2022年の上半期(対象:4月〜8月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ボクシング部門の第4位は、こちら!(初公開日 2022年7月7日/肩書などはすべて当時)。

不世出の天才ボクサーにして、他に類を見ない「金の亡者」。9月に総合格闘家の朝倉未来とエキシビションで対戦するフロイド・メイウェザーは、そのキャリアを通じて常に激しい毀誉褒貶にさらされてきた。米リング誌のメインカメラマンを務めた経験を持ち、全米ボクシング記者協会(BWAA)の最優秀写真賞を4度受賞した福田直樹氏が、自身の撮影経験から“マネー”と呼ばれる男の実像を解き明かす。

 50戦全勝、無敗のまま5階級を制覇してプロボクシングを引退したスーパーボクサー、フロイド・“マネー”・メイウェザーに対する世間のイメージは、どちらかといえばネガティブなものが多いかもしれない。神業のテクニックと光速パンチの一方、クラスを上げていく中で目立つようになった安全運転の戦いぶりやどぎつい成金趣味は、確かに一定数のアンチを生んできた。

 だが、それと同時に彼は類い稀な“努力の天才”としても知られていて、ことボクシングに向き合う姿勢は沢山の同業者やファンから最大級にリスペクトされている。

 まずは取材者、カメラマンという立場で感じたこの努力家の部分から取り上げていきたいと思う。メイウェザーほどの猛練習をこなす選手を、いままで見たことがないからだ。

コーラを飲みながらパンチングボールを叩くメイウェザー ©Naoki Fukuda

“努力の天才”による濃密すぎるジムワーク

 私が住んでいたラスベガスの西エリアにTMT(ザ・マネーチーム=チーム・メイウェザー)の専用ジムがあったせいもあり、在米当時もっとも頻繁に撮影したファイターの一人がメイウェザーでもあった。彼のジムワークを取材する際には、本人の「遅刻」を含めて、常に4時間以上のスケジュールを空けておかなければならなかったと記憶している。とにかく一つ一つのメニューが濃密でひたすら長く、途中でペースを落とす気配がほとんどない。

プロテクターをつけた巨漢にハードパンチを叩き込む ©Naoki Fukuda

 その練習法というと、2020年に他界した叔父ロジャーとのミット打ちが有名ではなかろうか。ロジャーが持つミットをリズミカルに軽打しまくる曲芸のようなウォーミングアップが、メイウェザーの代名詞にもなっていた。しかし、少し意外かもしれないが、実際に驚かされるのはその合間に見せていくパワーパンチの特訓だった。プロテクターをつけた巨漢をリングに入れ、唸り声を上げて強打を繰り出し続ける。サンドバッグも同様にハードパンチが中心だ。ウェートを使ったトレーニングも入念に行っていて、本気で打ったらやはりパンチはかなりありそうに見えた。骨格的にはライト級くらいなので、それ以上の階級では明らかにディフェンシブな“負けないスタイル”になったが、いざとなればこの全力の攻撃があったというわけだろう。

 ようやく縄跳びも腹筋も終わり、こちらが帰ろうとすると、またGRANT社製のグローブをはめ直してミット打ち、サンドバッグから平然と同じことを繰り返していく。なんというスタミナかと、いつも驚愕させられていた。

 ジム自体はなぜかチャイナタウンの一角にあり、広いながらも設備はいたって普通だった。お城のような豪邸やケーニグセグ、ブガッティ、フェラーリといった超高級車が並ぶジム前のパーキングとは、扉一枚を隔てて別世界といえた。地獄のトレーニングを自らに課する場所として、あえてそういった原点の雰囲気を残していた可能性もありそうだ。

自慢のブガッティに乗ってジムに登場 ©Naoki Fukuda

 実戦練習のスパーリングだけは長年「門外不出」とされ、その度に我々も締め出されてきたが、7年前、そんなメイウェザーがメディアに一度限りの公開スパーを見せてくれる機会もあった。実質的な“ボクシング引退試合”と言われるアンドレ・ベルト(米国)戦の前だと思う。2人のパートナーを相手にしたスパーは、こちらが引くくらい一方的な内容で、5階級王者が余裕綽々のディフェンスを披露しながら、ここぞという時に容赦ない左フック、右ストレートを打ち込んで6ラウンズが終了。「スパーでは相手が本当に気の毒になる」。そんな噂の一端を垣間見る経験ができた。その時、特に厳しく打たれていた2人目のパートナーが、実は今年5月にドバイでメイウェザーとエキシビションを行ったドン・ムーア(米国)だったというのも少し面白い話である。

メイウェザーの貴重な公開スパーリング ©Naoki Fukuda

若きカネロを圧倒したキャリア後期のベストバウト

 実際の試合で個人的にもっとも印象に残ったのは、なんといっても2013年9月にラスベガスで開催されたカネロ・アルバレス(メキシコ)とのWBA・WBCスーパーウェルター級王座統一戦だ。当然ながら、メイウェザーの傑作ファイトは枚挙にいとまがない。撮影した中ではアルツロ・ガッティ(カナダ)戦やオスカー・デラホーヤ(米国)から主役の座を奪い取った一戦、さらにはマニー・パッキャオ(フィリピン)との世紀の大一番も見応えがあったが、カネロ戦のパフォーマンスはとりわけ際立っていて、まさにキャリア後期のベストバウトといえた。

