新井カープが4年連続Bクラスからのクライマックスシリーズ進出に向けて、最後の力を振り絞り戦っている。

 昨季から戦力に大幅な上積みはなく、多くの若手が台頭したわけでもない。全国区のスター選手は少なく、投打に抜きん出た選手もいない。

 スタメン出場した9人だけでなく、ベンチ入りした25人で戦ってきた印象が強い。特に今季は新井貴浩監督の攻撃的な采配で、勝負どころでは積極的な選手起用が目立つ。ベンチ入り野手を全員起用した試合は3度あり、8月27日ヤクルト戦では野手だけでなく、投手も全員を使い切った。

 一軍登録日数145日(9月24日時点)で出場25試合の磯村嘉孝も、欠かせない戦力だった。

 中京大中京高から2010年のドラフト5位で入団し、2年目の12年に一軍デビューを果たした。3連覇した18年には37試合に出場し、石原慶幸(現広島バッテリーコーチ)と會澤翼に次ぐ地位を確立。19年は右の代打としても存在感を示し、打率.278、4本塁打、21打点の成績を残した。昨季はプロ入り最多40試合でマスクを被った。ただ、いつも誰かの控えという役回りだった。

第三の男の日常

 今季も、立場は「第三の捕手」だ。春季キャンプ中に左ふくらはぎを痛めたことで出遅れたことが響き、出場機会を奪うアピールが十分にできなかった。シーズン開幕から約1カ月がたった4月21日に一軍昇格も、すでに坂倉将吾を正捕手に据え、二番手にインサイドワークに定評のある會澤が控える布陣が固まっていた。

「ケガしたということは、自分の準備不足。今の立場は自分が招いたこと。會澤さんは安心感があるし、投手からの信頼も厚い。捕手だけでなくチームの中心。ライバルではありますけど、大きな壁だと思う。坂倉はまだ若いですけど、これだけケガ人が出ている中でもあれだけの試合数に出て、ケガをしない。後輩ですけど、彼も大きな壁。僕にとって、二人は大きな存在で、この世界で生きていくためには超えていかないといけないと思っています」

 入念に準備していたにもかかわらず、離脱した悔恨は拭えない。より一層、準備に駆りたてられるようになった。いつ訪れるか分からない、その瞬間のために一人、黙々と備えてきた。

 デーゲームなら8時に、ナイター試合なら10時30分には球場入りし、まずは前日の試合の確認から始める。各投手の球筋や表情などから調子や投球を頭に入れる。それからウエートトレーニングやランニングを行い、限られた出場機会で落ちる運動量を補う。全体の練習時間だけでは足りず、試合中にベンチからブルペンへ移動し、投手の球を受けに行くこともある。

 初昇格から、スタメンマスクを被ったのは2試合しかない。5月18日DeNA戦を最後にスタメンの機会は巡ってきていない。ここまで32打席に立ち、マスクを被った試合は9試合しかない。

 チームが23試合戦った6月は、4日ソフトバンク戦の6回に代打出場した1試合のみだった。二軍には守備力に定評のある石原貴規も控える。磯村の実戦勘を養うという意味では、定期的に二軍に降格させる運用でもよかったように感じられる。

 だが、朝山東洋打撃コーチはかぶりを振る。「出番が少なく申し訳ない」と前置きしつつ、「第三の捕手」だけでない存在価値を認める。

「バントもできるし、ここぞの場面でしぶとい打撃もできる。なかなか出場機会はないんだけど、外せない選手。試合間隔が空いて難しい面もあると思うけど、期待通りのことをやってくれる。いてくれて助かる」

 首脳陣の信頼もあり、磯村は一軍に居続けた。負傷明けの初昇格から出場選手登録を抹消されたのは7月10日から21日までの1度のみ。球宴休暇もあり、ベンチ入りできなかった試合は6試合にとどまった。それだけベンチ入り25人から磯村を外す選択が難しいということだ。

ワンチャンスをものにする難しさ

 9月14日のヤクルト戦では、3点ビハインドから1点差とした8回1死満塁で代打起用され、決勝のセンター前ヒットを放った。さらに9月15日の阪神戦では同点の8回無死一塁から代打出場し、初球をきっちり一塁側に転がして“ピンチバンター”としての役目をまっとう。直後の代打・松山竜平の決勝打をお膳立てした。

「この立場で生き残るためにはやっていくしかない。一軍でプレーするためにも、ワンチャンスで結果を出さないといけない」

 注目を集めるタイムリーヒットなどの打撃では、一定の失敗も許容されるかもしれない。だが、守備や犠打では失敗が許されない。当たり前のようにやることが、どれだけ難しいことか。周囲からは“チャンス”と見られていないことをモノにするのは容易ではない。

 決勝打を放った14日のヤクルト戦では8回裏からマスクを被り、島内颯太郎、栗林良吏と勝ちパターンを落ち着いてリード。一人の走者も出さずに勝利の輪をつくった。

「腹をくくるというか、根拠のない割り切りができるんです。もう、やるしかないなと」

 ベンチワークを含めた総合力で戦ってきた新井カープを陰で支えてきた。そして、この先に待つ5年ぶりのポストシーズンでも、腹をくくる出番が巡ってくるに違いない。

文=前原淳

photograph by JIJI PRESS