開幕40試合前後となった第8週の時点で、DeNAの宮﨑敏郎(34)が打率4割をキープしている。これは注目すべき数字だ。現在の成績はこうなっている。

 宮﨑敏郎(De)112打49安 率.438

 過去5年の第8週終了時点での両リーグ打率トップを見ると、以下のようになる。

〈2018年〉
柳田悠岐(ソ)156打60安 率.385
坂口智隆(ヤ)132打47安 率.356
〈2019年〉
鈴木誠也(広)136打46安 率.338
荻野貴司(ロ)126打42安 率.333
〈2020年〉
柳田悠岐(ソ)151打57安 率.377
佐野恵太(De)166打59安 率.355
〈2021年〉
吉田正尚(オ)155打55安 率.355
菊池涼介(広)161打55安 率.342
〈2022年〉
松本剛(日)122打46安 率.377
吉川尚輝(巨)129打44安 率.341

2017年の近藤健介以来となる「4割台」キープ

 過去5年では2018年、ソフトバンク柳田の.385が最高。40試合前後を消化しての4割は非常にレアな記録だ。実は2017年に当時日本ハムの近藤健介が8週目時点でこんな成績を残している。

 近藤健介(日)115打48安 率.417

 宮﨑の打率4割は、それ以来の記録となる。NPBでは過去に、規定打席に到達した最終成績として4割をマークした打者はいない。

〈NPBシーズン打撃5傑〉
バース(阪神)1986年 453打176安 率.389
イチロー(オリックス)2000年 395打153安 率.387
イチロー(オリックス)1994年 546打210安 率.385
張本勲(東映)1970年 459打176安 率.3834
大下弘(東急)1951年 321打123安 率.3831

 錚々たる顔ぶれが並ぶが、この顔ぶれをもってしてもシーズン4割はかなわなかった。規定打席未満でみても、最終的に4割を記録した打者は非常に少ない。

〈規定打席未満での4割打者の打席数が多い5傑〉
近藤健介(日本ハム)2017年 231打席167打69安 率.413
宮川孝雄(広島)1972年 62打席52打21安 率.404
鶴岡一成(横浜)2004年 60打席55打22安 率.400
上本博紀(阪神)2018年 53打席45打19安 率.422
小川年安(タイガース)1936年春夏 49打席44打21安 率.477

8月下旬まで打率4割台をキープしたのは誰?

 2017年の近藤健介は、開幕から好調で4割をキープしたが、椎間板ヘルニアを発症。チーム53試合目の6月6日の交流戦の広島戦を最後に欠場。この時点では150打数61安打の.407。手術を受けて9月28日の楽天戦で復帰し、以後も安打を量産し、最終的に打率.413、NPB史上で唯一の「100打席以上での4割打者」になった。

 なお、1936年春夏の小川は、今で言えば規定打席をクリアして打率.477で全選手中1位だったが、日本プロ野球の創設年で、まだ規定打席も個人成績も設定されていなかったので、公式には4割打者と認定されていない。

 なお、開幕から最も遅くまで4割をキープしたのは、1989年の巨人ウォーレン・クロマティ。96試合目、8月20日の阪神戦まで.401をキープ。この時点で規定打席(当時は403)に達していたが、以後、打率が下落、最終的に.378で終わったが首位打者、MVPを獲得した。

ハイアベレージを記録した打者の“2つの共通点”

 過去に高打率を記録した打者には、共通点がある。

 一つは「左打者」であること。歴代シーズン打率5位までの打者もすべて左打者。近藤健介、クロマティも左打者だった。左打者は右打者よりも数十センチ、一塁への距離が近い。また一般的に左打者は右投手が得意だとされるが、右投手の方が圧倒的に多いことが、左打者の高打率を生んでいるとされる。

 もう一つは出塁率が高いこと。

 NPB史上最高打率のバースは.481でセ・リーグの最高出塁率を記録している。これに次ぐ2000年のイチローも.460で最高出塁率だった。出塁率は「安打+四死球での出塁」で打率が高い選手が高くなる傾向にあるが、四死球での出塁が多い方が打数が少なくなって「1安打当たりの打率」が高くなる。

