「サッカーではベテランですけど、大学のなかでは“若手”。まだまだ新人教員です」

 早朝から午前中はグラウンドで他の選手たちとともに練習をこなすと、午後はスーツに着替えてキャンパスに出勤。筑波大の助教として授業や研究活動を行う。

 “助教”と“プロサッカー選手”の2つの顔を持つ女子サッカー界のレジェンド、三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢は、40歳になった今もはつらつとした笑顔を見せていた。

 朝から晩までスケジュールはびっしりでも彼女から一切疲れのようなものは感じられない。むしろ生き生きしている。その表情がなによりも充実していることを物語っていた。

教壇に立つのは「サッカーよりも緊張する」

 現在、大学院ではスポーツマネジメント領域の授業を担当し、スポーツマネジメントに関することや、女子サッカーを例に女性スポーツの歴史や課題、世界の女性スポーツの発展についてなどの講義をしているという。さらに、自身の選手経験を活かし、世界と戦うためにどんなトレーニングを行ってきたのかトレーニングマネジメントを説くことも。今秋からは筑波キャンパスで大学の体育専門学群の女子学生たちにサッカーの実技授業を行っている。

 学生の頃から研究は行っていたが、教壇に立ち授業を行うのは人生初の経験だ。もともと人前で話すのが得意ではなかったという安藤にとって、多くの学生を前に授業を行うことは大きな挑戦。「サッカーよりも緊張しています」と苦笑いするが、それも今となっては慣れつつある。

「1つ1つやり慣れながら、今は少しずつ自信をつけられているのかもしれません。まだまだ、周りの先生に学びながら吸収してやっていくという感じはありますけど」

 もちろん選手としてもピッチでの輝きは色褪せてはいない。昨季は初年度となった女子プロサッカーWEリーグでベストイレブンに選出。福田史織や石川璃音、島田芽依らU-20代表世代から幅広い年齢層の選手で構成される浦和のなかで背番号10を背負う。若手に負けない存在感を示している。

 20歳前後年齢の離れた選手たちとのプレーも、安藤は「レッズレディースはユース代表に選ばれた経験のある選手がすごく多いんですよ。A代表に選ばれる選手もたくさんいるので刺激をもらっています」と楽しんでいる。

 ただ、彼女たちの能力を評価する一方で、世界一を知る安藤ゆえに、若手に対する要求は高い。

「実際に選手それぞれと話をすると熱いものを持っていて、『悔しい』という気持ちがあるとか分かるんですが、ピッチではスマートというか。がむしゃらにぶつかってこないので、少ししつこく付きまとうように言うこともあるんですよ(笑)。例えば、『悔しいんだったら、悔しいという感情を出してほしい』とか、『自分のサッカーに対する想いをピッチで表現しないとアピールにならないよ』とか」

 それは安藤が8シーズンプレーしたドイツ・ブンデスリーガでの経験が大きい。

苦手だった自己表現を学んだ海外生活

「私も海外に行ったばかりの頃は自分を表現することが苦手でした。例えば、海外だと監督の目の前でスライディングして相手からボールを奪うとそれがアピールになり、ファウルされたらめちゃくちゃ悔しがり、ゴールを決めたらすごく喜ぶとか感情表現しないと評価されないところがあって。だから、『それでは海外で通用しないよ』『どんどんアピールしていかないと』という話は若手によくしています。

 実はついさっきも練習でそんな言葉をかけてきたところなんですよ(笑)。プレーが上手くいかず元気のない選手がいたので、『落ち込んでいる暇はないよ』って。矢印をすべて自分に向けて練習をやっていかなければいけないんだって」

 ピッチ内で気を付けているのは一方通行にならないようにすることだ。安藤は必ず若手にも意見を求める。海外から帰って来たばかりの頃は、年齢差もあり若手が遠慮して意見を言ってきてくれないと感じていたが、最近は“私はこう思ったんです”“こうして欲しい”と要求してくることも増え、「その変化がうれしい」と顔をほころばせる。

「私が言うことがかならずしも100%正しいとも思わないし、なにより選手個々が持っている考えとか意見を出しあって高め合うこと大切だなと思うので」

 世界の女子サッカーを見渡すと、クラブレベルではバルセロナ・フェメニが快進撃を見せ、代表レベルでもオランダ、イングランドなど欧州の国々がめきめきと力をつけるなど勢力図が大きく変化してきている。特に近年は欧州での女子サッカー人気が高まっており、多くの観客動員を記録している。そのクオリティはリバプールの指揮を執るユルゲン・クロップも絶賛するほどだ。

 一方のなでしこジャパンは2011年W杯優勝以降、2012年のロンドン五輪、2015年W杯で銀メダルを獲得しているが、以降はW杯や五輪の舞台では表彰台から遠ざかり、世界との距離が広がっているように見える。安藤も「日本もそれに引き離されずにいかなきゃいけない」と危機感を訴えた。

