まだ何者でもなかった21歳の若武者は、一夜にしてドイツ中を席巻し、ヒーローになった。ドルトムントの太陽として、のちに日本代表の10番になるKAGAWAの評価が一変した貴重な1日に迫る。あのレビアーダービーから12年。Number961号(2018年9月13日発売)より『<ターニングポイント>香川真司「世界を変えたダービーの2発」』を無料で全文掲載します。

「今日は、日本人アスリートの現地での評価が、日本での評価を上回った初めての日かもしれないね」

 そう語ったのは、オリンピックやW杯の取材を続けて20年以上になるフォトグラファーの岸本勉だった。あの試合の翌日、ドイツのほとんどの新聞の一面が一人の日本人選手でうめつくされている様子を見て、岸本は確信していた。

 そもそも、海外へ出て行く日本人スポーツ選手は、日本でスターになってから移籍するのが定番だ。中田英寿やイチローしかり、最近では大谷翔平もそうだ。

 たとえ現地での人気や注目度が高まっても、日本のファンやメディアは現地での高い評価に触れてさらに盛り上がる。だから、現地での評価が日本での評価を上回ることはありえない。

香川の移籍は実に特殊なケースだった

 そう考えると、香川真司の移籍は、当時としては実に特殊なケースだった。

南アフリカW杯予選時の香川 ©Takuya Sugiyama

 2010年7月にドイツへ渡ったとき、日本ではあまり騒がれなかった。彼が日本でプロとしてプレーした試合の大半はJ2でのものだったし、2010年6月の南アフリカW杯のメンバーから落選していたからだ。注目の若手ではあったが、南アフリカW杯で活躍したヒーローたちと比べれば、注目度も評価も高くはなかった。

 2010年8月に本誌のインタビューを受けた際には「ナンバーのインタビューは初めて。日本にいたときは取り上げてもらえなかったから(笑)」と語ったくらいだった。

 ただ、ドイツでの人気が爆発する要素は確かにあった。

 ボルシア・ドルトムントの本拠地ジグナル・イドゥナ・パルクは、ドイツ最大の収容人数を誇り、最も熱狂的なサポーターがつめかける場所として知られている。

 さらに香川が加入したタイミングが、2つの意味で、ターニングポイントを迎えようとしていた時期だったことも見逃せない。ひとつは、2005年に破産の危機にひんしていたドルトムントが復活を遂げようとしていた時期だったこと。

ダービーでゴールを決めてくれればヒーローになれる

 もうひとつが、南アW杯で3位に入ったドイツ代表が、過去の大会とは異なり、攻撃的で人々を魅了するようなサッカーを披露していたこと。

 当時はドイツ人のサッカーへの期待が異様に高まっていた。

 そんな状況で、ドルトムントは、宿命のライバル・シャルケと、アウェーでレビアー・ダービーを戦った。世界で最多の観客を集めるブンデスリーガのなかで、最も熱狂的と言われるダービーである。

 2010年9月19日に行なわれたのは、リーグ戦で77回目となるダービーだった。トップ下で先発した香川は前半20分にこぼれ球を拾うと、ペナルティエリア外から先制点をたたき込む。そして、後半13分には右からのクロスに、ジャンプして合わせ、2点目を決めた。

ノイアー相手に奪った2点目 ©Witters/PHOTO KISHIMOTO

「ダービーでゴールを決めてくれれば、他の試合で活躍しなくてもヒーローになれる」

 サポーターがそう語るほど大事な試合で、2ゴールを決めて宿敵を下した。

 開幕4試合目に組まれたダービーの勝利で勢いをつけたドルトムントは、このシーズン、9年ぶりの優勝を果たすことになる。

クロップ監督が日本人へ情熱的に訴えかけたこと

「ドイツに来てから最高の日になりました」

 試合後に香川はそう語り、クロップ監督は日本人にむけて情熱的に訴えかけた。

「この試合を日本で見られなかった人がいたら、あとでもいいから見る機会が得られることを願うね。それだけの価値がある」

 それからは、スーパーでも、タクシーでも、空港の入国審査でも、日本人は「KAGAWA」と声をかけられるようになった。ドイツで最も熱いサポーターを抱えるドルトムントの、最も大切な試合で、2ゴールを決め、奈落の底に落ちかけたクラブの復興を決定づけた。

香川がダービーで決めた1点目 ©Getty Images

 そこまでのストーリーと背景があるからこそ、ドイツ人は香川の活躍に熱狂し、心を奪われた。

 その歴史と文化を解さない日本人には、あの試合での活躍の本当の意味はわからない。だから、あのときの香川への評価は日本よりもドイツでの方が高いままである。興味深いのは、あの試合やシーズンが香川にとっての最高の試合やシーズンではないということだ。

 最も重みがあったタイトルは、2017年のドイツ杯優勝だと香川は言う。それは、監督にベンチ入りメンバーから外された時期があり、自分でも信じられないようなミスをしていたところから這い上がり、最後にはレギュラーポジションをつかみ、獲得したタイトルだからだ。

「深く考えなくても、全てが……」

 香川は2010年当時について、こう考えている。

「深く考えなくても、全てが上手く回っていた時期だったんです」

 あの2ゴールは怖い物知らずの若者だからこそなし得る偉業だった。

 ダービーでゴールを決めるチャンスはこの先もある。しかし、その本当の意味をわからないまま、2ゴールを決めるのは、若かったあの時期にしかできないことだ。

©Takuya Sugiyama

 当時に戻りたいと香川が考えているわけではないが、当時のような無邪気さで試合に臨み、ゴールを決める機会はもうない。だから、あの試合は香川にとっても実に大きな意味を持つ試合であり続けるのだ。

香川真司Shinji Kagawa

1989年3月17日、兵庫県生まれ。セレッソ大阪から2010年にドルトムントへ移籍。ブンデス2連覇の原動力に。'12年マンチェスター・ユナイテッドに加入し、プレミアリーグを制覇。'14年より古巣ドルトムントに復帰。その後はトルコ、スペイン、ギリシャを渡り歩き、現在はシント・トロイデン所属。175cm、68kg。

文=ミムラユウスケ

photograph by Friedemann Vogel/Getty Images