あの男が“新しい肘”を携えマウンドに帰ってきた。

「投げられる喜びですか? そりゃ、めちゃくちゃありますね。本当、トレーナーさんをはじめ多くの方々にお世話になって今があるのは間違いないので、まずは感謝を伝えたいし、そのためにはやっぱり結果を出すのが一番なのかなって。そこへ向かって投げられているという意味で、喜びがあることは間違いないですね」

 特徴ある沖縄方言のイントネーション。久しぶりに会った横浜DeNAベイスターズの平良拳太郎は、まぶしいぐらいの笑顔を見せ、そう語った。

「まあ順調に投げられてはいるんですけど、ただそのぶん投げた後の反応というのか、先に同じ手術を受けていた(田中)健二朗さんや東(克樹)からも聞いていたように、結構張りが強く出るんですよ。今はそれを取り除く作業に難しさを感じていますね」

TJ手術から1年3カ月で実戦復帰へ

 昨年6月7日に平良は右肘内側側副靱帯再建術、いわゆるトミー・ジョン(TJ)手術を受けた。それから約1年3カ月、育成契約だった平良は7月30日に支配下選手として登録されると、8月26日のイースタン・リーグ、ヤクルト戦(戸田)で実戦復帰を果たしている。

支配下登録された平良 ©Sankei Shimbun

 思えば、平良の復帰は早いように感じられた。先ほど平良の口から名前が出た田中は2019年8月に同手術を受け、ファームで実戦復帰したのは2021年3月、東は2020年2月に手術し、2021年7月にマウンドに立っている。両者にくらべれば平良の復帰は明らかに早い。

「ええ、いろんな人から結構(復帰が)早かったね、と言われるのですが、僕としては最初から1年で戻ることが目標でした。行けるのだったら行きたいという僕の願いを叶えてくれたトレーナーさんのおかげでもありますし、また健二朗さんや東が経験したことを伝えてくれたから、ここまで早く戻れたんだと思いますね」

体全体の感覚を取り戻す作業に取り組んだ

 田中や東が身をもって歩んできた道のりやノウハウはチームの財産となり、平良に還元された。しみじみとした口調で平良はつづけるのだ。

「おそらく僕がTJ手術を一番最初にやっていたら不安でこんなに早く投げられなかったと思います。本当にサポートしてくれた方々には感謝しかありません」

トミー・ジョン手術から復帰を果たし、今季は既に40試合以上に登板している田中 ©Hiideki Sugiyama

 術後にリハビリを開始し、春季キャンプ前には30メートル程度のキャッチボールができるようになっていたという。その後は自分の体とじっくりと向き合い徐々に投球感覚を研ぎ澄ませていくことに没頭した。TJ手術により一度フラットになった感覚を取り戻す作業は、言うまでもなく簡単なことではなかった。

「手術をする以前から、肘をかばうことで肩が痛むことがあったんです。ですから肘だけではなく、まずは体全体の使い方を馴染ませるというか、そこを戻していくのに一番時間がかかりました。自分では以前のイメージで投げているつもりでも、外から見るとポイントがずれていたりして、そこを修正するのが難しかったですね」

 以前、田中にリハビリ期間中のことを訊いたとき「本当にしんどくて、心折れることもありましたね」と語っていたのが印象的だったが、平良はそういった状況に陥ることはあったのだろうか。

平良を支えたリハビリ仲間の存在

「いや、じつは1日もそういった気持ちになることはなかったんです」

 意外な返答だった。その理由を平良は次のように教えてくれた。

「ちょうど肘のクリーニング手術などをした入江(大生)や櫻井(周斗)、飯塚(悟史)、齋藤(俊介)さんたちがリハビリ組にいて、みんなで一緒に前を向いて取り組むことができたんです。とくに入江あたりは明るいですし、お互い声を掛け合いながらやることで、下を向かずに済みました」

 仲間たちのおかげもあり、平良は悲壮感を漂わせることなく、ポジティブにリハビリに励むことができた。

 そんな平良が「これなら行ける!」と手応えを感じたのが、春になり初めてシートバッティングで投げたときのことだった。

空間全体を俯瞰し、よみがえってきた感覚

「キャッチャーに座ってもらって、打者がいて、自分がいる。投げてみるとストライクは入るし、ファールも取れる。以前見えていた空間というか、感覚が一緒だったんでこれなら大丈夫じゃないかなって」

 マウンドからホームベースまでの18.44メートルの感覚がよみがえる。空間全体を俯瞰できる自分がいた。

「まだ力を込めて投げることはできなかったけど、この空間の感覚を忘れていなかったのは収穫でした。じつは復帰する上で、ここが一番怖かった部分だったんです」

 ピッチャーの感性は繊細だ。とくにコントロールとゾーン内外の駆け引きで勝負してきた平良にとって、微細な感覚こそ生命線となる。「自分の場所に戻ってきた」と実感することのできた瞬間だった。

