2022年の上半期(対象:4月〜8月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ボクシング部門の第3位は、こちら!(初公開日 2022年6月8日/肩書などはすべて当時)。

「驚きでした。ここ2試合のノニト・ドネアは連続でKO勝ちしていましたし、調子が良さそうでしたから。こんな風になるとしても、もっと後のラウンドだと思っていたんです。また、自分にはドネアが勝ってもおかしくない、という気持ちもありました。でも、井上くんのレベルが高過ぎましたね。前からとんでもない選手でしたが、本当に凄過ぎますよ」

 2013年8月25日にデビュー4戦目の井上尚弥と日本ライトフライ級タイトルを懸けて戦った田口良一は、WBA/IBF/WBC統一バンタム級タイトルマッチを観戦した直後に、そう言った。

 判定負けを喫し、日本タイトルを手放した田口だが、井上戦を糧とし、WBA王座に就く。7度の防衛に成功し、IBF王者との統一戦にも勝利した。「すべては井上尚弥との試合があったから」と現役生活を振り返る。

 WBA/IBFバンタム級チャンピオン、井上尚弥とWBC同級王者、ノニト・ドネアの統一戦は第2ラウンド1分24秒で井上がTKO勝ちを収めた。2019年11月7日に行われたドネアとの第1戦の前まで、井上は何度となく「これまで戦った中で最強の相手」として田口の名を挙げている。

「ドネアに覇気が無い。いつもと違うな…」

 そんな田口に、「井上vsドネアⅡ」について語ってもらった。田口は、まずリングインしたドネアの姿を見て、戸惑いを覚えた。

「覇気が無かったですね。いつもと違うな。減量苦かな、なんて感じました」

 今回、ノニト・ドネアが繰り出した最初のパンチは、ゴングから3秒後の左フックだった。2019年11月7日に拳を交えた際、井上尚弥はこのパンチで右目の眼窩底を骨折している。浅くではあるが、2冠チャンピオンはこの日も同じパンチを右目付近に喰らった。

 田口は言う。

「ドネアが左フックを狙っていたのは、井上くん自身も分かっていたでしょう。それでも、もらうというところに、ドネアのレベルの高さが見られますね。あの井上くんでさえ、喰らった訳です。

 その一発で、2年7カ月前の試合が蘇ったと思うんですよね。だから、気を引き締めることが出来た。フラッシュバックしたことが、プラスになったのでしょう」

試合前の「触らせない」発言

 井上自身、ドネアに左フックをヒットされ、ファーストラウンドのポイントを取らねばという思いから、残り10秒でギアを上げた、と試合後の記者会見で説いた。

「警戒していたパンチをもらってしまったら、どんなボクサーだって、『もう2度と喰らわないぞ』と考えるものです。井上くんのようなレベルの選手なら尚更ですよ。試合前『触らせない』みたいな発言をしていましたよね。

 1ラウンド目から、井上くんの動きはキレキレでした。こういう大舞台で彼は、ちゃんと仕上げてくるんだなと感じました。前回のアラン・ディパエン戦よりもコンディションは良かったですよね。大注目されている方が、井上くんはいい試合をするんだな、という印象でした」

 第1ラウンド終了間際、井上はカウンターの右ストレートをドネアの左テンプルに突き刺し、ダウンを奪う。

「あの一発で、勝負あったと見ました。井上くんには余裕が生まれますし、ドネアも焦りが出たんじゃないかと。5階級を制した伝説の王者でも、やはり焦ったんじゃないでしょうか。ダウンを奪うと、精神的に優位に立てます。井上くんは『これはもうイケる』と感じたでしょう。

