日本GPを目前にして、Moto2で総合2位。首位のアウグスト・フェルナンデスを7ポイント差で追う小椋藍は、今年チャンピオンになれるのだろうか? 最近、仕事仲間や知り合いからこうした質問をたくさん受けるが、もし小椋に「チャンピオンになれる自信は? アウグストに勝つ自信は?」なんて質問をしたら「そんなことわかるわけないじゃないですか」とピシャリと言われるに違いない。

 小椋がいちばん嫌う質問は「これからどうなるか」という予測だが、レースを戦う上での気持ちとしては「勝ちたい」「チャンピオンになりたい」といつも思っている。しかし、そういう言葉を聞けるようになったのは、本当に最近のことである。

 小椋はグランプリにデビューして今年4年目のシーズンを迎える。この4年間、彼の口から「今週のレースは勝ちたい」「次戦は優勝を目指す」という言葉は一度も聞いたことがない。その理由について彼はこう語る。

「どうしてみんな、そういうことを聞きたがるんですかね。そんなのやってみないとわからないし、わからないことは言えないじゃないですか。終わったこと、これまでのことなら話せますけどね」

 それをわかっていながら、僕はいつも「今回は勝てる? 勝てそう?」と懲りずに聞くが、小椋は「またそれを聞く」と笑うばかりで返事はない。

250cc王者、原田哲也との対峙

 僕はグランプリを転戦するようになって今年で33年目のシーズンを迎える。最近の日本人ライダーの中では、小椋はかなり取材に気を遣い、緊張感を持って取材するライダーのひとりである。過去、最高に緊張させられた日本人ライダーは、1993年に250ccクラスでチャンピオンになった原田哲也さんだ。デビュー戦で優勝した同年のオーストラリアGPですでにしびれるコメントを残していた。

「優勝したいまの気持ちを聞かせてください。チェッカーを受けたときうれしかったですか?」

「いや、別に……。もう終わったことですから」

 舞台はシドニー郊外にあるイースタンクリーク。すでにGP界のトップライダーだったジョン・コシンスキーとの一騎打ちとなり、最終ラップの最終コーナーからの立ち上がりで、コシンスキーのスリップから抜けて僅差で優勝。当時、世界ではまったくの無名の選手だった原田がコシンスキーを負かした。ウインターテストから速くて注目を集めていたが、その期待に応えて、見事、開幕戦でデビューウインを達成した。もっと喜びの声が聞きたかったのだが、彼は「もう終わったこと」と語って取材を終わらせた。

 それから10年間、サーキットでは原田選手との緊張の日々が続いた。レースを離れれば、一緒に食事をしてバカ話で盛り上がるが、サーキットではライダーとひとりの取材者との距離感に戻る。それは小椋も同じであり、今年も彼が本拠地とするバルセロナで何度も食事をして、終わった戦いのあれやこれやを聞かせてくれた。

 今年はウインターテストから好調で、チャンピオン争いが期待された。その期待に応えて小椋は表彰台の常連に成長し、第6戦スペインGPと第13戦オーストリアGPで優勝、ここまで計6回表彰台に立った。

 そんな小椋が今年もっとも厳しい結果に終わったのは、予選14位、決勝8位の第10戦ドイツGPだった。その前に行われた第9戦カタルーニャGPも予選10位、決勝7位と2戦連続で優勝争いに加われず、ドイツGPでは何をどうやっても解決策が見つからなかった。こういう時は、口数の少ない小椋がさらに寡黙になる。ある程度の時間が経ち、気持ちが落ち着いた頃に話を聞きに行ったのだが、彼は「いまは話したくない」と会話を遮断。いまは何も聞かないで欲しいというオーラが全身から放たれていた。

 彼の言いたいことは手に取るようにわかった。つまり、自分はやれることはやったが、マシンのパフォーマンスがまったく改善しなかった。あれ以上は無理だった。でも、そうした怒りや不満を口にはしたくないし、言ったところでどうにもならない。そこで彼は「何も話さない」ことにしたのだろうと思った。

