まだ令和が始まる前、2019年の1月中旬のことだ。東京ドームのグッズショップには「ありがとう長野久義」コーナーができていた。

 巨人にFA入団する丸佳浩の人的補償での広島移籍が決まった数日後、店のど真ん中の棚を全部使って展開という異例のチョーさん送別祭。苦楽を共にしたG党も、彼が華麗に飲み歩いた東京の夜の街も泣いていた。退団選手や背番号変更の選手は、通常別コーナーでまとめてセール販売されるケースが多いが、長野の場合は値引き等も一切されていない。それでも、タオルやTシャツといった定番モノから、ティッシュケースまで片っ端から背番号7グッズをカゴいっぱいにいれるファンの姿も目立った。

 09年のドラフト1位で入団以来、新人王や首位打者に輝き、在籍9シーズンで計1271安打、137本塁打を放った功労者との突然の別れ。当時、ファンは原監督の3度目の復帰や丸佳浩獲得の喜びが霞むほどの衝撃を受けたが、長野本人は決して感情的にならず冷静に「なぜカープはあんなに強いのか、ずっと知りたかった。中に入ればきっとそれが分かるでしょう。新しい野球を勉強できるのは、本当に楽しみです(19年1月11日付「東京スポーツ」)」と大人のコメントをしていたのが印象深い。己の混乱や悔しさよりも、まずはリーグ3連覇中のカープを立てる。長野久義という選手はプレーだけでなく、その気遣いと人間性込みで愛された選手だった。

「やっぱり巨人で脱ぐべきではないか」

 そして、22年秋、再び長野はファンを驚かせる。今度は無償トレードで巨人への電撃復帰だ。出るときも、戻るときも衝撃をもたらす男。今回の移籍劇について、広島の鈴木清明球団本部長は「彼は2度もドラフト(指名)を拒否している。巨人に入りたくて、巨人を貫いた選手。いつかユニホームを脱ぐことがあるとしたら、やっぱり巨人で脱ぐべきではないかと思っていた(22年11月3日付「スポーツニッポン」)」と明かし、本人の野球人生を考え広島側から打診したものだったという。

 もちろん、そこには人情だけではなく、シビアな現実もある。長野は今季、自己ワーストの58試合の出場に終わり、打率.211、3本塁打、15打点、OPS.594とプロ入り以来最低の1年を過ごした。推定年俸は1億2000万円と高額だが、広島在籍の4年間で100試合以上に出場したシーズンはなく、数字的にすでにピークを過ぎているのは否めないだろう。

 思えば、25歳で巨人入りして、入団から5年間で放った通算安打数767本は、日本人選手としては長嶋茂雄や青木宣親を抑えてNPB歴代最多記録だった。11年から3年連続で外野手部門のベストナインとゴールデン・グラブ賞をダブル受賞。いわば、プロ野球史上屈指の完成された“超即戦力ルーキー”だった長野も、この12月で38歳になる。あれから、長い時間が経ったのだ。

「引退した亀井善行の穴はやはり大きかった」

 さて、巨人復帰後の長野久義に期待される役割はどういうものになるのだろうか? とにかく今季の原巨人は外野の人材不足に悩まされた。

 20発クインテットを形成したウォーカーとポランコの両翼を守る両助っ人は守備に不安があるため、終盤にはベンチに下がるケースも多かった。途中出場するのは重信慎之介(打率.216、0本塁打)、若林晃弘(打率.200、0本塁打)、松原聖弥(打率.113、0本塁打)といった伸び悩む中堅選手たちで、攻撃力が大きく低下。さらに代打陣も40歳の大ベテラン中島宏之頼みという層の薄さを露呈するなど、昨季限りで引退した亀井善行の穴はやはり大きかった。

 恐らく、長野にはこの晩年の亀井が担っていた“外野のバックアッパー”兼“勝負どころの代打”という役割が期待されることになるだろう。自身の私生活やバックボーンを語ることはほとんどない長野だが、珍しく10年前の12年に東京ドームで配布されたプレーヤーズ・プログラムで、「遠征の必需品はこだわりのシャンプーとコンディショナー」とプライベートでの風呂好きをカミングアウト。重要な情報として「飲んだ時はカラオケでドリフターズの『早口言葉』をみんなでマイクを回して歌う」なんて素顔もチラ見せ。さらに「子どもの頃に憧れていた選手」について、貴重なコメントが掲載されている。

