近年、凱旋門賞での苦戦が続く日本勢。かつてあと一歩まで迫った世界の頂は、なぜ遠ざかってしまったのか。長く海外競馬評論の第一人者として活躍する合田直弘氏に、「凱旋門賞の攻略法」をテーマに話を聞いた。(全3回の1回目/#2、#3へ)

 2022年10月2日、パリロンシャン競馬場。101回目の凱旋門賞を制したのは、ルーク・モリス騎手が騎乗したイギリスの5歳牝馬アルピニスタ(マーク・プレスコット厩舎)だった。

 悲願の初制覇を目指す日本からは、タイトルホルダー、ステイフーリッシュ、ディープボンド、ドウデュースの4頭が参戦。それぞれ脚質や血統、臨戦過程が異なるラインナップだけに善戦が期待されたが、最高着順はタイトルホルダーの11着と、またしても世界最高峰の高い壁に阻まれる結果となった。

 この惨敗を受けて、競馬関係者やメディア、ファンの間でさまざまな“敗因”が取り沙汰された。日本とは大きく異なるロンシャンのタフな芝やコース形態、レース直前に降り出した雨による馬場の悪化、現地での調整の難しさ、あるいはクラシックディスタンス(2400m)における欧州馬との力関係……。求められる能力の違い、競争条件の厳しさから「そもそも凱旋門賞へのチャレンジは無謀なのでは?」といった悲観論も散見された。

“世界の合田”もため息「どうすれば勝てるのか…」

 競馬評論家の合田直弘氏は、凱旋門賞制覇への道のりが「迷宮に入り込んでしまった感じがありますね」とため息をつく。

「これまで、日本の関係者が大変な努力と工夫を重ねてきたことは疑いようもありません。日本馬の能力自体も高くなっていますし、調教技術や輸送のノウハウも蓄積されて、ジグソーパズルの最後のひとつ、ふたつのピースをはめる段階までやってきていた。しかし近年は、最後のピースがはまらないどころか、むしろ迷彩が施されてパズルの全体像が見えなくなってきている。今年もタイプが違う4頭がまったく異なるアプローチで挑戦したにもかかわらず、ああいった結果になってしまいました。多くの人が感じているように、『どうすれば勝てるのか……』というのが率直な気持ちです」

 合田氏のいう「迷宮」や「迷彩」とはどういったニュアンスなのだろうか。その表現を選んだ理由として、近年の凱旋門賞における苦戦だけではなく、2頭の日本馬の海外での好走があるという。

「2021年のBCディスタフを制したマルシュロレーヌ、そしてフォレ賞で2年連続3着に入ったエントシャイデン。この2頭の活躍で、正解がわからなくなってしまったんですよ(笑)。マルシュロレーヌは素晴らしい馬ですが、日本のダート界の最強馬というわけではなかった。にもかかわらず、ハイレベルな内容のBCディスタフを勝ちきりました。そしてエントシャイデンも、田んぼのような馬場のロンシャンで行われたGIで2年連続3着です。日本では重賞未勝利のオープン馬で、軽い芝が向いているとされるディープインパクト産駒なのに……。どちらも非常に立派な成績ですが、解釈によっては『環境の違いや馬場の悪さは言い訳にならない』という話にもなってしまう。この両馬の好走を論理的に説明できないことには、凱旋門賞へのアプローチの正解も見えてこないんじゃないでしょうか」

エルコンドル式の長期滞在が「現実的ではない」理由

 では過去の好走馬から、ヒントを見出すことはできないのだろうか。

 これまで凱旋門賞で2着に入った日本馬は、1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、2012年と2013年のオルフェーヴルの3頭だ。そのうちエルコンドルパサーは、春から長期間フランスに滞在し、イスパーン賞2着、サンクルー大賞1着、フォワ賞1着というステップを踏んで馬を現地仕様に“チューニング”した。迎えた凱旋門賞では、悪天候で緩んだ馬場や斤量差というディスアドバンテージがありながら、同年の仏愛ダービー馬モンジューと半馬身差のマッチレースを演じてみせた。

 そうした成功例があるだけに「有力馬をフランスに長期滞在させればいいのでは?」といった意見が出ることもあるが、自身もエルコンドルパサーの遠征に携わった合田氏は「残念ながら、やれない理由が多すぎる」と語る。

「エルコンドルパサーの場合は個人馬主さんだからできたのであって、あんなに費用と手間のかかる遠征というのは、ちょっと現実的ではないですね。現在の日本競馬界は有力馬の多くがクラブ法人の所有馬ですから。費用対効果を考えると、クラブの会員さんを納得させるのはまず不可能だと思います。近年ではディアドラがイギリスに長期滞在して活躍しましたが、個人馬主であっても、ああいったチャレンジはなかなか難しいでしょう」

オルフェーヴルの無念「あの年じゃなければ…」

 2010年の凱旋門賞では、エルコンドルパサーと同じ二ノ宮敬宇厩舎・蛯名正義騎手のナカヤマフェスタが、フォワ賞をステップに英ダービー馬ワークフォースからアタマ差の2着に激走した。着差だけを見れば日本馬がもっとも凱旋門賞制覇に近づいたレースであり、それまでのナカヤマフェスタの戦績が必ずしも圧倒的なものではなかったことから、多くのファンや関係者が「頂は遠くない」と感じたことだろう。

「ナカヤマフェスタの好走は、陣営の経験値の積み重ねによるものだったと思います。チームとして桁違いのノウハウを持っていたことに加えて、海外で非常に強い父ステイゴールドという血統も大きかった。ステイゴールド自身が、現役時代に海外で国内以上のパフォーマンスを見せたことは周知の通りです。人間の経験と血統的背景。それらが完璧にハマったことで、ワークフォースにあれだけ迫ることができたのだと考えられます」

 また、2年連続2着のオルフェーヴルの場合、誰の目にも明らかなほど絶対的な能力の高さが際立っていた。同馬を「日本競馬の歴史を振り返ってみても、あれだけの能力を持っている馬はほとんどいない」と評する合田氏は、めぐり合わせの悪さを嘆くほかない、といった口ぶりでこう語った。

「ソレミアに差された2012年の斜行(直線で内にささり、クビ差の惜敗)もね、オルフェーヴルらしいといえばオルフェーヴルらしいんですが……。2013年はトレヴという、凱旋門賞の長い歴史のなかでも稀有な1頭にぶつかってしまった。不運のひとことで片付けてはいけないのかもしれませんが、『あの年じゃなければ』という気持ちはあります。モンジューに敗れたエルコンドルパサーだってそうですよ。しかし、相手関係のめぐり合わせまで考慮すると、『人事を尽くせばなんとかなる』というものでもないのかもしれません」

<#2、#3へ続く>

文=曹宇鉉

photograph by AFP/JIJI PRESS