラブからより良い条件が提示されたとしたらどうしますか?

「双方のクラブのチーム事情にもよるね。中小クラブの方が条件が良くて、クラブと監督が彼を本当に欲しがっていて、出場機会も多いと判断したら、中小クラブを選ぶかもしれない。もちろん、選手とよく話し合って決める」

移籍金の高さは、やはりその後の期待値になる?

――マドリーは2018年にビニシウスを、2019年にロドリゴを獲得するために、各々、4500万ユーロ(約62億4000万)の移籍金を費やしています。一方、久保の場合は移籍金が発生しなかった。クラブにとって、このことは大きな違いとなるのでしょうか?あるいは移籍金の額がどうであろうが、入団したら横一線?

「欧州ビッグクラブが数十億円を費やして選手を獲得しようとする場合、本人、家族、本人に影響力を持つ人物の性格や人間性を徹底的に調査する。必要とあれば何度でも現地へやってくる。また、本人や家族らをクラブへ連れてきて、練習環境や生活環境を見せる。そのために、膨大なマンパワー、費用、時間を注ぎ込む。それだけやっても獲得しないという判断を下すことがあるし、他クラブとの争奪戦に負けることもある。

 一方、移籍金が少額の場合、そこまでの手間暇はかけない。当然、入団時の期待や入団後の扱いも変わってくる」

――ビニシウスとロドリゴは、入団後、すぐにトップチームには加わらなかったものの、Bチームに入りました。クラブの思惑はどこにあったと思いますか?

「数十億円を費やして獲得した選手の場合、クラブは手元に置いて様子を観察し、手間暇かけて指導し、その成長を見守りたいと考えるものだ。Bチームで結果を出せば、いつでもトップチームに昇格させることができる」

期限付きでもチームの役に立てば問題ない

――なるほど。実際に、2人はBチームで異次元の実力を発揮し、1カ月もたたないうちにトップチームに加わった。その一方で、久保はマジョルカへ1年間の期限付き移籍をしました。このことをどう考えますか?

「レアルも久保サイドも、1年以内に戦力になる可能性は少ないと考えたからだろう。ただ、期限付き移籍先のクラブで結果を残せば1年後に戻ってこれる可能性があるわけだから、間違った選択をしたとは言えない」

最終的に残留したものの、久保は21-22シーズンのマジョルカで苦しい戦いを強いられた ©Daisuke Nakashima

――ただ残念ながら、そうはならなかった。そして、その後もスペイン1部のクラブへの期限付き移籍を繰り返した。欧州ビッグクラブへ直行してすぐに中小クラブへ貸し出されるのと最初から中小クラブへ移籍するのと、現象としては同じように見えます。ただし、中小クラブの関係者、地元メディア、サポーターからの目とか選手本人の心理面で微妙な違いがあるような気もします。

「私は、違いはほとんどないと思う。久保の場合も、期限付き移籍で獲得したクラブはレアル・マドリーに移籍料を払っているはず(注:移籍の度に125万ユーロ=約1億7000万円=程度払ったと報じられている)。クラブは対価を払っているわけだし、地元メディアやサポーターも期限付き移籍であろうがなかろうが、チームの役に立ってくれたら関係ないと考えることが多いと思う」

日本とブラジルでやっぱり実績や評価が異なる?

――久保はマドリーへ移籍してから期限付き移籍を繰り返したが、久保にとってのメリットは?

「あのマドリーが獲得した選手、というお墨付きがあるから他クラブが期限付き移籍のオファーを出した、という面があるはずだ。日本人選手の場合、Jリーグで活躍しても欧州のクラブから有償のオファーを勝ち取るのは容易ではない」

――ビニシウス、ロドリゴのケースが好例ですが、ブラジルリーグで活躍した選手に好条件のオファーが舞い込み、欧州クラブ間で争奪戦となることが少なくない。

「それは、日本とブラジルではフットボールの伝統、実績、リーグへの評価が全く異なるからだ」

古橋のような高額移籍金のケースはまだまだ少ない

――確かに一度、欧州へ渡って中小クラブで実績を残してから相当額の移籍金で転売された選手はいますが、日本のクラブから直接、欧州クラブへ高額の移籍金で移った選手はほとんどいません。

「最近では、古橋亨梧がヴィッセル神戸からセルティック(スコットランド)へ540万ユーロ(約7億5000万円)の移籍金で入団したと言われている。これは、日本人選手の移籍金としては非常に高い。しかし、このような例は、まだまだ少ない。有望な若手や日本代表クラスの選手でも、100万ユーロ(約1億4000万円)とか200万ユーロ(約2億8000万円)程度の移籍金で買われていくことが多い。これは、欧州の中堅以上のクラブにとってははした金だ」

Jリーグから見ると、古橋のような移籍パターンを増やせるかが今後の課題かもしれない ©Getty Images

――では総合的に考えて、久保がいきなりマドリーと契約したことは間違いではないと?

