2022-23の期間内(対象:2022年12月〜2023年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。WBC(海外チーム)部門の第1位は、こちら!(初公開日 2023年3月11日/肩書などはすべて当時)。
WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の東京プールが始まる前日、公式練習のため東京ドームに初めてやって来たチェコ代表チームは、まるで修学旅行で訪れた少年たちのようだった。ビジター側のクラブハウスに着くや否や、着替えもせずにそのままベンチ横の通路を抜けてフィールドへ直行。
「おぉー」
感嘆の声を上げ、目を輝かせた。全員が一様に天井を見上げたまま、目を離さない。何人もの選手がスマホで写真を撮り、中にはクラブハウスからずっと動画を撮り続けている選手もいた。
「僕ら、こんなに大きな球場で野球をやったことないんだ。屋根のある球場を見るのも初めてなんだよ」
興奮気味に語ったのはペテル・ジーマ内野手(33)だ。東京ドームを覆う格子状の白い天井――それは彼らにとって、まさに未知との遭遇だった。
相撲、どこに行ったら見られるの?
屋根のある球場だけでなく、選手たちのほとんどは日本に来ること自体が初めて。だからこそ目にするものすべてが新鮮だった。ジーマはうれしそうにこう続けた。
「日本の文化も食べ物も気に入ったよ。スシに、ラーメン。何ていう名前だっけな、あのラーメンは……。とにかく辛くておいしかった。日本の文化や伝統もいいね。お寺とか、細かいディテールにこだわるところとか」
ディテールとは?
「例えばレストランで、箸の置き方とかもてなしの仕方とか。何でもきちんとした決まり、約束事がある。(土俵に上がってから儀式がある)相撲もそうだよね。実はすごく相撲を見に行きたいと思っているんだ。どこに行ったら見られるの? 連れていってほしい」
そう言って人懐っこそうな笑みを浮かべた。
チームの大黒柱は「本業・消防士」
チェコ代表は、昨秋にドイツで行われた予選A組(ヨーロッパ・アフリカのチームが出場)で快進撃を続け、下馬評を覆して本大会初出場を決めた。世界の野球ファンを驚かせ「シンデレラ・ストーリー」とまで呼ばれたサプライズだった。
本大会に参戦するチームには、エンゼルス大谷翔平投手(28)のような世界のトッププレーヤーを含むメジャーリーガーやプロ選手がズラリ。その点、チェコ代表はアマチュアリーグの選手が主体のチームだ。
野球では当然、生活していけないため、ほぼ全員が「仕事」を持つ社会人か学生で、昼間は働きながらアマチュアチームで野球を続けている。前出のジーマは金融アナリスト、エースのマルティン・シュナイダー投手(37)は消防士、マルティン・チェルベンカ捕手(30)はセールスマン、アルノシュト・デゥボピー外野手(30)は高校の地理教師、マレク・ミナリク投手(29)は不動産会社勤務……と、仕事はみんなバラバラ。シュナイダーは消防士という仕事柄、24時間連続で勤務につき、次の48時間が休養日、そしてまた24時間勤務という独特の形態で働いているため、3日に1回は練習を休まなければならないという。それでもチームの大黒柱として活躍し、負けたら敗退という予選大会の最終戦で先発マウンドを任され、ヨーロッパで強豪とされていたスペインを相手に6回1/3をわずか1失点で5奪三振と力投。本大会出場を決める立役者となった。
加えてシュナイダーは大谷と同じく、二刀流選手でもある。遊撃手兼投手を務めるチームの要。それだけに二刀流で世界のトップに立つ大谷と同じフィールドに立つことの意味の大きさを、人一倍感じている。
「夢がかなったような気分。その瞬間を楽しみながら、噛み締めたい。オオタニやダルビッシュだけじゃない。ロウキ・ササキのことも僕らは知っているよ。彼らと対戦できるこの大会は、本当に夢の舞台だ」
グッと来る「WBCが夢だった理由」
夢の舞台――シュナイダーが目を輝かせながら続ける。
「7歳から野球を始めて、30年間続けてきた。子どもの頃から、いつかメジャーリーガーになりたいと思っていたんだ。僕だけじゃない、代表メンバーみんな、それを夢見てやってきた。でも、野球が盛んではない小国・チェコで、そのチャンスは極めて少ない。だから、ではないんだけど、僕らにとってWBCこそが“メジャーリーグ”なんだ。大観衆の前で、世界のトップクラスの選手を相手に戦えるんだからね」
そんな熱い思いを語ってくれたシュナイダーも、日本に来るのはこれが初めてだという。野球以外で驚いたことは?
「東京の街だね。あらゆるものがギシギシに詰め込まれているところ。こぢんまりとした場所にあまりにも多くのものが並んでいて、駅とかいたるところに人が溢れている。こんな光景、今まで一度も見たことがなかったよ。日本の食べ物は……実は魚が苦手で口に合うものはまだ見つかっていないんだけど(笑)。でも日本の文化は大好きさ」
チェコ史上初の「野球TV中継」だった…
チェコ代表の選手たちは大会が始まる1週間前に来日し、鉄道を使ってすぐに宮崎入り。合宿と練習の日々を過ごして8日に東京に到着した。未知なる世界大会に参戦する彼らにとって、大会前に日本を楽しむ余裕はないのだろう。「相撲を見たい」とノリのよかったジーマでさえ、オフのショッピングは「野球の道具を買いにスポーツショップに行っただけ」という。
それもそのはず。彼らがWBCを楽しみにしている理由は「初出場だから」だけではない。出場が決まってから、チェコではにわかに野球の注目度が高まり、WBCのチェコ戦がテレビで放送されることになったのだ。大使館によれば、チェコ史上初めての“野球のテレビ中継”である。
自分たちの活躍次第で、国内の野球人気が高まるかもしれない。そんな使命を彼らは背負っている。シュナイダーは言う。
「僕は仕事を休まなければここには来られない。だけど職場のみんなも家族も、僕らがこの大会で戦う意味を理解してくれて、送り出してくれたんだ」
だから……と一呼吸置き、語気を強めてこう締めた。
「僕たちはプロのつもりで戦うよ」
2022-23年 WBC(海外チーム)部門 BEST5
1位:チェコ史上初の「野球テレビ中継」、選手の本業は「地理教師・消防士・金融アナリスト」…WBCチェコ代表を“絶対好きになる”話
https://number.bunshun.jp/articles/-/857283
2位:「最高だ、オオタニサン」チェコの反応は? 大谷効果で「帽子が完売」、佐々木朗希とお菓子の「その後」…WBCチェコ代表を“やっぱり好きになる”話
https://number.bunshun.jp/articles/-/857282
3位:チェコ代表と大谷翔平…試合中に何を話した? 愛され軍団は“帰国時のお土産”もスゴかった「すぐに職場復帰」「お菓子の試食なのに“こんにゃく”が…」
https://number.bunshun.jp/articles/-/857281
4位:WBCアメリカ主将・トラウトは大谷&日本投手陣をどう見たか? 「ショウヘイが“第1ラウンド”を勝った」「投手陣はエグい球を投げていた」
https://number.bunshun.jp/articles/-/857280
5位: 「韓国には“決起集会“がなかった」ダル同僚が羨ましがった“侍ジャパンの団結“…帰国後は強烈バッシング、空港はまるで謝罪会見
https://number.bunshun.jp/articles/-/857279
文=水次祥子
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