7月に開催されたE-1選手権で、日本代表の森保一監督からキャプテンマークを託された谷口彰悟。腕章に込められた指揮官の信頼に、谷口は最高のパフォーマンスで応えてみせた。ロングインタビュー中編では、9年ぶりの優勝を果たしたE-1選手権と、ターニングポイントとなったW杯アジア最終予選の裏側を掘り下げていく。(全3回の2回目/#1、#3へ)

 人が人に何かを託すとき、それ相応の重みがそこにはあるものだ。

 今年7月に日本で開催されたE-1選手権。

 川崎フロンターレの谷口彰悟は、森保一監督から日本代表のキャプテンマークを託された。集合した日の食事会場で話をする際に、「今大会でキャプテンをやってもらおうと思っている」と指揮官から言われたのだ。

 きっとそこにはしかるべき意味があったのだろう。

 なぜ自分なのか、という野暮な質問はしなかった。それよりも、そこに込められた思いを自分なりに意味づけしようと考えていた。

「自分なりに考えてみると、これまでに代表の活動を経験していること。あとは年齢的なところと経歴、そして大会の意義を理解していることを含めて、自分になったのかなと思っています」

E-1選手権でキャプテンマークを巻く谷口彰悟 ©Etsuo Hara/Getty Images

「ここで結果が出ないと、『やっぱり海外組か』と…」

 W杯カタール大会の主要メンバーが海外組になることを否定する者はいないだろう。ゆえに国内組で臨むこの大会の位置付けに、難しいものがあったのも事実だ。東アジアの相手に示すパフォーマンスが、W杯本大会のメンバー選考にどれだけの影響があるかもわからない。それでも谷口彰悟は、強い使命感と責任感を持って日の丸のキャプテンマークを巻いた。

「国内組の選手でもやれるということを見せないといけない。自分自身にもプレッシャーをかけていましたよ。ここで結果が出ないと、『やっぱり海外組か』という話ももちろん出てきますよね。それは僕らも本望ではないので、自分たちの気概を見せようと思って活動しました」

 急造チームであったのは確かだが、それぞれが自分の持ち味を出せるように気を配った。初招集の選手も伸び伸びと出来るように積極的にコミュニケーションを取り、お互いの良さを引き出せるようなグループ作りに心を砕いた。

「なんとなく3試合やって終わる、という大会にはしたくなかった。ホームだったし、優勝という結果を出したかった。なおかつ、ひとりひとりが自分たちでも戦える、というのを示したかったんです。ここで結果を出して、9月の代表遠征やカタールでの本大会につなげていきたいとみんなが思っていたはずだし、その野心を隠す必要はない。チームの結果が大事ですが、その結果を残すために、個人個人が結果にこだわっていく。そうすれば、チームとしても上がっていくと思っていました」

チームとしても個人としても強い覚悟をもって臨んだE-1選手権 ©Etsuo Hara/Getty Images

 優勝のかかった3戦目の韓国戦では、試合直前のロッカールームの円陣で発したゲキが注目を集めた。森保監督の後、キャプテンマークを巻いた谷口から発せられた言葉の迫力は、まさに圧巻だった。

「とにかく出し切るよ! 圧を感じるの相手だよ! 俺たちのホームだぞ! 絶対勝つぞ! いくぞ!」

 戦いに向かう前の国内組を一体にした、谷口の力強いアジテーション。その様子が日本サッカー協会の公式YouTubeチャンネル『JFATV』で公開されると、大きな反響を呼んだ。もっとも本人からすれば、普段と変わらないスタンスでチームを鼓舞したに過ぎなかったようだ。

「代表の円陣というのは、キャプテンがチームを勢いづかせることを言う流れがあるんです。自分も思ったことや感じたことを伝えたかったし、伝えないといけないと思った。心の底から自然と出てきた言葉でしたね」