 新たなメキシカン・スターの誕生も期待されていたこのメガマッチは、それまでの興行記録をことごとく塗り替える歴史的なイベントになった。体が大きく、勢いのある23歳のカネロに対して36歳の大御所メイウェザーがどう戦うかが注目されたものの、本番ではベテランがほぼパーフェクトに試合を運んだ。

 いきなり圧力をかけて若いメキシカンを萎縮させ、あとは一旦下がって自分の間合いでペースを操っていく。思い返せば3日前、記者会見のフェイスオフ撮影の際も先に一歩踏み込んでいったのはメイウェザーの方だった。そのおかげで睨み合いの位置が舞台のセンターからずれてしまい、いいアングルで写真が撮れなかった覚えがある。心理戦はその時から始まっていたのだ。

 その上、守りと攻めの精度がいつにも増して高く、あの強いカネロを完全に手玉にとってしまった。若い頃に比べるとパンチの速度はさすがに若干落ちているが、かわりに相手の一手先を読む判断力がアップしていた。序盤で流れが見えてしまい、あとは私の方もメイウェザーの目線になって、カネロの攻めにカウンターを合わせるようにシャッターを押し続けた。

カネロの猛攻に難なくカウンターを合わせるメイウェザー ©Naoki Fukuda

 判定は2-0と発表されたが、イーブンにつけたジャッジが後に辞職を申し出た点からもメイウェザーの完勝ぶりがわかる。カネロが数年後、ボクシング界を背負うスーパースターになれたのもこの苦いレッスンがあったからに違いない。

超スピードスターとの対戦もクレバーに対処

 他にもリッキー・ハットン(英国)、ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)、シェーン・モズリー(米国)、ミゲル・コット(プエルトリコ)等、錚々たる顔ぶれを破り、その度に超人ぶりを見せてきたが、もう一つ忘れられないのが、2006年4月にラスベガスで行われた IBFウェルター級のザブ・ジュダー(米国)戦。メイウェザーの対応力が存分に発揮された試合だ。サウスポーのジュダーは物理的なハンドスピードでメイウェザーの上をいく超スピードスターであったが、メイウェザーが苦しんだのは4回まで。珍しくガードを上げ、地味な右ショートでジュダーを着実に消耗させて、3−0の判定勝ちを収めた。

 オーソドックス対サウスポーの撮影は、角度的に両者の顔が同時に見えるアクションを捉えるのが難しい。しかもスピード満点の2人である。その夜のキーパンチである主役の右ストレートをいい構図で捉えるのに苦労しつつも、メイウェザーの危機管理能力やクレバーなペース配分にとにかく感心するしかなかった。

2006年4月のザブ・ジュダー戦 ©Naoki Fukuda

 メイウェザーが一段覚醒し、猛練習で培った底力、引き出しの多さをさらに示し始めたのも、このあたりからの気がする。10ラウンドに勃発した両陣営の大乱闘に巻き込まれ、ポケットに入れていた携帯電話を無くしてしまったのも、今となっては懐かしい思い出だ。

オルティスの“頭突き”にメイウェザーがキレた瞬間

 また、これは名勝負とは違うのだが、2011年9月にラスベガスで行われたビクター・オルティスとのWBC世界ウェルター級戦。「メイウェザーを怒らせてはいけない」という教訓が込められた一戦になったので、このファイトも最後に付け加えておきたい。

 同試合の4ラウンド、なかなかパンチが当たらないことに苛立ったオルティスが、ロープ側で勢い余ってメイウェザーに“頭突き”をかましてしまったのが始まり。当然、タイムがストップされ、ブーイングの中でオルティスに減点が言い渡される。

 この中断の間、メイウェザーが今まで見せたことがないような怒りの表情を浮かべ、目をぎらつかせながら、私のポジションに近いニュートラルコーナー前に歩いてきた。そのためこちらの位置からは彼の“沸騰具合”がよく分かったのだが、レフェリーとオルティスの2人は別の方向を向いてペナルティの通達をしている最中だったので、それにほとんど気づいていなかったようだ。

2011年9月のビクター・オルティス戦。頭突きを受けて「ブチ切れ寸前」のメイウェザー ©Naoki Fukuda

 案の定というか、再開後、オルティスは軽率にも仲直りのハグに出て、その場を取り繕おうとする。しかし、メイウェザーはこれに応じることなく、無防備なサウスポーに怒りの強打を浴びせ、右1発でKOしてしまった。アクションは再開されていたので合法的なパンチである。それこそメイウェザーがジムで日々磨きをかけていたような、いざという時の本気の右だったのかもしれない。

 そのオルティス戦後、KO勝ちから遠ざかったメイウェザーだが、2017年8月にUFC王者のコナー・マクレガー(アイルランド)を10回TKOに下し、TBE(The Best Ever=史上最高)の称号を保ったままボクシング公式戦を引退。以後は2018年の大晦日に行われた対那須川天心(日本)、2021年6月の対ローガン・ポール(米国)を含めて3度のエキシビションに出場している。

 年齢は現在45歳だ。既に引退しているため、本来の瞬発力や柔軟性は感じられなくなっているが、影の苦労を惜しまないメイウェザーのことなので、エキシビションといえども足をすくわれるほどの過信や手抜きはしていないのだろう。お金のことばかりを考えて一見油断しているように見えても、リングに上がるための準備は、いまでも抜かりなくしていると考えられる。

文=福田直樹

photograph by Naoki Fukuda