右ヒジ手術を決断した大谷翔平。日本ハム時代から長年にわたって取材する番記者が見た“テレビ中継には映らない日記”で振り返る。(全2回の第1回/第2回も)

《9月15日 タイガース戦:“大谷ロッカー整理に騒然”の舞台裏》

 今季3度目の米国出張初日。午後2時30分。クラブハウスで約1カ月ぶりに見た大谷は以前と何も変わっていなかった。赤い練習用Tシャツ、ハーフパンツ姿。自身のロッカーの椅子に座り、スマートフォンやタブレット端末を触り、忙しなく試合に向けて準備をしていた。数分後にはバットを持って、クラブハウス裏の室内打撃ケージへ。気合がみなぎった表情で、10試合連続で欠場している選手の姿にはとても見えなかった。

 だが、スタメン発表は遅れ、発表されたのは通常より1時間ほど遅い、試合開始の2時間30分前。出場の可否を巡り、結論が遅れたことが予想されたが、大谷の名前はなかった。

釈然としない説明にアメリカ人記者が詰め寄る場面も

 驚きは試合後だった。

 監督会見が終わり、クラブハウスに向かうと、大谷は既にロッカーを整理して球場を後にしていた。バット、グラブ、スパイク、帽子など野球道具一式がなくなり、荷物がぱんぱんに詰められた今夏の球宴仕様のロゴ入りボストンバッグが置かれていたのみ。

 練習用Tシャツ約10枚、ユニホームの下、赤い5本指靴下、サンダル、ボール一つは残されていたが、自身が契約するニューバランスの大量の靴箱、サッカー元日本代表の吉田麻也のロサンゼルス・ギャラクシーのユニホームなど大谷個人の私物とみられるものは全て片付けられていた。

 当初、エ軍広報は「分からない」と詳細を伏せた。その後も釈然としない説明が続き、スポーツサイト「ジ・アスレチック」のサム・ブラム記者が「大谷は野球界だけでなく、スポーツ界のスーパースターなんだぞ」と詰め寄る場面もあった。

 その後、広報はクラブハウス裏でペリー・ミナシアンGMら上層部と話し合いの場を持ち「状況は変わらない。16日(日本時間17日)に何らかの発表を行う予定」と説明するのがやっと。大谷が本塁打を打った際に兜を被せる役目でお馴染みの外野手のフィリップスも「彼はどこに行った? 僕は分からない」と困惑気味だった。

 大谷は3日(同4日)アスレチックス戦に打者出場して以降、試合に出場しておらず、これで11試合連続の欠場。試合は2−11で敗れて3連敗。“逆マジック”を示すエリミネーションナンバーが「0」となり、地区優勝の可能性が完全に消滅した。

 チームの勝利に誰よりも飢えている大谷らしい決断のタイミングとも言えたが、突然の“別れ”に日米約20人の報道陣は騒然となった。

球団からのメールを受け、ガソリンスタンドで…

《9月16日 タイガース戦:LAで“張り込み”開始》

 紙面3ページの原稿を任された前夜の執筆は深夜にまで及び、一段落がついた時に時計の針は午前4時を回っていた。ただ、このままナイターゲームの取材に備えて眠りにつくわけにはいかなかった。

 24年の打者での開幕、25年の二刀流復帰を目指して、右肘の手術は早ければ早いに越したことはない。18年の1度目の右肘手術はシーズン終了翌日だったことも頭に残っていた。アナハイムから約40分かけてレンタカーを飛ばし、ロサンゼルス市内の「カーラン・ジョーブ・クリニック」に到着。寝ずに午前7時から病院近くで“張り込み”が始まった。

 定期的に場所を変えながら、ひたすら待ち続けた。

 複数ある病院の入り口に視線を送ること約4時間。残念ながら、大谷の姿を確認することはできなかった。だが、再びアナハイムへと車を走らせた道中で、球団からメールが届いた。内容は「大谷が右脇腹痛で負傷者リスト入り」という発表。すぐに高速道路を降りて、ガソリンスタンドの駐車場で速報記事を配信。球場に到着したのはミナシアンGMの会見開始30分前だった。

ベンチに姿を現した大谷は三冠王カブレラに…

 日米計50人以上の報道陣が集まった会見場は、無数のフラッシュに包まれた。ミナシアンGMは、大谷が前日に右脇腹のMRI検査を受けたことを明かしたうえで「(前日15日の)試合の初回あたりで結果が出てから、彼は荷物をまとめ始めた。近日中に右肘じん帯の手術を受けるだろう。手術方法など詳細は分からない」と説明した。

 さらに「彼は早めに手術を受けて24年に準備したいと考えている。それが彼の考え方。彼は特別な男、特別な選手。(GMに就任後)この3年間、彼に出会えて光栄だった。彼ができるだけ長くここにいることを願っている」と率直な思いを口にした。

 この日、大谷は試合中にベンチに姿を現した。

 今季限りで引退する現役唯一の三冠王経験者カブレラに帽子を取って笑顔であいさつし、モニアクらと笑いながら言葉を交わした。その様子を撮影しようとベンチ上の観客席には人だかりができ、スタッフがファンを制する場面もあった。チームは4連敗を喫し、9年連続でプレーオフ進出の可能性が消滅した。

大谷がネトに身振り手振りで打撃の助言を

《9月17日 タイガース戦:ネビン監督が語った“ショウヘイの好影響”》

 前日に右脇腹炎症で負傷者リスト入りして今季残り試合の欠場が決まった大谷は2試合連続でベンチに姿を現した。グリチェクらと笑顔で話し、新人遊撃手のネトには身振り手振りを加えて打撃の助言を送る場面もあった。試合は敗れ、5連敗で16年から8年連続でシーズン負け越しが決定した。

 フィル・ネビン監督は大谷について「野球の教訓は経験を積んだ同僚から得るもの。若手は翔平の靴下のはき方から、人と話すときの様子まで見ている」と好影響を語った。右脇腹炎症だけでなく右肘じん帯損傷も抱える大谷は19日からの遠征には同行せず、25日(同26日)からの本拠地6試合でチームに再び合流することが改めて発表された。この時点で試合のない18日に右肘の手術を受けるのではと予想を立て、病院近くのホテルに宿の予約を切り替えた。

 ◇ ◇ ◇

 手術のために大谷は病院を訪れるのか……番記者としての責務を背負った筆者は、エンゼルス戦のない休養日も仕事をしつつ、大谷のいないエンゼルスを追う遠征へと旅立つことになる。しかしその姿はなくても、ベンチ内での話題には背番号17の存在感の大きさを感じることになる――。

<第2回に続く>

文=柳原直之(スポーツニッポン)

photograph by AP/AFLO