 日韓戦は3-0で快勝した。

キャプテンとしてE-1選手権のトロフィーを掲げる ©Etsuo Hara/Getty Images

 9年ぶりにE-1選手権優勝を果たし、キャプテンマークを巻いた谷口は優勝トロフィーを掲げている。大会後、指揮官からはねぎらいの言葉をもらった。

「キャプテンとしての仕事もそうだし、プレーも素晴らしかったと言っていただきました。頑張ってよかったというか、報われた気がしましたね」

最終予選で感じた「経験したことのない重圧」とは

 谷口彰悟は、去年5月まで森保ジャパンに一度も招集されていなかった。

 Jリーグでの実績があったとはいえ、日本代表におけるキャリアに関しては積み重ねることが出来ていなかったのだから、指揮官からこれだけの信頼を勝ち得るのは簡単ではなかったはずである。

 ではターニングポイントになったのは、いつだったのか。

 それは今年1月のアジア最終予選だろう。

 吉田麻也・冨安健洋という不動の代表センターバックコンビを欠いた中で迎えた正念場。その位置に入ったのが東京五輪代表だった板倉滉、そして谷口だった。もし負ければW杯出場が遠のく可能性がある一戦。そこで彼は確かな手応えと自分の居場所を示した。

最終予選デビューとなった1月27日の中国戦。谷口彰悟と板倉滉のCBコンビは抜群の安定感を示した ©Takuya Sugiyama/JMPA

 もちろん、簡単に掴んだ訳ではない。むしろ死に物狂いだった。

 例えば試合前は、これまでのサッカー人生で味わったことのないような重圧に襲われていたという。

「自分ではリラックスしているつもりでも、意外と体は緊張して眠れなかったり、どこかに力が入っている感じになっていました。普段は感じられないようなプレッシャー、それは今まで経験したことのないものでした」

 恐怖、不安、重圧……。

 ピッチに立つ前に向き合い、戦わなくてはいけない相手が自分の中にいた。国を背負って、日本サッカーの未来がかかる試合に出るというのは、そういうことなのである。

 では、一体どうやって重圧を乗り越えたのか。

 こちらが尋ねると、谷口はそれを乗り越えようとはしなかったのだと明かし始めた。重圧を受け止めながら、どれだけプレーできるのか。開き直りにも近い思いでピッチに立ったと話す。

「もうすべて受け入れていましたね。これまで何回も最終予選を経験しているなら違うかもしれませんが、僕は初めてでしたから。緊張して当然だし、プレッシャーを感じるのは当たり前だという開き直りでした。その中でやらなければダメなんだと。日本サッカーの未来がかかっているのだから、ここで戦わないといけない。そして自信を持ってやる。それだけでした」

「負けたら終わり」の状況で見せた圧巻のプレー

 ミスが許されない、完璧な仕事を求められるポジションを見事にやりきった。中国戦だけではなく、続くサウジアラビア戦も完封の結果で、本大会への切符をぐっと手繰り寄せる働きぶりを見せている。水を漏らさない守りだけではなく、巧みなビルドアップと持ち運びで攻撃の起点を担う役目を果たし、日本代表の最終ラインに新たな風を吹き込んだ。

「負けたら終わりという状況でしたし、そんな中でピッチに立たせてもらったのは幸せでした。W杯に出るかどうかは大きな差。そういったものを背負って戦うプレッシャーもありますが、その喜びもある。いろんなものを感じながら、戦うことができたと思います」

 30歳にしてアジア最終予選デビューとなったが、不安視された国際経験の少なさをまるで感じさせない圧巻の出来。そこには、指揮官の信頼を勝ち得るだけの何かもあったのだろう。何より1人の選手として、たくさんの刺激を得られたという。

2月1日、アジア最終予選のサウジアラビア戦で完封勝利に貢献し、DF陣と喜び合う ©Takuya Sugiyama/JMPA

「よりシビれるゲームを、もっとやりたいです」

 だから、日本代表にも定着し続けたい。谷口彰悟の欲求は、実にシンプルだ。

「あれを経験できたのは、自分の成長につながったし、大きな財産になっています。成長したいと思うところに身を置けているのは、サッカー選手として幸せです。そこでもう1段階、自分を上げていく。そして代表でも定着してポジションを獲得したい。そう思ってやっています」

 今年、チームと代表でキャプテンマークを託され続けた男が見据えているのは、さらに成長していく未知の自分の姿なのかもしれない。<#3へ続く>

文=いしかわごう

photograph by Etsuo Hara/Getty Images