「大道(典嘉)さんです。僕は九州出身なので福岡ドームに試合を観戦しに行ったときにはダイエー時代の大道さんをよく応援していました。とにかく渋いし、勝負強い!! 」

 のちに第2次原政権の巨人でも、代打の切り札として活躍した大道に憧れていたという長野少年。無類の勝負強さを誇る「代打・大道」は幾度となく原巨人を救い、08年6月21日ソフトバンク戦では、9回二死走者なしの場面で完封勝利目前の杉内俊哉から、東京ドームの左中間席へ起死回生の代打同点アーチをかっ飛ばした。なお、その試合で延長12回に執念のサヨナラ打を放ったのは木村拓也である。当時、大道は38歳、木村が36歳。まさに今の長野と同年代である。あの頃の巨人は、彼らのような移籍組の仕事人たちがベンチに控えるプロの集団だった。今度はベテランになった長野が、大道やキムタクのように、勝負どころのジョーカー役としてチームを支える番だ。

“サカチョー・リターン”「まだ始まっちゃいねえよ」

 主力陣への後方支援といえば、“サカチョーコンビ”を組み12年に最多安打のタイトルを分け合った盟友・坂本勇人のサポート役も求められるだろう。

 今季の生え抜き最年長野手は、88年生まれの坂本である。正直、阿部慎之助や亀井の現役引退後は、ときに坂本がグラウンドで“孤高”というより、“孤独”に見えたのも事実だ。キャプテンの4歳上の長野ならば、その文春砲……じゃなくてグラウンド上の負担をワリカンできる。度重なる故障で不本意な1年を送った背番号6にとって、兄貴分の復帰は心強い。「チョーさん、俺たちもう終わっちゃったのかなあ」「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」的な『サカチョー・リターン』新章に乞うご期待だ。

 さらにチームは先日のドラフト会議で、高校通算68発のスラッガー浅野翔吾(高松商)と萩尾匡也(慶大)という球団初の1、2位外野手指名をしている。彼らにとって同じ右打ち外野手の元ドラ1長野は格好のお手本になるだろう。なお現在、ポランコやウィーラーの来季去就は流動的だが、長野は幼少時に英会話教室に通っており、一時は国際スカウトの仕事に興味を示すほどで、外国人選手とのコミュニケーションはお手のもの。異例の秋季練習に参加して外野守備の上達を目指すウォーカーの良き相談役に適任かもしれない。

「困った時のカメちゃん」→「困った時のチョーさん」

 考えれば考えるほど、まさに絶妙なタイミングで実現した電撃復帰。今思えば、前回の巨人時代後期の背番号7は、選手としてのテーマが見えにくかったのも事実だ。特に右膝を故障した14年以降は、熾烈なレギュラー争いやタイトル争い的な分かりやすいストーリーはほとんどない。優勝時の日刊スポーツ手記で入団時の経緯から「(自分は中央に座る)ヒーローになんかなれない。集合写真は端っこがいい。フラッグを持って先頭を歩くより、隅を歩いて、みんなの喜ぶ姿を眺めていたい」なんて書くように、あえて一歩引いているようなスタンスはときに周囲にもどかしさすら感じさせた。なんとかそんな状況を打破させようと、高橋由伸監督1年目の16年に2カ月近く4番起用されたこともあったが、やがて打線の中心は外国人選手や若い岡本和真が担うようになり、18年開幕戦を長野は静かに「7番右翼」で迎えるという状況だった。そのオフには人的補償で広島へ移籍していくことになる。

 だが、今度の帰ってきたシン長野にはハッキリとした無数のテーマがある。もちろん前回在籍時のようなバリバリのレギュラーというわけではないかもしれない。それでも、ベンチの貴重なバックアッパー、坂本キャプテンのサポート、新人の先生役、助っ人の相談役という多くの仕事が38歳になる長野には託されるだろう。かつて原監督は、亀井の万能性から、長いペナントレースで頼りになる「困った時のカメちゃん」というタツノリ語録を残したが、来季の巨人のキーワードは「困った時のチョーさん」である。

 そして、なによりこういった戦力面はもちろん、シーズン後半にほぼ明るい話題のなかった巨人が、今オフのドラフトで逸材・浅野を引き当てたことと、直後の長野復帰でファン間の雰囲気も一変した。そのチーム内の空気を軽やかに変える「長野効果」だけでも、獲得した意味は十分にあるのではないだろうか。

 お帰り、チョーさん――。チームに「競争と刺激」をもたらすのがドラフト1位浅野翔吾ならば、「安心と安定」をもたらすのがベテラン長野久義の復帰なのである。

 See you baseball freak……

文=中溝康隆

photograph by JIJI PRESS