チームのエースとして日々進化する小椋。軽々しく言葉にせずとも、母国開催のレースに期す思いがあるはずだ

 しかし、グランプリを運営統括するドルナのインタビューやチームのリリースには、何かを語らなければならない。そういうときの彼の言葉は、だいたいこういう言葉になる。事実だけを語り、それに対してのネガティブな気持ちは抑え込むというものだ。

「フリー走行、予選に比べて、決勝の結果は数字的には満足している。やれることはやった。でも、レースウイークを通じてなにも前進できなかった」

トレーニングを積み上げて得た進化

 天才型か努力型かで言えば、小椋は間違いなく努力型のライダーだと思う。自分のライディングをしっかり分析し、自分が速い、逆に遅いコーナーやサーキットを良く知っている。良いところを伸ばし、ウイークポイントを改善するために、バイクに乗るトレーニングを徹底的に行う。

 小椋の特徴を簡単に言えば、ブレーキングからパッと寝かせてすぐに加速していくようなコーナーは得意とするが、大きなRの続く中高速コーナーは苦手とする。スペインGPとオーストリアGPで圧倒的な速さで優勝し、カタルーニャGPとドイツGPで苦戦したのはそれが理由である。

 得意なコーナーやサーキットは自分でなんとかする。しかし、そうでないところは、バイクのセッティングでなんとかしてもらいたい。ライバルのフェルナンデスが所属するRed Bull KTM Ajoは、これまで多くのチャンピオンを輩出してきたことでそうしたアイデアとデータを持っているが、小椋が所属する出光・ホンダ・チーム・アジアにはない。なぜなら小椋は、Moto3クラスでもMoto2クラスでも初めてチャンピオン争いをする選手だからである。

 今年の夏、小椋はホンダから受けたMotoGPクラスへのスイッチのオファーを断った。

「チャンピオンを獲ったら行きたいが、チャンピオン争いをするいまの状況で決断しろと言われたら断りたい」。つまり、Moto2クラスでチャンピオンを獲りたいのが理由だった。現在、王座獲得の可能性はさらに高まっているが、もしチャンピオンを獲ったとしても、まだまだMoto2クラスで学べることは多いと小椋は語る。着実に前進する努力型ならではの決断だった。

アラゴンでは4位に終わった小椋。今季チャンピオンを獲得すれば、09年250ccクラスの青山博一以来となる

残り5戦のチャンピオンシップ展望

 3年ぶりの開催となる日本GPで、小椋はファンから大きな期待を受けるだろう。前戦アラゴンGPはフリー走行、予選と苦戦したが4位でフィニッシュ。だが、フェルナンデスが3位だったこともあり、ポイント差は4から7に広がっただけで済んだ。そのせいか、戦いを終えた小椋は、4位という結果にも明るい表情を見せた。

 今週の第16戦日本GP、連戦となる第17戦タイGPは、小椋が得意とするタイプのサーキットで戦われる。続く第18戦オーストラリアGPは両選手ともに未知数の部分が多く「読めない戦い」となり、第19戦マレーシアGPは互角の戦いが予想される。そして最終戦となる第20戦バレンシアGPは小椋が苦手とするサーキットだ。

 以上が日本GPを含む終盤5戦の展開予想だが、そうなると日本GPとタイGPの2連戦が小椋にとって逆転チャンピオンへの大きな鍵を握りそうな予感がする。

 小椋が大嫌いなチャンピオン争いの予想をしてみたが、この戦いが小椋藍をライダーとして大きく成長させることは間違いない。これから5戦、フェルナンデスとの戦いが厳しくなればなるほど、僕は小椋から何を聞き出せばいいのか困ることになる。勝って欲しいに決まっているし、チャンピオンを獲ってもらいたい。でも、「勝てますか? 勝てそうですか?」なんてことは絶対に聞いてはいけない戦いが続くのである。

文=遠藤智

photograph by Satoshi Endo