日本にプロサッカーリーグが発足して30年余りが経った。Jリーグの下部組織(クラブユース)の登場以降、優れた能力を持つ選手たちの多くは、学校の部活ではなくクラブでサッカーをプレーするようになった。現在では育成年代の日本代表やその候補たちの大半が、中体連や高体連ではなくクラブユースの所属選手だ。
その一方で、A代表となると高校での部活経験者の比率は高くなる。先日のW杯カタール大会メンバーでも26名中13名と半数。もちろん、高体連とクラブユースに所属する選手の数は大きく異なり、クラブユースからトップチームに昇格できる選手の数にも限りがあるため、単純な比較はできないだろう。とはいえ、部活動経験者ならではの“強み”というのもあるのかもしれない。
かねて「子どもたちには部活を経験させたい」と話していたのが岡崎慎司だ。自身も兵庫県の滝川第二高校で高校選手権に出場している岡崎に、部活で得た学びと、ヨーロッパで活躍するうえで重要な“個”を育てるためのヒントを訊いた。(全3回の3回目/#1、#2へ)
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岡崎慎司を育てた滝川二高での経験
――岡崎選手は10年以上ヨーロッパで暮らしていますが、お子さんたちも現地の学校に通っているんですよね。
「はい。イギリス、スペイン、今はベルギーでインターナショナルスクールに通っています」
――そんな子どもたちに「日本の部活を経験させたい」と話していました。
「僕自身、滝川第二高校での経験が、非常にプラスになっていると実感しているからこそ、そんなふうに思うこともあります。もちろん、サッカーに限らずスポーツをするかどうかも含めて、子どもたち自身の意志を大切にしたいと考えています」
――滝川二高のサッカー部ではキャプテンも経験されていますね。
「2年時の高校選手権が終わった時点で、3年生から指名されました。僕以外にも適任者はいたので、想定外の出来事でしたね。滝川二高の黒田和生監督は、選手の自主性を重んじる方で、戦い方などを選手自身がミーティングをして決めていくんです。キャプテンはミーティングを進行し、その内容を監督に報告する役割がありました。でも監督は必ず『どうしてそういう結論になったのか?』と指摘するんです。だから、とことん話し合わないといけない。僕の要領が悪かったのもあるんですけど、とにかく大変な仕事でした。自分のことだけを考えていた1年、2年のころとは全く違う。チーム全体を見て、チームメイトのことも考えなくちゃいけない。完全にキャパオーバーでしたね。結果的に仲間に支えてもらったり、助けてもらったりしながら、なんとかキャプテンになれた。そんな感じですね」
――でも、自分のことだけでなく、チームを俯瞰して見たり、チームメイトのことを考えたり、いわゆる「フォア・ザ・チーム」の思考を磨く時間になったのでは?
「そうですね。客観的にチームやチームメイト、自分のことを見られる土台作りになったと思っています。プロになり、ヨーロッパに来ても『チームのために自分が何をすべきか』という視点を持ち、居場所を作ることができました」
「献身的な思考」が足かせになることも?
――ヨーロッパや南米、アフリカなど、海外の選手は自己主張力が強い印象があります。そういうなかで「チームのために」という思考を持てることは、しばしば日本人選手の強みだと言われます。
「僕もそうだと思っていました。その思考が自分の武器だと。でも、『チームよりもまずは自分』という選手たちと競争するうえで、『この思考が足かせになっているんじゃないか?』と考えることが、ここ数年増えてきました」
――チームメイトへパスを出すよりも、自分のシュートを優先する……。特に攻撃的なポジションはそういった選手も少なくないですよね。ステップアップするには、結果を残すことが一番ですから。
「海外の選手のそういうエネルギー、強さを前にしたとき、苛立ちや悔しさも当然感じます。だから僕自身も彼らのようにエゴイストになるべきだと考えたし、やろうともしたけれど、『自分らしくないな』と居心地の悪さを覚えるんですよね。自分らしさを貫くとか、いろいろ試行錯誤をしたけれど、簡単に解決するものでもなかった。これは僕だけでなく、多くの日本人選手が体験することだと思うんです。もしかしたらサッカーに限らず、ヨーロッパで仕事をする、暮らす人たちも感じていることかもしれません」
――日本と欧州の環境や文化、教育の違いがあるので、価値観も異なりますよね。
「ヨーロッパは個人主義というか、個々人が自立しているし、子どもであっても自分の考えを持ち、それを主張することが大前提にある。だからこその強さがあるんです。日本人にも日本人ならではの団結力や組織力といった強さはあります。でも、それだけでは、世界やヨーロッパで勝てない」
――ヨーロッパでサッカー選手として生き残るためには、そこに合った生き方に切り替える必要性があるんですね。
「はい。日本人の特性という武器だけではダメなんです。そういうことに気づき、技術やフィジカル以外のメンタル面で新たなものを身につける必要があるわけです。そう考えたときに、なんだか、遠回りしているなという感覚に陥ったんです。だから、これからヨーロッパに来る選手には、僕のような遠回りをしてほしくないから、いろいろ発信したいという想いも生まれました。同時に、日本でも子どものころから、選手個々の自立を促すような育成ができればいいんじゃないかと」
岡崎慎司が考える「部活の強み」とは?
