近年、凱旋門賞での苦戦が続く日本勢。かつてあと一歩まで迫った世界の頂は、なぜ遠ざかってしまったのか。長く海外競馬評論の第一人者として活躍する合田直弘氏に、「凱旋門賞の攻略法」をテーマに話を聞いた。(全3回の2回目/#1、#3へ)

 もう少し、あとほんの少しで頂に手が届くはず――。そんな期待もむなしく、2013年のオルフェーヴルとキズナ(4着)以降、多くの日本馬が凱旋門賞に挑戦したにもかかわらず、5着以内に入ることができていない。トレヴやエネイブルといった“怪物級”の名馬と遭遇する・しない以前の段階で、勝負のステージにさえ立てていないのが現状だ。

海外の関係者「日本馬は起伏のないトラックで強いね」

 なぜ日本馬は凱旋門賞で好走できなくなってしまったのか。日本屈指の海外競馬通・合田直弘氏は「非常にタフなロンシャンの馬場、それを生む現地の気候など複合的な要因があり、難しいですが……」と前置きしつつ、ひとつの課題としてコースの高低差をあげた。

「ヨーロッパの関係者がよく言っているのは、『日本馬は起伏のないトラックで強いね』ということ。これはその通りで、ドバイ、香港、サウジアラビア、それからアメリカなど、フラットに近いコースで走れば日本馬は本当に強い。それはいまや海外でも共通認識になっていて、『このレースは日本馬が出るから避けよう』という話も耳にします。一方で現在も苦戦しているのは、やっぱり坂なんですよ。特に上り坂は大きな課題だと思います」

 凱旋門賞が行われるパリロンシャン競馬場の高低差は10m。また、ロイヤルアスコット開催やキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS、英チャンピオンズデーの舞台であるアスコット競馬場は20mと、日本でもっとも高低差の大きい中山競馬場(5.3m)の約4倍という厳しいコースとなっている。

「いまにして思うと、2006年にハーツクライがキングジョージで3着に入ったのは歴史的な好走だったんだな、と。あのアスコットで、ハリケーンランやエレクトロキューショニストと大接戦ですから。みなさんあまり言いませんが、ステイゴールド産駒だけでなく、ハーツクライの子も海外で強い馬が多い。ジャスタウェイやリスグラシュー、アメリカで走ったヨシダもそうですね。なんにせよ、日本馬がいま克服しなきゃいけないファクターのひとつは『坂をどうするか』ということだと思います」

「ロンシャンと相関性のあるコースは日本にはない」

 たとえば、中山競馬場の2500m(有馬記念)や、阪神競馬場の2200m(宝塚記念)など、直線に上り坂があり、日本のなかで相対的にタフだとされるコースで結果を残した馬に“適性”を見出すことはできないのだろうか。

「ロンシャンの2400mに関していうと、相関性のあるコースは日本には存在しないと思います。東京や中山、阪神の直線に坂があるといったって、せいぜい1.8mから2.2m。中山の急坂を駆け上がることができたからといって、ヨーロッパの坂を同じように上がれるとは思っちゃいけませんね」

 クロノジェネシスやタイトルホルダーなど、有馬記念や宝塚記念を制した馬が近年の凱旋門賞で苦戦を強いられているだけに、この見立てには説得力がある。一方で、合田氏は「相関性ということでいえば……」と例外をあげてくれた。

「東京競馬場の2000m、あるいは2400mと、8月なかばにイギリスのヨーク競馬場で行われるインターナショナルSやヨークシャーオークスには相通じるものがあると思います。同じ左回りで、直線が長く、芝のカットも短めで、ヨーロッパのなかでは比較的クイックなグラウンド。今年のアルピニスタのように、近年ヨークシャーオークスは凱旋門賞のステップとしても機能しているので、牝馬の場合は選択肢に入れるのも面白いかもしれません」

英・愛・独のステップレースも選択肢に入れるべき

 凱旋門賞に挑むうえでの臨戦過程も、たびたび議論になるポイントだ。これまで、同じロンシャン2400mで行われるアークトライアルデーのニエル賞やフォワ賞からのローテーション、あるいは宝塚記念や洋芝の札幌記念からの“ぶっつけ本番”を多くの日本馬が採用してきたが、合田氏は「選択肢はもう少し広く持つべきでしょうね」と指摘する。

「アークトライアルデーを使うと、中2週で本番を迎えることになりますよね。同じコースを経験できるメリットはありますが、最近の日本馬はレース間隔を空ける馬が多いので、仕上げの難しさはあると思います。もう少しローテーションに余裕を持たせるのなら、先ほど申し上げた8月のヨークのインターナショナルSやヨークシャーオークス、そして9月上旬のアイリッシュチャンピオンS、それから重い馬場を経験しておくという意味で、ドイツのバーデン大賞も選択肢に入れていいんじゃないでしょうか」

 フランスでステップレースを使う意義として、しばしば「現地への順応」があげられるが、その効果について合田氏は疑問を投げかける。

「ヨーロッパの調教師さんは、よく『数週間じゃ馬は変わらない』と言っていますね。実際、長期滞在したエルコンドルパサーにしても、ディアドラにしても、ヨーロッパ仕様の走りになるまでに3カ月はかかりました。どのプレップ(前哨戦)を使うにせよ、順応に期待して使うというよりは、そのレースもしっかり獲りにいきつつ、ベストな状態で本番を迎えられるようにシェイプアップする、という意識がいいのでは。またレースを使わずに競馬場を体験させる“レースコースギャロップ”も含めて選択肢は無数にあり、どれが正解というわけでもないので、それぞれの馬に合った臨戦態勢を構築するのがベストだと思います」

「なぜ日本人はそんなに凱旋門賞にこだわるの?」

 他の海外GIと比較しても、こと日本における凱旋門賞のプレゼンスは突出している。コストやリスクを顧みず、何度打ち負かされてもチャレンジを続ける日本のホースマンたちの姿は、海外の関係者からは奇妙に映るかもしれない。

 合田氏も「以前は外国の方から『なぜ日本人はそんなに凱旋門賞にこだわるの?』と聞かれても、あまりロジカルに答えることができなかったんです」と苦笑するが、最近になって“正答”を見つけたという。

「なにせ2着が4回もあるわけで、ここまできたら、勝たないことにはやめられませんよね。誰もがそのシーンを見たいと思っているし、“日本で初めて凱旋門賞を勝った人”になりたい。外国の知人たちもこの答えには納得していました(笑)」

 合田氏は続ける。

「ご存知の通り、世界には凱旋門賞のほかにも素晴らしい権威を誇るレースがあります。でも、日本ダービーやジャパンカップは芝2400mで施行されていますし、日本はずっとその路線に重きを置いてきましたから。過去数十年の歴史を踏まえてみても、芝2400mのレースの頂点として凱旋門賞が目標になることは決して間違っていない。私はそう思います」

 幾度となく高い壁に跳ね返されても、あらゆる技術と経験を尽くして凱旋門賞制覇を目指す日本のホースマンたち。遠くない未来に、その努力が結実することを願うばかりだ。

<#3へ続く>

文=曹宇鉉

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