ドイツ冬の移籍市場が閉まる直前に、元日本代表MF原口元気のウニオン・ベルリンからシュツットガルトへの移籍が発表された。
ウルスからは本当にいろいろ学んだ。楽しかったな。
シュツットガルトには日本代表MF遠藤航と伊藤洋輝が在籍しているとはいえ、ウニオンは現在ブンデスリーガ2位。ヨーロッパリーグ(EL)でも決勝トーナメント進出を果たしている。来季もEL、それどころか欧州チャンピオンズリーグ(CL)出場権獲得の可能性も十分あり、しかも再開後から2試合連続でスタメンで出ていたクラブから、残留争いをしているクラブへの移籍なので、ドイツ国内でも驚きをもって伝えられた。果たして移籍を決意したその背景にはどんな思いがあったのだろう。
カタールW杯による中断からの再開初戦となった1月21日のウニオン−ホッフェンハイム戦後のミックスゾーンで、原口は胸に去来する様々な思いを話してくれていた。
「ウニオンは見ての通り強い。チームとして非常にリスペクトできる。この1年半で学んだことは、すごくある。ウルス(・フィッシャー監督)からは本当にいろいろ学んだ。楽しかったなっていうのはあります」
ウニオンへの愛はとても強い。監督に対する恩もとても大きい。それは間違いない。ホッフェンハイム戦でスタメン出場した原口は63分にベンチへと下がったが、交代後もチームの勝利を願って、ベンチから熱い思いで試合を見守っていた。逆転ゴール時には同じく途中交代したヤニク・ハベラーと抱き合って喜び、そして終了間際にジェイミー・レーベリングのダメ押し弾が決まると、ベンチから誰よりも早く飛び出し、祝福へと駆け出した。はじける笑顔のまぶしさは、原口が心の底からこのチームのためにプレーしている何よりの証だ。
もうちょいくれないと困るなというのは正直あって
ただ、原口には同時に異なる思いもあった。
それは、自身が思い描くプレーとチームが求める役割との間にあるイメージの違い。フィッシャー監督は既存の戦力から最大限の成果を手にするために、チームとしての戦い方を徹底している。少しのミスが失点につながるようなプレーは極力避けたい。だから、攻撃時のファースト選択肢はFWへのパス。ロビングボールを高さのあるCFに当てるか、スピードのあるFWのためにスペースに入れるか。中盤の選手にはボールが入った時のサポートやこぼれてきたときの回収が要求される。中盤がパスを引き出して組み立てるというのは、極めて確実にパスが出てくる局面に限る。
ホッフェンハイム戦では前半から守備ラインがボールを持った時に、原口が相手ボランチ脇のスペースへ顔を出し、パスを引き出すシーンはあった。だが、それも《それなりに》というくらいしかパスは出てこない。
「もうちょいくれないと困るなというのは正直あって。僕的には(パスを引き出すために)下がったりもしたんだけど、チームとしてそれを求められてなくて。CFにボールが入ったときにどれだけ助けられるかっていうのを言われてたので」
やりだすとやっぱり楽しいなって
もちろん、チームとして勝ち点3につながる戦い方があるのは理解している。チームのために戦うことに違和感があるわけではない。でも、自分の良さを発揮できる局面があまりに少ないままだと、やはりどこかで心の中に宿る思いも出てくる。
やれないわけではないのだ。ホッフェンハイム戦では、後半開始から交代する時間までの18分間、かなりボールに触る機会があった。特にゴール前で味方からのパスを受けて、ドリブルで相手守備を切り崩し、味方へのパスを見事に通したシーンでは、スタジアムのウニオンファンも大きく沸いたものだ。
「あれ結構ね、自分のポジションを真ん中気味にして。左サイドで受けたり、真ん中で受けたりしたと思うんですけど、やりだすとやっぱり楽しいなって。自分のポジションを守ってるのも大事なんですけど、空いているところへどんどん、自分のポジションからも離れていけると、ボールに関われる回数は増えますよね」
もっとサッカーしたいなって。うまくなりたいから。
自身のコンディションや感触には十分な手ごたえがある。もっとやれるし、もっとやりたい。ボールに触って、ゲームに関わって、サッカーを実感して。そんな思いとどう向き合えばいいのか。
