日本代表はカタールW杯でアジア史上初となる「2大会連続決勝トーナメント進出」を果たした。その一方でベスト8以上、さらには「2050年大会での初優勝」を達成するためには何が必要なのか。各種データや南米の強国、育成年代指導者の言葉などを参考にしながら考えてみた(全4回のうちの3回目/#1、#2、#4も)

 ワールドカップ(W杯)カタール大会グループステージ(GS)のドイツ戦とスペイン戦でいずれも同点ゴールを決めて逆転勝ちに大きく貢献したMF堂安律(フライブルク)は、大会後、「自分はまだ力不足。もっと個人能力を上げなくては」と語った。

 日本代表の主力であるMF鎌田大地(フランクフルト)も、「自分を含め、欧州ビッグクラブで主軸を担う選手がどんどん出てこないと……」とコメントしている。

 2002年W杯で日本代表を率いて初のベスト16入りを達成したフィリップ・トルシエは、「この20年で日本はアジアでは指折りの強国となった。しかし、世界の強豪国との差はあまり縮まっていない」として、「日本は選手育成システムを根本的に見直すべきだ」と提唱する。

 日本サッカー協会の反町康治技術委員長も、「個の力を上げること」の重要性を強調している。個の力を高めるには、優れた選手を継続して育成する合理的で効率の良いシステムを整備しなければならない。

選手育成システムが大きく異なる中で

 現在、日本人選手で最も市場価値(以下すべて移籍専門サイト『transfermarkt』より)が高いのはMF鎌田の3000万ユーロ(約42億円/26歳)だ。以下、DF冨安健洋の2500万ユーロ(約35億円/24歳/アーセナル)、堂安の1500万ユーロ(約21億円/24歳)、MF久保建英の1200万ユーロ(約17億円/21歳/レアル・ソシエダ)と続く。

 一方、世界で最も市場価値が高いのはFWキリアン・エムバペの1億8000万ユーロ(約252億円/24歳/フランス代表=PSG)、FWビニシウスの1億2000万ユーロ(約168億円/22歳/ブラジル代表=レアル・マドリー)、FWネイマールの7500万ユーロ(約105億円/30歳/ブラジル代表=PSG)らで、日本のトップ選手の数倍。日本の選手育成システムにおける最高傑作であっても、世界のトップ選手には及ばない。

 持って生まれた身体能力の違いもあるだろうが、日本と欧州、南米の強豪国とでは選手育成システムが著しく異なる。

 欧州や南米では、プロ選手はほぼ100%、プロクラブのアカデミーで育成される。日本のような中学、高校の部活動は存在しない。大学のチームでプレーした選手がプロになることもまずない。

過去W杯7大会、どのような経緯で育成されてきたか

 育成年代の選手たちは中学や高校に通いながら、プロクラブのアカデミーから生み出される。通常、アカデミーにはU-15、U-17、U-20のカテゴリーがあり、U-13以下やU-23のカテゴリーを持つクラブも少なくない。中学、高校、大学といった教育機関のアマチュアチームで育成されてプロになる選手がいるのは日本、韓国、アメリカ、カナダくらいだ。

 1998年以降のW杯に出場した日本代表選手がどのような経緯で育成されたかを調べてみた。

98年:Jアカデミー0人(0%)、高校8人(36%)、大学13人(60%)、その他1人
02年:Jアカデミー5人(22%)、高校13人(57%)、大学4人(18%)、その他1人
06年:Jアカデミー5人(22%)、高校15人(57%)、大学2人(9%)、その他1人
10年:Jアカデミー5人(22%)、高校15人(57%)、大学2人(9%)、その他1人
14年:Jアカデミー9人(39%)、高校11人(48%)、大学2人(9%)、その他1人
18年:Jアカデミー10人(43%)、高校10人(43%)、大学2人(9%)、その他1人
22年:Jアカデミー11人(22%)、高校5人(19%)、大学9人(35%)、その他1人

 注:「その他」は、呂比須ワグナー、三都主アレサンドロ、田中マルクス闘莉王、久保建英のように外国のプロクラブのアカデミーで、あるいは香川真司(シント・トロイデン)のようにアマチュアクラブで育った場合。

 年を追ってJクラブのアカデミー育ちの選手が増えており、カタール大会では初めて高校の部活動出身の選手を上回った。その反面、アカデミーや高体連経由で大学の体育会で育った選手が増えており、高校と大学を合わせると、これまでと同様、半数を超える。

 日本と欧州、南米では選手を取り巻く社会環境がかなり異なる。

 伝統的に、日本のトップ選手は高校や大学のチームで育成されてきた。また、日本は学歴社会であり、プロになれなかったりプロで活躍できなかった場合を考えると、学校のチームでプレーするメリットは大きい。

理不尽な旧来の部活スタイルから“自主性”へ

 しかし、世界の強豪国との実力差を大急ぎで縮め、2050年までにW杯で優勝することを本気で目指すのであれば――日本的な大前提があるとしても、指導者や選手の家族は以下のような指導を念頭に置く必要があるのではないか。