 復帰試合となった8月26日のヤクルト戦、平良は8回から登板し、2イニングを28球、2三振、無失点で終える上々のピッチングを見せている。

「投げたくないな」初登板で大きな不安も

「じつはあの初登板は、喜びよりも不安の方が大きかったんです。出番が近づくにつれ投げたくないなって。思いっ切り投げたらどうなってしまうんだろうって……」

 平良は正直な気持ちを吐露した。負荷をかけすぎ、また痛みが出てしまえば振り出しに戻る可能性もないわけではなかった。しかしそんな平良の気持ちをほぐしてくれたのが、この試合で先発をした東や、ファーム調整中でともに行動していた田中の存在だった。

「めちゃくちゃ緊張していたんですけど、あのふたりがいてくれたことで、本当に助かりました。マウンドに立ったとき、気持ち的にも感覚的にも上手く試合に入ることができましたしね」

 同じ苦労を知る者たちの連帯感が、平良の背中を押してくれた。

 2度目の登板は9月1日の西武戦(平塚)、平良は先発としてマウンドに立ち、初回から6者連続三振を含む、3イニング32球7奪三振と圧倒的なピッチングを披露した。ストレートは最速145キロをマークし、持ち味であるシンカーやスライダーといった変化球にも強度が見られた。

効率よく無駄のないフォームに進化

 特筆すべきはフォームの進化だ。スリークォーターの平良は独特な投げ方をするのだが、以前は体が上下左右にブレる傾向があり、若干スイングしているようなイメージだった。しかし現在は足運びや腰の位置が安定し、テイクバックもコンパクトになり、動作に無駄がなく効率性が感じられる。

「リハビリ期間中、体の使い方に関してはウェイトも含めいろいろとやってきました。例えば肘に負担が掛からないように、股関節や肩甲骨、胸郭の動かし方を意識したり、また肘を出すときトップを作るようにするとか、以前よりも深く考えるようになりましたね。手術前は右脚で立って踏み出す際、並進運動(体の向きを変えることなく体重移動させる運動)のときに体がつぶれてしまっていたので、今は体幹やお尻の力で保ったまま胸を張って投げること、とにかくコンパクトなフォームを意識しています」

 まさにリニューアルされた姿を見せているわけだが、当然まだまだ不安要素はある。

「やはり体力面ですよね。今は闇雲に投げるのではなく、まだベルトの高さにしか投げられないけど狙ってコントロールすることはできています。ただ短いイニングだからできているだけで、疲れてくると制御できなくなる可能性もあります。これからしっかりと球数を増やしていき、体力をつけないと」

目の前のことをやっていくだけで精一杯

 現在、DeNAのファームは新型コロナウィルスの影響で選手が揃わず、試合が中止になるケースも多く、平良の調整登板は上手く進んでいない。とはいえ現在首位を追う一軍に早く合流したい、という気持ちは平良にはあるのだろうか。球団も7月末に支配下登録したということは、プレーオフも含めた今季中の登板をイメージしてのことだろう。ファンもきっと平良がチームの救世主になってくれるのではないかと期待しているに違いない。そう尋ねると、平良は冷静な口調で言うのだ。

「いや、まだ考えられないというか、考える余裕がないのが正直なところです。一軍の試合は観ているし、すごいな、皆がんばっているなと思いますが、自分があそこに行きたいかといえば、まだ実感することができない。リハビリ段階といえばリハビリ段階ですし、まずは目の前のことをやっていくだけで精一杯ですね」

 たしかに平良の言うことは当然だ。肘の張りを抜く作業にまだ慣れていないことに加え、一軍がごまかしのきかない場所だということは平良自身が一番理解している。この先、チームのために長くプレーをしていくことを考えても、今は焦るタイミングではない。

「あまり先を見過ぎると、目の前のことが疎かになるので、今やるべきことに集中したいと思います。ただ、手術をしたことで、いろんなことに感謝することの大切さを学ぶことができました。自分ひとりじゃなく、支えてくれる人、応援してくれる人がいるんだってことに改めて気がつきました。そういう方々のために結果で恩返しをしたいので、きちんとした状態と気持ちでマウンドに立ちたいと思い今を過ごしています」

 澄み切った表情で平良は言った。我々は万全になった変幻自在の魅惑のスリークォーターのことを待つだけだ。

今永からの“あのプレゼント”は…?

 最後にひとつ訊きたいことがあった。それは手術直後にチームのエースである今永昇太からプレゼントされた『術後1年後まで』と書かれた、お手製の日めくりカレンダーのことだ。今永が「1日1日を無駄にすることなく、先は長いと思いながらがんばれ」と渡してくれた、後輩を慮った愛のあるカウントダウン。たしか6月7日にはめくり終わっているはずだが、そこにはなにかオチらしきものはあったのだろうか。

今永(中央) ©Nanae Suzuki

「あ、ありましたねえ」

 そう言うと平良はニヤリと笑った。

「最後めくり終わると、そこには『平良は一日にして成らず』と書いてありました。それは今もずっと玄関に飾ったままですよ」

 偶然にもカレンダーをめくり終えた日は、今永が日本ハム戦(札幌)でノーヒットノーランを達成した当日だった。

 日々の流れが人を成長させ、心身を強くする。自分と向き合い1日1日を積み重ねた平良が、横浜スタジアムで果たしてどんなピッチングをするのか、その日を楽しみに待ちたい。

文=石塚隆

photograph by JIJI PRESS