出陣する約9割が元競走馬とも言われる伝統行事・相馬野馬追。今年はゴールドシップ産駒のブラックホールが初出陣するということで、Twitterでも大きな話題を呼んだ。筆者は現地でついにブラックホールと対面する――。(全2回の2回目/前編からつづく)

 ノーリーズンの数頭後ろに、白地に赤い模様が斜めに走る、特徴的な旗指物が見えた。ブラックホールである。騎乗しているのは、北郷軍者の濱名邦弘さんだ。

 ようやく見つけた。黒鹿毛の馬体も、整った顔も、まだ若々しい。あらかじめ目をつけていた馬を見つけるのも嬉しいが、いることを知らなかった馬に会うのもまたいいものだ。

 総大将の相馬言胤(としたね)さんの初出陣の姿をカメラにおさめてから雲雀ヶ原祭場地の内馬場に向かい、ブラックホールに乗る濱名さんの旗指物を探した。目立つので、すぐに見つかった。

雲雀ヶ原祭場地で見つけたブラックホール

 濱名さんは、快く取材に応じてくれた。

「この馬がうちに来たのは1年半くらい前のことでした。脚の腫れもひどく、最初の半年ほどは治るかどうかもわからず、野馬追に出られるかどうかもはっきりしませんでした。それがこうしてよくなったので、情報を発信することにしました」

立派に初陣を乗り切ったブラックホール

 そう話した濱名さんは、小学生のときから50年以上野馬追に出陣しているという。

「以前はサーペンプリンスという馬で出陣し、5年くらい前まではマイネルシーガルという馬もいました。ですから、うちに来た有名な馬は、この馬が3頭目なんです」

 サーペンプリンスは1980年のスプリングステークスと函館記念、マイネルシーガルは2007年の富士ステークスを制した強豪であった。現在は、このブラックホールと、大井で走ったモンテドラゴーネの2頭を飼育しているという。情報発信は息子さんと娘さんが担当しており、突然のフィーバーに驚きながらも、多くのあたたかい言葉に励まされ、この馬がたくさんの人に愛されていることをとても喜んでいた。

 やはり、猛獣の仔だけあって、うるさいところはあるというが、ブラックホールは立派に初陣を乗り切った。

行列でのブラックホール

初めて甲冑を見ると、驚いて立ち上がる馬も

 野馬追の初陣というのは実は結構大変で、初めて甲冑姿の人間を見ただけで驚いて立ち上がる馬もいる。そうならないよう、馬から見えるところで甲冑を身につける騎馬武者もいる。ほかで問題になるのは「音」だ。行列のスタートなどのたびに花火が打ち上げられるし、何度も法螺貝の音を聞くことになり、さらに、旗指物が風に吹かれても音が出る。また、野馬追通りから雲雀ヶ原祭場地に入ると、周回コースの向こう側の本陣山が競馬場のスタンドのように見えるので、競走馬時代を思い出してしまうのか、急に入れ込んで暴れる馬もいる。

 しかし、馬は学習能力が高いので、一度経験して大丈夫だとわかると、次からは案外こなしてくれる。脚元がこのまま順調でいてくれたら、来年もまた、ブラックホールの勇姿が見られるかもしれない。

大迫力の甲冑競馬も復活

 呼び物の甲冑競馬の第4レースに、小高郷先頭軍者付御使番の只野晃章(てるあき)さんが、レッドカロス(牡3歳、父イスラボニータ、中央4戦0勝)で出場した。初めて話した2017年、中学3年生だった只野さんは、甲冑競馬で初勝利を挙げた。以後、18年も19年も勝っており、ゴールすると必ず内馬場で撮影する私に向かってポーズを決める。なのに、あまりいい写真が撮れなくて申し訳なく思っていたのだが、今年は正直、それを考える必要はないように思われた。というのは、前日の宵乗り競馬に出場したレッドカロスは、彼の腕をもってしても最下位だったからだ。

 宵乗り競馬は陣羽織で騎乗する。だから、馬の力の差がそのまま出やすい。重い甲冑を着て、空気抵抗の大きい旗指物を背負う甲冑競馬なら騎乗者の技術で逆転可能かもしれないが、あの着差は決定的に思われた。

――そりゃあ、テル君でも負けることはあるよな。

 今年の甲冑競馬ではそう思ってカメラを構えていたのだが、馬上で旗指物をほぼ水平にして空気抵抗を減らす彼の姿を見て総毛立った。序盤からついて行けなかった前日の走りが嘘のように好位に取りつき、3、4コーナーで外から進出。直線で鋭く伸びて後続を突き放し、先頭でゴールを駆け抜けたのだ。

