九死に一生、起死回生。ラツィオが奇跡を起こした。

 9月19日、MF鎌田大地のラツィオはUEFAチャンピオンズリーグ開幕戦で、ホーム「オリンピコ」に強敵A・マドリーを迎えた。

 0−1で敗戦必至と思われた95分、その試合最後のプレーで同点ゴールを決めたのは、何とラツィオGKプロヴェデルだった。

「最後のプレーだとわかっていたから飛び込むしかないと思っていた。(アシストした)ルイス・アルベルトに感謝だよ。ゴールすることには慣れてないけれど勝ち点がとれて本当によかった。チームメイト全員から(よくやったと祝福で)バチバチ叩かれて体中が痛い。一番痛いのはロティート会長から叩かれたところだよ」

 殊勲の守護神は中継のマイクに夢見心地で応えた。

鎌田のシュートから「ラツィオ!」コールが起きたが

 ラツィオとMF鎌田大地にとって、CLでの今季初陣は恵みのドローといえるだろう。

 3日前のセリエA第4節ユベントス戦で国内3敗目を喫し、窮地にあったラツィオには何かしらの変化が求められていた。

 これまでの序盤戦でスタメンをほぼ固定してきたマウリツィオ・サッリ監督は、4-3-3の中盤アンカーをMFカタルディからMFベシーノへ変更し、左サイドバックにDFペッレグリーニを初めてスタメン起用した。先発落ちの可能性が取り沙汰されていた鎌田を右インサイドハーフに据え置いたことで、指揮官はボールポゼッションからつないで崩すスタイルにこだわる姿勢をあらためて示したのだ。

「この大会に出るために2年戦ってきた。いざこの場に立ってボヤッとしていたら馬鹿みたいだろう」

 全力でゲームに集中しろ、とサッリ親分が前日会見で入れた活が効いたのか、ラツィオは試合開始直後から攻勢に出た。

 12分に鎌田が低い右足シュートを放つと、勢いをつけるようにスタンドの数万観衆から「ラツィオ! ラツィオ! ラツィオ!」の大コールが起きた。

 守備への意識も高く、ボールを奪ってからの速攻の流れも今季一番といえるほどアグレッシブ。25分には左FWザッカーニが、3分後にはMFルイス・アルベルトがそれぞれ惜しいシュートで続いた。

アトレティコの先制点で不運に見舞われた鎌田

 だが、先制点を奪ったのはA・マドリーだった。不運に見舞われたのは、誰あろう鎌田だ。

 相手MFバリオスが29分に放った右足ミドルは、鎌田の伸ばした左足に当たってコースが変わった。昨季のセリエA最優秀GKプロヴェデルといえども反応できず、自陣ゴールに吸い込まれるボールを見送るしかできなかった。

 守勢だったA・マドリーが最初に放ったシュートで先制したことで、ゲームの潮目が変わった。CLでの堅守で知られるA・マドリーは、アウェーゲームで得たリードを守り切ることだけを考えればいい。ラツィオが前がかりになればなるほど彼らの思うツボだ。

インモービレらが苦しむ中で守護神は必死だった

「ここで気落ちしてはならん!」

 サッリ親分は失点直後、テクニカルエリアから最も近い鎌田に発破をかけた。鎌田は3トップと並ぶアタッカーとしての役割を負っていた。後半に入っても鎌田はエースFWインモービレへクロスを試み、セットプレーからの流れで積極的にゴールを狙い続けた。

 だが、シーズン序盤に連敗したときから指揮官が懸念する通り、今季のラツィオにはゴールへの狡猾さやフィニッシュへの執念が欠けている。56分にFWインモービレがゴール前10mでのシュートを相手GKの真正面へ安易に打ってしまった場面が象徴的だ。

 インモービレとともに最前線でファーストプレスをかけ続けた鎌田が60分、パスミスをするとオリンピコには大きなため息と控えめなブーイングが漏れた。2分後に鎌田と交代したMFゲンドゥージも流れを変えられない。