1)選手の自主性を尊重し、楽しく練習をさせる。教え過ぎない。選手を叱ったり怒鳴ったりして萎縮させない。

 これはすべての育成年代において言えることだろう。

 元日本代表FW大久保嘉人は、小学校3年のときにスポーツ少年団に入ってフットボールを始めた。国見中を経て、猛練習で知られる国見高校へ進んだ。

 当時を振り返って「部活は理不尽なことだらけ。でも、それに耐えたことがプロになって生きた」と語ったこともあった。しかし、引退して4児の父となった今、「サッカーに関して、子供にはあまり指図しないようにしている」とメディアで語っている。

「僕が小さい頃は、怒られながら指導されるのが当たり前だった。でも、あれはやる気をなくす。『ここは良かったが、こう改善した方がいい』と言ってもらえると、『もっと頑張ろう』という気になる。褒めながら育てる方がいいと思う」

 またスペインとドイツでプレーした経験を踏まえ、「海外の選手は皆、サッカーを楽しみ、日々、『どうすればもっとうまくなれるのか』と考えながら練習している。そういう環境から、世界のトップ選手が出てくる」と語る。

 スポーツに限らず、「他者から命令されてやる」のと「自発的に努力をする」のとでは、長い目で見れば成果が全く異なる。指導者や父兄に叱られ、怒鳴られて練習をすれば、短期的には効果を発揮することがある。しかし、それでは長続きしない。

ブラジルでは「体罰、暴言は違法。指導者は職を失う」

 日本では、育成年代であっても大会で好成績を上げることが“勲章”となることが多い。このため勝利至上主義に陥りやすく、体罰、パワハラ、しごき、暴言などを引き起こしかねない。

 高校の部活動に関しては『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(加部究)、部活全般が抱える問題については、『部活があぶない』、『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(いずれも島沢優子)などが警鐘を鳴らす。

 2012年末に大阪市立桜宮高校のバスケットボール部の部員だった男子生徒が顧問からの体罰を苦にして自殺した事件があって以来、「体罰は減少傾向にあるが、その代わりにパワハラ、暴言はむしろ増えている」と島沢優子氏は指摘する。

 ブラジルのあるビッグクラブのアカデミー責任者に日本のスポーツの育成現場におけるこれらの問題を打ち明けたことがある。すると「日本のような先進国でそんな野蛮なことが起きているなんて」と驚かれた。

「ブラジルでは似たようなことは起こらないのか」と尋ねたところ、「自分は、見たことも聞いたこともない。体罰も暴言も違法行為であり、そんなことをしたら選手とその父兄から訴えられて指導者は職を失うからね」という答えが返ってきた。

合理的で効率の良い練習をする必要性

2)練習では「量より質」を重視。合理的で効率の良い練習をする。

 かつて、日本では非合理的で効率が悪い長時間練習を強いる指導者がいた。そのため、選手たちは心身共に疲弊し、中学や高校の段階で燃え尽きてしまう者が多かった。

 たとえば、ランニング。かつて、日本の強豪校では過酷な走り込みをするのが通例だった。鹿児島実業高で厳しい指導を受けた元U-23日本代表DF那須大亮は、自身のYouTubeで「20日以上もボールに触らず、短距離、中距離、長距離の走り込みを命じられたことがあった」と明かしている。

 こちらもブラジルで選手育成に定評があるサントスのアカデミーの指導者に聞いたところ、以下のような答えだった。

「ランニングをするのは、基本的にウォーミングアップのときだけ。ボールを使った練習でたっぷり走るから、スタミナはそれで十分に養える。フットボールは、何も考えずに走るような単純なスポーツではない」

「長時間走らせても意味がない。選手に過剰な負担を与え、故障の原因となりかねない」

香川真司を18歳で抜擢したクルピの重い言葉

3)年齢ではなく実力で選手を起用する。

 2007年5月にセレッソ大阪(当時J2)の監督に就任するや否や、18歳になったばかりで控えのボランチだった香川をMFのレギュラーに抜擢したレヴィー・クルピは、「フットボールに年齢は関係ない。若くて経験がなくても、実力があれば躊躇せず起用する」と語る。

「私が『シンジを先発で使うぞ』と言ったら、日本人コーチは全員が大反対。『無謀だ』と言うんだ。日本人は、若い選手を使うのが怖いらしい。でも、我々ブラジル人はペレが16歳でデビューし、17歳でW杯に出て優勝したのを知っているからね」

 さらに、「シンジは、その1年前にセレッソへ入ったときから高い能力を持っていたはず。本当はもっと早くデビューしていてしかるべきだった」とまで語る。もし香川がもう1年早くデビューしていたら――さらに偉大な選手になっていて、日本のフットボールの歴史が変わっていたかもしれない。

 ブラジルでは、16歳や17歳でデビューし、経験を積んで急成長する選手がいる。日本の指導者も、若い選手を積極的に起用するよう心掛けるべきではないだろうか。

4)目先の試合に勝つことだけを目的とせず、できるだけ多くの選手を試合でプレーさせる。

 選手は試合に出場してこそ成長する、というのはあらゆるスポーツの常識だ。

5)指導者や上級生からの体罰、パワハラ、暴言は論外。

 これは説明するまでもないだろう。

 #4では、日本の選手育成の主体である中学、高校の部活動、Jリーグのアカデミー、大学体育会の現状をブラジルからの視点で検証し、改善すべきところがあるかどうか考えてみたい。

 <#4につづく>

文=沢田啓明

photograph by Kiichi Matsumoto/JMPA