レッドカロス

 彼は今年も私に向かって、鞭を持った右手を突き出した。

 私はちょっと感動してしまった。と同時に、テル君の腕を信じなかったことを申し訳なく思った。

騎馬武者たちが激しく奪い合う、神旗争奪戦

 甲冑競馬が終わると神旗争奪戦が始まる。2本の御神旗の入った花火が20発、計40本の御神旗が打ち上げられ、舞い降りてくるそれらを、騎馬武者たちが激しく奪い合う。

神旗争奪戦の様子

 マドリードシチー(牡18歳、父サッカーボーイ、中央9戦0勝)に乗る小高郷後備軍者付組頭の本田賢一郎さんも、見事、御神旗を獲った。3歳のときから出陣している彼は、前出の本田賢美さんの兄で、現在は桧原湖をベースにバスプロとして活躍している。

 賢一郎さんと賢美さんの父で、小高郷副軍師をつとめる本田博信さんは、エノラブエナ(牡11歳、父シンボリクリスエス、中央24戦4勝)で出陣した。

 本田家から出陣した3頭はみな博信さんが所有し、自宅の敷地内の厩舎と、鹿島区に借りている厩舎で、計10頭ほどの世話をしている。

神旗争奪戦にも出陣したマドリードシチー

 午後4時から小高郷の帰り馬の行列が始まった。博信さんは、相馬藩の「国歌」である「相馬流山」を馬上で歌った。行列の終わりに、締めくくりの挨拶をするのも博信さんの役割だ。

 小高郷武装取締の杉秀輝さんが乗るワイプティアーズ(牡7歳、父ダイワメジャー、中央31戦4勝)も、甲冑競馬や神旗争奪戦につづき、帰り馬の行列に加わっていた。

馬たちは単騎で逃げる“難役”もこなす

 相馬野馬追の3日目、7月25日、月曜日には、相馬小高神社で野馬懸(のまかけ)が行われた。騎馬武者たちが参道を駆け上がり、裸馬を境内に追い込む。それを御小人(おこびと)たちが素手でつかまえ、神前に奉納するという神事である。

 今年は3頭が野馬として「追われる」役を演じた。1頭の野馬が5、6騎の騎馬武者に追われることになる。最初に登場したのはウォースパイト(牡8歳、父クロフネ、中央7戦0勝、地方13戦1勝)だった。宇多郷功労者の持舘(もったて)孝勝さんの所有馬で、持舘さんを背に騎馬武者行列にも参加していた。

葦毛のウォースパイト。

 馬というのはどうしても仲間と一緒に走りたがるので、人が乗っていない状態で単騎で逃げるのは難しい。それでも、ウォースパイトは完璧にその役をこなした。さらに、御小人につかまえられそうになると立ち上がったり、走り出したりと観客を沸かせる「演出」に協力する。神前に曳かれて、たてがみに紙垂(しで)を結びつけられるときはじっとしているなど、性格にメリハリがあるし、芦毛だから神馬(しんめ)の役にぴったりだ。

 なお、野馬懸で参道を駆け上がったほかの2頭も、また、前出の「テル君」こと只野晃章さんが乗ったレッドカロスも、持舘さんの所有馬である。

引退競走馬への関心が高まっている現在だからこそ…

 今回紹介できたのは、相馬野馬追に参加した元競走馬のほんの一部にすぎない。騎乗馬の競走馬時代の馬名を知らずに出陣している騎馬武者もかなりいるのだが、競馬ファンとしては、馬名がすぐにわかると野馬追を見る楽しみが倍増する。

 今は、相馬野馬追執行委員会が全日ネットでライブ中継するなど、どこからでも野馬追を見られる状態になっている。だからこそ、野馬追を支える人々の裾野をひろげるためにも、競馬ファンをもっと引き込んでほしい。競馬ファンというのは、金を遣って、気持ちを動かされる対象をつねに探しているのだ。

今年の総大将行列。総大将を務めたのは相馬言胤(としたね)さん14歳

 例えば、相馬野馬追執行委員会のサイトにPDFでアップされている「相馬野馬追御行列列帳」に、判明したぶんだけでも競走馬時代の馬名を添えたバージョンを加えるだけでも違うのではないか。ここ数年、ウマ娘の影響もあり、競馬ファンの引退競走馬に対する興味と関心が、ひと昔前では考えられないほど高まっている。それを利用しないのはもったいない。

 千余年の歴史の末尾のちょっとした変化が、伝統をつなぐ力を強めることに、きっとなると思うのだが、どうだろう。

文=島田明宏

photograph by Akihiro Shimada