 第2ラウンドの攻防ですが、井上くんはドネアの動きが全部見えていたでしょう。もう、時間の問題だなと思っていました」

「井上くんと再戦したい…自分もそうでした」

 田口は井上との戦いの後、彼以上の選手との対戦は無かったと言い切る。あの井上に善戦出来たのだから、目の前の男に負ける筈がないと己を信じられた。

 ドネアもまた、死闘と表現できる初戦で敗れながら、再戦に向けて自身のボクシングを見直し、40に手が届く年齢となりながらも再生を遂げた。ドネアが2019年に井上に判定負けしたとき、世界王座に返り咲き、統一戦としてリターンマッチを迎えると誰が予想しただろうか。

「自分は井上くんに負けて、少しでも追いつきたいという一心で、その後のリング生活を送りました。日本タイトルマッチを終えた直後は、『やり方次第では、もっとどうにかなったんじゃないか』と感じたんですよ。ドネアにも同じような感情があったんじゃないですかね。

 ドネアは伝説のチャンピオンですから、当初は井上くんよりも遥か上にいたのに超えられてしまった。プライドが許さなかったと思うんです。だから、借りを返したかったでしょう。これは自分の個人的な見解ですが、今までのどの敗戦よりも、井上くんにこそリベンジしたかったような気がします。パウンド・フォー・パウンドの上位にいる井上くんに勝って、自分の価値を上げたかったのでは。自分もそう思っていました。より強くなって、井上くんと再戦することを目標としていたのです。そういう気持ちがあったからこそ、自分もドネアも強くなれたと思います」

「自分が戦った井上くん(20歳)とは別人です」

 大一番を控え、ドネアは自信を漲らせていた。井上との第1戦から7カ月後にWBC王座を獲得し、昨年末には防衛にも成功。しかも共に4ラウンドKOで圧勝していれば、当然であろう。

「確かに、ここ2戦のドネアの戦いぶりは見事でした。でも、井上くんの凄さが際立ち過ぎ、ドネアの良さが出る前に試合が終わってしまいましたね。2試合を比較するなら、1戦目の方がドネアは上手く戦えていました。

 1戦目の反省を、プラスにしたのは井上くんでしたね。井上くんは、2ラウンドから片目での戦いを強いられたことに対する悔しさがあったでしょう。いい状態なら、もっと強い自分を見せられた筈なのに出せなかった、という気持ちだったと思います」

 恐るべきパフォーマンスを演じた井上について、田口はこんなことも口にした。

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「自分が戦った時の井上くん(当時20歳)と、今の井上くんでは別人です。桁が違いますよ。いつまでも、自分との試合を思い出すようなことも無いでしょう。29歳が彼の全盛期かどうか分かりませんが、デビュー以来、今が最強でしょう。井上くんは、経験を積んで自信も知識も手にしましたからね」

「正直、もう、ゆっくりしてほしいです」

 ドネアは、「井上はとても強く、勝者に値する選手だった。おめでとう」という言葉を残し、治療のため、試合後の記者会見場には姿を見せなかった。

「ドネアは5階級制覇をして、これ以上無いほどの栄光を手にしました。試合前なら、井上尚弥に勝つことが最大の目標だったでしょうが、叶わなかった訳です。今回、井上くんに負けたことで、もう望むものは無いように感じます。ボクシングは他のスポーツと比べて、どうしてもダメージが残りますから、長く続けられませんよね。

 39歳で世界チャンピオンとして、統一戦の舞台に上がった人です。誰もが、ドネアが歩んだ道を心から称えるでしょう。何一つ恥じることは無い。正直、もう、ゆっくりしてほしいです」

 田口は結んだ。

「井上くんは自分との試合の後、OPBF、その次で世界タイトルと駆け上がっていきました。当時は、追いつきたいという思いでしたが、引退した今は、素直に彼の活躍を喜んでいる自分がいます。心から応援していますよ。ドネアもきっと、同じような思いで井上くんの試合を見るようになるんじゃないですか」

 自身の発言通り、ドネアに引導を渡した井上尚弥。彼には拳を交えた男たちから愛される何かがある。果たして、どこまで上っていくのだろうか。

文=林壮一

photograph by AFLO