 66分に打たれたアトレティコFWモラタのシュートは右ポストに救われたが、ラツィオは71分に再び相手カウンターから失点のピンチを迎えた。

 自陣ペナルティエリアに猛然と突っ込む相手DFリーノをラツィオGKプロヴェデルは視界にしっかりと捉えると、自らも敢然とダッシュ。全身でコースを塞ぎ、至近距離シュートを顔面でブロックするビッグセーブでチームの危機を救った。

最後の左CKで奇跡は起きた

 ただし、後半残り15分にはフィールドプレーヤーを全員自陣に戻し、ダーティなタックルも厭わないA・マドリーからゴールを奪うのは、どんなクラブにとっても至難の業だ。途中出場したMFカタルディが後半アディショナルタイムに放った右足ミドルも相手GKオブラクの好セーブに阻まれ、誰もが万事休すと観念した。

 最後の左CKで奇跡は起きた。

 低いキックをニアポストで落としたのはアトレティコDFエルモーソだ。こぼれ球をMFカタルディがすかさず拾い、L・アルベルトへつなぐと、司令塔は天才画家の筆遣いでクロスを送り、194cmの守護神が宙を舞った。ピンポイントで合わせて流し込む、一流ストライカー顔負けの華麗なヘディングゴールだった。

「イル・ポルティエーレ・ヴォランテ!(空飛ぶGK)」

 ゴールとともに試合終了の笛が吹かれ、オリンピコにはラツィオを救った英雄を称えるコールが乱れ飛ぶ。

 主将インモービレ以下チーム全員は、劇的なドローの高揚感ですっかり精気を取り戻したと見え、スタンドのファンへ感謝を告げる表情も紅潮している。歓喜で飛び跳ねるラツィアーレたちで、オリンピコは揺れた。

前半から我々の手の内にあったというのがワシの考えだ

「こんな風にやられたゲームはあまり記憶がない。ラツィオは最後の最後まであきらめなかった。GKのゴールは素晴らしかったよ」

 手中にあった勝ち点3をラストプレーで取りこぼしたシメオネ監督は渋い顔だったが、自身の最盛期ともいえる現役時代を過ごした古巣への賛辞も忘れなかった。

 ピッチ上で怖い者知らずの強面MFだった彼がラツィオに入団した99-00年シーズン、クラブは初めてCLに挑んだ。DFミハイロビッチ(故人)のゴールで引き分けたレバークーゼンとの開幕戦のスコアも1−1だった。

 欧州屈指の強豪だった当時のラツィオは、1次リーグを4勝2分で勝ち抜け、マルセイユとチェルシー、フェイエノールトと激突した2次リーグも突破、初出場ながらベスト8に進出している。

 当時、イタリア6部にあたる州リーグの無名指導者だったサッリは、2023年の開幕戦黒星を逃れて一息ついた表情を浮かべる。

「この勝ち点1は大きい。チームの士気を随分と高めてくれるだろう。失点は不運だったが得点という形にならなかっただけで、ゲームは前半から我々の手の内にあったというのがワシの考えだ。グループ勝ち抜けの有力候補であるA・マドリー相手にここまでやれたのだ。結果以上に今夜のプレー内容は我々の自信になる」

今夜のように一瞬ですべてが好転することだってある

 芸術的アシストを決めた司令塔ルイス・アルベルトは顔中に汗と笑みを浮かべている。

「本当に嬉しい夜だ。今、チームは難しい状態にあるけれど、サッカーには今夜の試合のように一瞬ですべてが好転することだってある」

 グループEの次戦は、日本人5選手が待つセルティック相手のグラスゴー遠征だ。 

 劇的ドローで始まった今季のCLロードで、ラツィオと鎌田は今後どんなドラマを見せてくれるだろうか。

文=弓削高志

photograph by AP/AFLO