2018年のウインターカップ。河村勇輝を擁する絶対王者・福岡第一を追い詰めたのは、生粋のスコアラー富永啓生が率いる桜丘だった。交錯する2つの傑出した才能。日本バスケの未来はこの時から、明るく照らされていた。
 現在発売中のNumber1079号掲載の[2018年のウインターカップ]桜丘 vs.福岡第一「コート上で衝突した“怪物”と“天才”」より内容を一部抜粋してお届けします。【記事全文は「NumberPREMIER」にてお読みいただけます】

 48−46。

 ウインターカップ2018男子準決勝第1試合、桜丘対福岡第一。前半を終えた会場内には異様なざわめきが充満していた。

 今大会ダントツの優勝候補で、ここまでの3試合すべてを20点差以上開けて勝ってきた福岡第一が、初めてリードを奪われている。そして、そのリードの奪われ方は実に奇想天外なものだった。

 福岡第一は、桜丘に献上した48点のうち31点を1人の選手に取られた。ゴール至近距離でアドバンテージを作れる長身留学生だったらさほど珍しいことではない。しかしその選手は主にゴールから離れた3ポイントライン付近からシュートを放ち、3ポイントシュートを7本沈めた。むろん、並の選手ならバスケをやめたくなるような強度で守っているにも関わらずだ。

「歴史的というか、伝説になる展開だったよなぁ」

 お察しのとおり、この規格外のポイントゲッターこそが、当時桜丘高校(愛知)3年生の富永啓生だ。

「あの前半は歴史的というか、伝説になる展開だったよなあ」

 当時桜丘の監督を務めた江崎悟(現・山梨学院高校男子バスケットボール部監督)は、感慨深そうにそう言った。

 3年ぶりに出場したウインターカップで、インターハイ優勝校の開志国際を下すなどしてベスト4入り。組み合わせが決まって以来、綿密に対策してきた開志国際に勝った時点で大きな達成感があった。

「開志に勝って次に負けるのはもったいないなと思ったら次も勝ててベスト4。もう最高だ。福一に勝つ気はなかったよ。だって勝てるはずがねえから」

 この年、交歓試合などで何度も対戦している福岡第一の強さは嫌というほどわかっていた。江崎はいくつかの策を準備した上で、最後は開き直ることにした。

「試合会場でアップを始める時に、啓生に言ったんだ。『今日はハーデンになれ。ゴールの正面でボールを持ってステップバックしろ。許す』って。それがハマったな」

 ジェームズ・ハーデンはNBA屈指のスーパースターで、富永の憧れの選手。富永は同じ左利きのハーデンの映像を何度も見て、後ろに踏み切って3ポイントを打つ彼の代名詞「ステップバックスリー」を身に付け、これを自身の得意プレーとしていた。

 富永は大舞台であればあるほど、自分が目立てば目立つほど調子が上がるタイプだ。いいプレーが出れば派手にガッツポーズし、興奮のあまり叫び声を上げることもある。江崎はそんな富永の性格をよく知って「ハーデンになれ」と言ったのだ。

桜丘は開始2分で0−9と差を開けられた。

 15時20分、試合が始まった。

 富永のマークを担ったのは福岡第一で最もディフェンスのうまい古橋正義だった。富永が仲間のスクリーンを使って古橋のマークを引き離してもすかさず別の選手がカバーに寄り、再びマークに戻った古橋と2人がかりでプレッシャーをかける。富永はボールは持てどもシュートが打てず、桜丘は開始2分で0−9と差を開けられた。

 圧倒的強者に序盤から2ケタ差をつけられたら取り返しがつかない。富永は直後のオフェンスで半ば強引にステップバックを打ち、これを決めた。「最初はちょっとやりづらそうにしてたけど、あそこからもう乗ってきたな」と江崎は振り返る。

 そして試合開始6分、8−18というスコアから、おそらく誰もが想像していなかっただろう桜丘の逆襲が始まった。

文=青木美帆

photograph by AFLO