「決して間違いではない。また、本人と代理人は、移籍金がない方が欧州へ行きやすいと考えたのだろう」

価値を示すためには、やはりW杯

――レアル・マドリーにしてみれば、無償で獲得し、期限付き移籍の度に移籍料を受け取り、しかも今、移籍金650万ユーロ(約9億円)を手にしたわけですから、久保を獲得したことはビジネスとしては大正解だった、ということでしょうか?

「その通り。そして、久保もレアル・ソシエダという中堅クラブへ移籍できたわけだから御の字だろう」

――とはいえ、欧州や南米で自国の代表クラスの選手を無償で渡すようなクラブはほとんど存在しません。いつになったら、Jリーグのクラブは選手を他クラブへ送り出す際に適正な移籍金を受け取り、それを強化に回すことができるようになるのでしょうか?

「最もわかりやすいのは、日本代表がワールドカップで躍進して日本のフットボールのレベルが高いことを証明し、選手も世界の舞台で強豪国の選手と互角以上に渡り合う姿を示したときだろうね。残念ながら、現在のところ、日本やアジアでどれだけ活躍しても、欧州のクラブから好条件のオファーを受けるのは容易ではないんだ」

ビニシウス、ロドリゴ、久保の状況を比較してみる

 ほぼ同年齢でレアル・マドリーに入団したビニシウス、ロドリゴ、久保の入団前後の状況を比較してみた。

<レアル・マドリー入団時の年齢>
ビニシウス:18歳0カ月 ロドリゴ:18歳5カ月 久保:18歳0カ月

<入団前の母国クラブでの成績>
ビニシウス:69試合14得点 ロドリゴ:80試合17得点 久保:30試合6得点

<移籍金>
ビニシウス:62億4000万円 ロドリゴ:62億4000万円 久保:0円

<レアル・マドリーで期待されたポジション>
ビニシウス: 左ウイング ロドリゴ:右ウイング 久保:右ウイング

<入団直後の所属チーム>
ビニシウス、ロドリゴ:レアル・マドリーB 久保:マジョルカ

<現状>
ビニシウス:マドリーで絶対的レギュラー
ロドリゴ: マドリーで今季レギュラーを狙う
久保:スペイン中堅のソシエダへ移籍、レギュラー争い

<市場価格>
ビニシウス:約138億7000万円 ロドリゴ:約83億2000万円 久保:約10億4000万円

 2人のブラジル人と比べ、久保は入団時の年齢はほぼ同じだが、入団前の実績、移籍金で大きな開きがあった。入団直後の所属チーム、現状、市場価格も異なる。

 さらに、ブラジルのフットボール関係者にも話を聞いた。

 アカス・フェレジェールは元々はジャーナリストで、名門パルメイラスの広報担当を長く務めた後、2000年に選手、監督の個人広報業務を行なう事務所をサンパウロに設立した。

フッキと笑顔のアカス・フェジェール氏 ※本人提供

 以来、多くの元ブラジル代表選手や有名監督の広報を担当し、元ブラジル代表監督のルイス・フェリペ・スコラーリ(現アトレチコ・パラナエンセ)、元ブラジル代表FWフッキ(現アトレチコ・ミネイロ)らを顧客に持つ。

 世界各国のクラブや協会関係者と交流があり、フットボールの世界の表と裏を知っている。

這い上がって成功した例はアドリアーノと……

――統計を取ったところ、ブラジルから直接、欧州ビッグクラブへ移籍した選手と欧州中小クラブを間に挟んで欧州ビッグクラブへ到達した選手とでは、後者の方が成功する確率が高い。これについて、どう考えますか?