 その典型が近藤健介だ。今年のWBCでも抜群の選球眼を発揮した近藤だが、2017年の近藤は167打数69安打だったが、60もの四球を選んでいる。打率.413とともに、出塁率は驚異的な.567だった。

 これに加えて足が速い方が有利なのは間違いないところだ。イチロー、張本勲などは足で稼いだ安打も多かった。

 今季の宮﨑敏郎は、出塁率こそ.522と高いが、右打者であり、通算991試合で盗塁数0、盗塁企図数も0と「走らない選手」ではある。4割打者の条件に当てはまらない部分が多いのは事実だ。

ドラフト6位の異端アベレージヒッターである宮﨑

 宮﨑は2013年社会人のセガサミーからドラフト6位で入団。大谷翔平や藤浪晋太郎が注目された年だが、地味な入団だった。デビュー時すでに24歳。

 しかし天性のミート力、スイングの速さに加え、めったに三振しないシュアな打撃で頭角を現し、2017年に首位打者を取ってから昨年まで6シーズンで5回3割を記録。通算打率も.306と当代屈指のアベレージヒッターになった。

 筆者は2月、奄美大島のDeNA二軍キャンプで調整する宮﨑を見たが、チームは34歳の宮﨑を、無理をさせず調子を見ながら起用。さらに今季は、38試合を消化して4試合休んでいる。こういう起用が続くとすれば、宮﨑は規定打席ぎりぎりくらいの打席数で推移するとみられる。これは高打率をキープするうえでは有利だ。

 なお今季の宮﨑は本塁打、打点でも上位につけている。DeNAが優勝すれば有力なMVP候補だろう。

 野球の数値を統計学的に分析するセイバーメトリクスでは「本塁打以外の打球が安打になる率は、投手のタイプに拘わらず3割前後に落ち着く」という説がある。

「本塁打以外の安打率」をBABIP(Batting Average on Balls In Play)というが、これは大体3割となる。打者の場合、BABIPが3割を大きく超えている場合は、いずれは3割前後に落ち着き、それにともなって打率も下降すると言われている。

 BABIPは「(安打−本塁打)÷(打数−三振−本塁打+犠飛)」の計算で導き出せるが、今季のセ・リーグのBABIPは.294、そして宮崎のBABIPは.417。BABIPの考え方で言えば、宮﨑のBABIPは3割に近づき、それにともなって打率も4割を切ることが予想される。

「4割打者」の可能性は限りなく小さいだろうが…

 MLB公式サイトによると4割打者は過去に27人いる。しかし1941年のレッドソックス、テッド・ウィリアムスの.406(456打185安)を最後に4割打者は出ていない。

 進化学者にして作家、MLBファンのスティーヴン・ジェイ・ グールドは『フルハウス 生命の全容―四割打者の絶滅と進化の逆説』という著書で、「4割打者の絶滅」について、興味深い説を披露している。

 グールドは「生物の進化」に絡めて「4割打者」の絶滅を説明している。

 まだリーグの体制がしっかりしていなかった時代は、草野球で投げていた投手がスカウトされていきなりMLBで投げるようなケースが数多くあった。選手の実力差は大きく、傑出した打者が実力的に劣る投手を打ちまくって安打を量産し、高打率を記録した。しかしリーグの体制が整備され、選手の育成システムが確立されると、メジャーにはそれなりの実力を備えた投手しか昇格しないようになった。だから打者も以前のように打率を稼ぐことができなくなった。

 つまり「選手の実力差が小さくなった」ことが、4割打者絶滅の原因だというのだ。

 これはおそらくNPBでも同様だろう。1965年のドラフト制施行以来、選手の実力差は小さくなっている。それに比例するように4割打者出現の可能性は、以前より小さくなっているのではないか。

 こうしてみてくると宮﨑敏郎がNPB初の「4割打者」になる可能性は、限りなく小さいように思えるが――それだけに「奇跡」を起こしてほしいと思う。

1週間の成績を振り返ってみると…

【2023年5月15日〜21日 週間成績】
パ・リーグ
ロッテ5試4勝0敗1分 率1.000
日本ハム6試4勝2敗0分 率.667
ソフトバンク5試3勝2敗0分 率.600
西 武6試2勝4敗0分 率.333
楽 天4試1勝3敗0分 率.250
オリックス6試1勝4敗1分 率.200