「調子はいいので、もう少しプレー機会があれば……。プレー機会っていうのは、(ボール)タッチ数というか。プレシーズンだともう少し(チームとして)つなぐじゃないですか。なので(自分の)良さが出てたなって思ってたんですけど。ただやっぱり本番になると(つながずに)蹴る回数が……。もっとサッカーしたいなって。うまくなりたいから。いまテーマをそこに置いてるんです。うまくなるためにはやっぱボール触らないとうまくなれない」
W杯落ちたというのもあって…
原口はこれまで所属してきたクラブでも、よく《バランス》という言葉を口にしてきた。どうすればチームが機能するのか、どうすればチームの勝利に貢献できるのかということに真摯に向き合い続けてきた。疲れ知らずに走り、ギリギリのところまで体を投げ出してでも守り、どれだけ倒されても、すぐまた立ち上がって走りだす。だからどのチームでも、頼りにされた。でも、ひょっとしたら、どこかでバランスがチーム寄りになりすぎていたということもあったのかもしれない。
「このチームはすごい《チームとして》というのを大事にする。決まりごとが多い。あんまり自分がやりたいことができる環境ではないかもしれない。チームがすごく強くて、もちろんW杯落ちたというのもあって、僕の価値観的には選手として、なんかもう1回成長したいなって」
もう少し自由度があるチームっていうのが面白いかなって
例えば、前所属のハノーファーでは、チームの中心としてプレーしていた。監督から絶対的に信頼され、攻守に重要な役割を果たしていた。イメージしているのは、あの時のような自分なのだろうか?
「あれはあれで大変だったし、でもすごい伸びたなと思う。2部だったっていうのもありますけど、でもあれぐらいのことを1部で(できたら)。もう少し自由度があるチームっていうのが面白いかなって」
選手としての価値をどこに見るのか。そこと向き合い続けた。ブンデスリーガ2位のクラブで、中断から再開後の2試合でスタメンに名を連ねた。来季EL、CL出場クラブでプレーするというバリューだってある。選手としてジレンマがない訳はない。
「見栄え的にはここにいた方がいいのかもしれない。やっとポジションもね、プレシーズンでよくて、ここまでたどり着いたというのもあります。面白いですけどね、ここでやってるのも。(終盤に逆転勝ちするような)試合が日常的に起きるので、このスタジアムだと。なかなかないじゃないですか、こういうパワーのあるゲームって。でも、自分の成長に目を向けたいなと思っているんです。ここでポジションを掴み続けるっていうのは大変なことだし、一つの大きなミッションで、十分価値があるのは理解しています。けど、ちょっと僕の見ているところと違うのかな」
ハノーファー時代から積み重ねてきたものがあるんです
サッカー選手としての純粋な思い。追い求めたいものがここにあるのかという自問自答。
「いろんなアイディアがたくさんあって。ハノーファー時代から積み重ねてきたものがあるんです。例えば真ん中のとこからスルスルとうまく抜け出すことは得意だから。そういうプレーをもっとやりたいなって」
そして選んだ新天地がシュツットガルト。シュツットガルトのスポーツディレクター、ファビアン・ボールゲムートも大きな期待を寄せている。
「原口元気は卓越したサッカークオリティと非常に優れた経験をチームにもたらしてくれる。ドイツとブンデスリーガに精通しているし、順応するのに時間もかからないだろう。チームのクオリティを底上げしてくれる彼を迎え入れることができてとてもうれしい」
移籍発表の翌日、試合に出場
移籍後すぐの試合となったパーダーボルンとのドイツカップ3回戦では、後半開始から早速の途中出場を果たすと、精力的なプレーの連続でチームに安定感をもたらし、準々決勝進出に貢献。躍動感たっぷりにプレーする原口の姿がそこにあった。追い求めるものを具現化するために、ここへきた。もっと成長するために、もっとうまくなるために、そしてもっとサッカーと向き合うために。原口の新たな挑戦が幕を開けた。
文=中野吉之伴
photograph by Getty Images