「23歳、24歳で日本代表の中心プレーヤーになる」

 2017年1月に筑波大学体育専門学群の1年生が、自己分析シートに書いた『なりたい自分』である。

 あれから5年と11カ月。中東のカタールでサッカー日本代表の三笘薫は、試合の流れを変える切り札となり、世界を驚かせ続けている。

「分かっていても止められない」理由

 プロ3年目の25歳でワールドカップのメンバーに初めて選ばれた三笘は、初戦のドイツ戦で1点を追う後半途中から出場した。一人で仕掛けて、絶妙のパスで局面を打開。同点ゴールのきっかけをつくると、逆転勝利の呼び水となる働きを見せた。2戦目のコスタリカ戦でも、0-0の62分からとっておきのジョーカーとして出場。ゴールにはつながらなかったが、終盤に見せた左サイドでの独力突破は大きな期待感を抱かせた。

 三笘のドリブルは、いまや日本の命運を左右する大きな武器と言っても過言ではない。本人もそこに特別なこだわりを持ち、大学時代に磨きをかけてきた。4年時には研究テーマとしても掘り下げ、自らをサンプルにして検証。ボールを持てば、ボディフェイントなどで駆け引きし、対峙する相手の重心が動く瞬間を見逃さない。筑波大で毎日のように1対1の相手を務めた山川哲史(現ヴィッセル神戸)は、よく頭を抱えていたという。その光景をグラウンドの脇でじっと眺めていた筑波大の小井土正亮監督が、懐かしそうに回想する。

「『何をしてくるか分かれば、守備側が有利だろ』と山川に言ったのですが、『それでも逆を突かれるんです』と話していました。分かっていても止められないんですよね」

あの「1mmアシスト」はなぜ生まれた?

 三笘はただマーカーをかわすだけではない。一瞬で相手を置き去りにするスピードで違いを生み出しているのだ。3戦目のスペイン戦では、その持ち前のスプリント力を攻守両面で発揮した。後半開始からピッチに入り、左アウトサイドから一気に加速して敵陣深くまでチェイシング。一人目にプレスをかけて、バックパスされた後も、さらに全速力でボールを追いかけた。そこから前田大然、伊東純也とプレスは連動し、堂安律の同点ゴールが生まれた。小井土監督は献身的に守備に奔走する背番号9を見ながら、あらためて成長を感じ取っていた。

「チームに求められている役割を攻守両面において果たせるようになっていますね。ワンランク上の選手になったと思います。ヨーロッパでウイングバックを経験したことも大きかったのかなと。コスタリカ戦ではプレスが少し緩いと思いましたが、その守備に対する後悔がスペイン戦につながっているようにも見えました。プレスだけでなく、左サイドの1対1でも振り切られる場面などなかったですから」

 類まれな走力は攻撃面でも存分に生かされた。1-1に追いついた3分後、堂安の鋭いグラウンダークロスに素早く反応。ゴールラインぎりぎりのところで追いつくと、左足で折り返し、田中碧の勝ち越しゴールを演出してみせた。ラインを割ったかに思われたものの、VARチェックでインプレーとなり、あらためて得点が認められた。

「あそこまで体の無理が利くのは、世界を見渡しても三笘だけかもしれません。彼だからこそわずか数ミリのところで追いついたと思います。とっさの反応ですよ。0から100に持っていく速さ。一歩目からスピードに乗っていけますから。集中力が研ぎ澄まされていましたし、スペイン戦に懸ける思いも出たんだと思います」(小井土監督)

「数歩でトップスピード」かつ「止まる」

 大学時代からアジリティーは群を抜いていたという。入試の実技テストから30m走はダントツの速さ。入学後、体育の授業を担当した陸上競技の跳躍を専門とする先生から「陸上選手並のバネを持っている学生が一人いた」と驚かれるほどの瞬発力を持っていた。さらに、三笘は持っているその能力をより伸ばすことに力を注いだ。筑波大で陸上の専門家から走る指導を受け、スプリント力の向上に努めたという。

「筑波大で陸上練習を積み重ね、わずか数歩でトップスピードに乗れるようになったと思います。プレーがよりダイナミックになりましたから。力を最大限に出して走ると、止まる動作のときにケガをする選手が多いのですが、そこもトレーニングしていました」(小井土監督)

 自己分析シートには『なりたい自分』になるために、いまの課題と今後自ら取り組むことを白いスペースにびっしり書き込んだ。そのなかには守備力を向上させて一歩を速く寄せること、スプリント回数を増やすこと、そして「走る、止まる」の強化も含まれている。

「大学生の頃から世界のステージで活躍することをイメージしながら自分と向き合い、着実にレベルアップしてきたから、いまの姿があるんだと思います。ワールドカップを見ていても要所で驚くことはありますが、総じて大きな驚きはないです。長年かけて準備していましたから」(小井土監督)

「彼のことを天才だと言う人もいますが…」

 大学卒業後の2020年、下部組織から育ってきた川崎フロンターレに戻り、プロ1年目から新人としては破格の13ゴール、12アシストをマーク。J1優勝に貢献し、年間ベストイレブンも受賞した。大学1年時に掲げた『川崎Fで10ゴール10アシスト』の目標を有言実行し、プロ2年目にはヨーロッパ移籍も実現。これもすべて自己分析シートに書いていたことで、ベルギーのロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズを経由し、今季からは世界最高峰、イングランド・プレミアリーグのブライトンでプレーしている。

「世界のトップを目指すサッカー選手にとって、大学で何者になれるか、分からない4年間を過ごすのは、精神的にきついところもあったかもしれません。それでも、目標に近づくためにどうすればいいのか、『なりたい自分』から逆算して努力していました。『すごい』だけではなく、地道に泥臭く一つひとつ壁を乗り越えてきたことも知ってもらえるとうれしいですね。彼のことを天才だと言う人もいますが、私は“自己改善”の天才だと思っています」(小井土監督)

 日本代表の中での立ち位置は、もはや確固たるものと言っていいだろう。グループステージでは3試合とも先発メンバーに名を連ねてはいないが、余人をもって代えがたい存在となっている。遠く離れた日本から、サポーターの一人として応援しているという小井土監督は言葉に力を込める。

「大学当初、描いていた『なりたい自分』にはなれていると思います。いまはワールドカップ日本代表の中心選手どころか、キーマンですよね。切り札として、絶対的な一人。決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦も三笘らしいプレーを見せて、日本中を笑顔にさせてほしいです」

 最上階が見えない階段を駆け上がる野心家は、カタールでまた一段、二段と上り詰めていくはずだ。

文=杉園昌之

photograph by Kichi Matsumoto/JMPA