「パスワークや連動性は日本人の強み。U-20世代は今年のコスタリカの大会で準優勝していますし、技術的にも優れている。ただ、20歳を超えてからの強化をどう考えるかですよね。私がドイツでプレーしていたときに感じたことがあるんですが、ドイツは足下(の技術)がなくても、ジャンプ力やキック力、足の速さが突出している選手が代表に選ばれていて、その一人が今はドイツ代表のエースとして世界的な選手になって活躍しているんですよ。そう考えると、もちろん日本の良さを引き出すための戦い方は大前提としてあるなかでも、今後はこれまでとは違った視点からの発掘や強化方法も必要になってくるんじゃないかなと思っています」

個性派集団が結束して掴んだ“世界一”

 さらにこう続ける。

「女子サッカーのレベルも世界的に向上しているので一概には言えないのですが、優勝したときは、日本のパスワークが世界に称賛されましたが、私自身は徹底した守備があって良い攻撃につながっていたと感じています。スライディングやヘディングの競り合いなどもかなり練習していました。球際で全員がハードワークして粘り強くひたむきに戦うというのがなでしこらしさの一つなのかなと思います」

 2011年W杯では安藤をはじめ、澤穂希、永里優季、宮間あや、大野忍ら個性的な顔ぶれが揃った。

「あの時は選手同士でよく話をしましたね。実はW杯に入るときはあまりうまくいっていなかったんですよ。大会が始まってから試合を重ねるたびにチームが強くなっていったというか、まとまっていったというか。一戦一戦、選手同士で意見を言い合い、話し合ったのはプラスになりましたね」

 あれから10年以上が経ち、当時のメンバーはそれぞれの道を歩んでいる。

 鮫島彩や岩清水梓、近賀ゆかりら現役としてプレーする選手もいるが、エースの澤や大野、宮間、海堀あゆみはすでに現役を引退。最近、妊娠を発表した丸山桂里奈はタレントとして大活躍中だ。

「澤さんはメンタル的にも『チームが勝てる』と思わせてくれる特別な存在でした。チームが少し劣勢になったときに、相手のエースからボールを奪ってスイッチを入れてくれたり、苦しいときにゴールを決めてくれる、特別な力を発揮してくれた先輩。今も『あんなふうになりたいな』と憧れる存在です。

 桂里奈はあれほど芸能界でブレイクするとは思っていなかったですけど(笑)、素のままで活躍している姿を見て、同級生としてうれしいです。また違う競争の激しい世界で生きている姿を見ると、『やっぱりメンタルが強いな』と感心しますね。桂里奈は代表ではスーパーサブ的な存在で、試合では残り5〜10分で途中出場ということも多かったんです。先発で出場したいという選手が多いなかで、『スーパーサブが自分だ』と、自分の役割にフォーカスしていました。一度、後半の頭から途中出場した試合があったんですが、試合後、『今日はちょっと(出場時間が)長かったな』と話をしていたので、“そんな考え方もあるんだ!”と衝撃を受けたことをよく覚えています(笑)」

「一度も引退を考えたことはない」

 さまざまなキャリアを歩む仲間たちの一方、セカンドキャリアの難しさを感じるニュースも聞こえる。かつてW杯決勝で対戦したアメリカ代表のレジェンド、FWアビー・ワンバック(42歳)は2016年に飲酒運転で、同GKホープ・ソロ(41歳)は公務執行妨害、飲酒運転の疑いで逮捕された。海外には波乱の人生を送る選手も少なくない。

 安藤自身も「30歳を過ぎたら引退だと思っていた」と笑うが、40歳となった今「たった一度も引退を考えたことはない」とキャリアを振り返れるのは、自分自身が“最高の実験台”であることに気づいたからだろう。もう1つの“顔”である研究者という一面を見出したことは、自身をポジティブな方向へと導いている。

「一度、体力的に落ち込んだときもありましたが、『こんなトレーニングしてみたら戻るかな?』と新たなことにトライしたら、コンディションがぐんと上がったんですよ。試合に出られなくなったら、ネガティブになるよりも燃えてくるタイプ。見返してやるんだって(笑)。自分のなかで結果として示せるかどうか。こんなにも刺激的なチャレンジはないですよ。サッカーの魅力だと思っています」

 何度も世界の壁を痛感し、「自分がやっていることは正しいんだろうか」と立ち止まることもあった。それでも絶対に成し遂げるという強い想いや信念によって「世界一」を実現した。

 40歳という年齢にとらわれず、自分自身にフォーカスする。世代を代表するアスリートとして、安藤はピッチ内外でこれからも存在感を示していく。

文=石井宏美

photograph by URAWA REDS