「当然だろうね。ブラジルと欧州では、国にもよるが、多くの点が異なる。まずは中小クラブに入り、欧州で生活し、プレーすることに慣れてからビッグクラブへ行った方が楽なのは当然のことだ。欧州ビッグクラブはどこも世界選抜のようなチーム編成で、レベルが非常に高いから、南米からであってもすぐに活躍できる選手は限られている」

――逆に、直接、欧州ビッグクラブへ移籍したのに出場機会がなく、中小クラブへ貸し出されたり完全移籍したりして、それでもまた這い上がってビッグクラブで大活躍した例はあるでしょうか?

パルマ時代の中田英寿とアドリアーノ ©Kazuaki Nishiyama

「アドリアーノ(元ブラジル代表FW)がそうだね。2001年、19歳でフラメンゴからインテルへ移籍して、ほとんど試合に出られなかった。5カ月後、フィオレンティーナへ期限付き移籍したところ、まずまずだった。それを見て2002年にパルマがインテルから買い取り、みっちり鍛えたところ、急成長した。すると、2004年にインテルがパルマから受け取った移籍金をはるかに上回る金を出して買い戻し、今度は大活躍した」

――アカスさんが広報を担当した選手の中にもいますか?

「デコ(ブラジル出身でポルト、バルセロナで大活躍し、国籍を取得してポルトガル代表でも活躍したMF)が似たケースだな。

 19歳でポルトガルの名門ベンフィカへ移籍したが、すぐにポルトガルの小クラブへ貸し出された。そこでまずまずだったんだけど、ベンフィカは戦力とは考えなかった。ところが、ベンフィカの宿敵ポルトが目を付けて買い取った。そして、ポルトでジョゼ・モウリーニョ監督の指導を受けて欧州CLで優勝し、バルセロナへ移籍。ここでも欧州CLで優勝して世界トップレベルのMFとなった。

 ただ、デコはポルトガルの小クラブからのし上がるのに超人的な努力をした。モウリーニョと出会った幸運もあった。本人の努力に運も重ならないと、一度ステップダウンしてからまたステップアップするのは極めて難しい。やはり、中小クラブで経験と実績を積んでからビッグクラブへ行った方がいいだろうね」

バルサ時代のデコ ©Takuya Sugiyama

“いきなりレンタル”はモチベーションにかかわる?

――欧州ビッグクラブへ直行してすぐに中小クラブへ貸し出されるのと最初から中小クラブへ移籍するのと、現象としては同じですが、何か違いがあると思いますか?

「私はあると思うね。せっかくビッグクラブに入り、『これからスーパースターになるぞ』と張り切っていたのに、『君はここに居場所はない』と言われて、思いもしなかったクラブへ貸し出される。面白いわけがない。モチベーションが下がっても仕方がない。

 また、移籍先のクラブ、地元メディア、サポーターは、生え抜きの選手、あるいは完全移籍した選手ならクラブの資産だから大事にする。でも、ビッグクラブから降りてきた選手は、『どうせ腰掛けだろう。ここを踏み台にすることしか考えていない』と思われかねない。

 また、中小クラブは守備的な戦術をとるチームが多いから、攻撃の選手は能力を発揮しづらいことがある。このような多くのネガティブな事柄をすべて克服してビッグクラブから呼び戻してもらえるような抜群の成績を残すのは、いかに優れた選手であっても決して容易ではない」

まだまだJが強豪国並みの評価を受けるのは難しいが

 久保建英は今頃、レアル・マドリーでビニシウスやロドリゴのようになれていたら理想的だっただろう。本人も日本のファンも、そのような姿を望んでいたのではないか。

ソシエダ移籍前のマドリーにて。久保は再びビニシウスとの出世競争に挑めるか ©Getty Images

 しかし表にまとめたように、入団した時点で彼らとはスタートラインが異なっていた。無償や低額の移籍金で欧州のクラブへ入る場合、すでにその時点でハンディを背負っている。大多数の選手が高額の移籍金で入団している欧州ビッグクラブであればなおさらだ。

 とはいえ、Jリーグでプレーする日本人選手が一朝一夕にフットボール強豪国の有力選手のような評価を受けるのは難しい。

 Jリーグ創設から30年。この間、日本のフットボールのレベルは飛躍的に向上した。しかし、世界の強豪国は100年前後のプロリーグの歴史を持っている。その差は決して小さくない。

 2050年までのW杯優勝を目標に掲げる日本がやるべきことはまだまだ多い。

<#1、#2からつづく>

文=沢田啓明

photograph by Daisuke Nakashima