――部活動では、体罰やスパルタな指導、パワハラなどが問題になることも少なくありません。けれど、かつてはそういったグループが結果を出してきました。
「前時代的な指導を否定して、変えようとしている指導者が増えている実感もあります。スパルタな指導で結果が出やすい、というのは、結局、子どもたちもある意味で楽なんですよね。指導者の言う通りすればいいので。それは最初から答えを教えてもらっているのと同じ。でも、自分で導いた答えではなく、与えられて答えを知ってしまうと、それ以上にはなれないのも事実だと思います」
――そういった課題もあるなかで、岡崎選手が部活に感じる魅力というか、「部活の強み」とはどういうものなのでしょうか?
「部活動というのは、学校という社会のなかの一部ですよね。だから、社会のなかにサッカーがあるんです。たとえば高校時代、黒田先生が授業の様子を見に来ることもありましたし、先輩や後輩、同級生など、サッカー部の人間関係もあれば、それ以外の人間関係もあります。そのぶんプレッシャーもサッカー以外の課題もある。サッカー選手として優れているだけでは、学生社会は成り立たないわけです。黒田先生がよくおっしゃっていた『人間性=サッカー』というのを肌で味わいながら、3年間を過ごせました」
――クラブユースだと学校生活とサッカーは切り離されていますね。
「当時はわからなかったけれど、そういう高校3年間の部活動って、社会に属しながら『課題を抱えつつも、自分のやりたいことを貫く』ということの疑似体験だったと思うんです。僕は高校生というエネルギーが有り余っている、多感な時期にその体験をできた。これは大きかったと思います」
――同時にサッカー選手としても、「自分のやりたいことを貫く」工夫や時間の過ごし方を学ぶことができた、と。
「そうですね。今はクラブユースでも、いろんな工夫を取り入れていると思います。日本は欧州とは違い、クラブだけでなく、部活動という環境もあるので、両者の良さを活かし、足りないところを補っていくような形になっているとも感じますね」
「大切なのは一人ひとりなんだという意識を」
――先にお話しされていた、選手個々が自立した、個を活かす育成という意味で、どういうことが必要だと思いますか?
「僕自身、指導者をやったことがないし、その現場を知っているわけではないので、選手目線の言葉として考えてほしいんですが……。グループの一員としてみんなで楽しんだり、悲しんだり、悔しさを味わったりしながら、あくまでも大切なのは一人ひとりなんだという意識を身につけてほしい。そのためにも、ヨーロッパの人が持っている『自己』の確立を促すことが求められるはず。そのうえで自然とまとまり、大きなエネルギーを生み出していく……。本当に難しいことですが、そういった個と組織のバランスが生まれれば、高校サッカーの魅力もさらに高まっていくと思います」
――ご自身が引退後、育成面でやってみたいことはありますか?
「引退後は指導者をやりたいという想いはあります。同時に、子どもたちの選択肢を増やしてあげたい。たとえば、『高校選手権に出る』とか『プロになる』という目標を強く持ちすぎると、卒業するときに燃え尽き症候群というか、やり切ってしまう、はじけ切ってしまう子もいる。すごいエネルギーを持った高校生たちだからこそ、そういう感覚になってしまうのも仕方がないですが、そうならないような指導が必要だと思うんです。負けたとか、プロになれなかったからといって、人生が終わるわけじゃない。サッカー以外の選択肢もあるだろうし、サッカー選手だとしても、大学や海外も含めていろいろな可能性があると目を向けさせてあげたい」
――ヨーロッパで長くプレーされている岡崎選手だからこそ、海外という選択肢もリアルに提示できるかもしれませんね。
「海外へ行けば誰もが活躍できるわけじゃないけれど、挑戦することの意味はあると思います。海外で戦える環境やそのために必要な力を提示できるような指導者になりたいと思っています」
文=寺野典子
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