 ロッテが絶好調。ここ2週間で1敗しかしていない。日本ハムも新庄監督デザインのユニフォームで勝ち進み最下位から4位に。対照的にエース山本由伸が「特例2023」で戦線離脱したオリックスは3位に転落。

〈打撃成績5傑〉※打撃の総合指標であるRC=Run Create順
万波中正(日)19打6安2本4点0盗 率.316 RC4.69
頓宮裕真(オ)20打9安0本1点0盗 率.450 RC4.64
外崎修汰(西)20打4安1本3点3盗 率.200 RC4.22
松本剛(日)21打7安0本2点0盗 率.333 RC4.01
フランコ(楽)13打6安1本1点0盗 率.462 RC3.91

 日本ハムの万波がリーグ最多の2本塁打、最多タイの4打点。4打点はロッテ岡大海、オリックス中川圭太も記録。オリックス頓宮は3二塁打1本塁打。盗塁は西武の外崎が3でトップ。

〈投手成績上位〉※リーグ防御率に基づくPR=Pitching Run順
上沢直之(日)1登1勝9回 責0率0.00 PR2.71
加藤貴之(日)1登1勝8回 責0率0.00 PR2.41
早川隆久(楽)1登1勝7回 責0率0.00 PR2.11
髙橋光成(西)1登6回 責0率0.00 PR1.81
種市篤暉(ロ)1登9回 責1率1.00 PR1.71
西野勇士(ロ)1登1勝9回 責1率1.00 PR1.71

 日本ハムの先発陣が引き続き好投。上沢は5月17日の西武戦で120球で2018年以来の完封勝利を挙げた。先週完封勝利した加藤は、19日のオリックス戦で8回零封勝利。救援では、ソフトバンクのオスナが2セーブ、ロッテのぺルドモ、ソフトバンクのモイネロ、日ハムのロドリゲス、宮西、オリックスの本田、西武の佐藤隼が2ホールド。

DeNA関根はこの1週間で打率5割!

〈セ・リーグ〉
巨 人5試5勝0敗0分 率1.000
阪 神6試5勝1敗0分 率.833
DeNA5試3勝1敗1分 率.750
広 島6試2勝4敗0分 率.333
ヤクルト5試0勝4敗1分 率.000
中 日5試0勝5敗0分 率.000

 好不調の明暗がくっきり分かれた。巨人が負けなし5連勝、5連敗だったDeNAも復調したが中日は先週から引き続き7連敗。

〈打撃成績5傑〉
山田哲人(ヤ)19打8安1本2点0盗 率.421 RC6.53
関根大気(De)22打11安0本4点0盗 率.500 RC6.32
吉川尚輝(巨)17打9安0本3点0盗 率.529 RC6.242
西川龍馬(広)25打10安1本2点1盗 率.400 RC6.04
細川成也(中)20打8安2本4点0盗 率.400 RC5.61

 ヤクルトの山田が3二塁打1本塁打と活躍。DeNAの関根は最多の11安打。本塁打はヤクルト内山壮真が3本。打点はDeNA牧秀悟が7でトップ。盗塁は広島の秋山翔吾が3で最多。

〈投手成績5傑〉
大竹耕太郎(神)1登7回 責0率0.00 PR3.33
才木浩人(神)1登1勝6.2回 責0率0.00 PR3.17
森下暢仁(広)1登1敗8.2回 責1率1.04 PR3.13
サイスニード(ヤ)1登1敗5回 責0率0.00 PR2.38
松井颯(巨)1登1勝5回 責0率0.00 PR2.38

 現役ドラフトで阪神に移籍した大竹は5月20日の広島戦で7回零封。勝ち星はつかなかったが、今季の通算防御率は0.48と驚異の数字をキープ。阪神は才木も21日の広島戦で6.2回1失点の好投を見せた。巨人の新鋭松井はプロ初登板の21日の中日戦で5回零封で初勝利。救援では阪神、岩崎優が3セーブ、DeNA伊勢大夢が3ホールド。

文=広尾晃

photograph by JIJI PRESS