F1ドライバーは、時に私たちが考えている以上に孤独な環境の中で戦っている。メキシコGPとサンパウロGPの連戦での角田裕毅(アルファタウリ)が、まさにそうだった。

 メキシコGPで8番手を走行していた角田は、7番手を走行していたオスカー・ピアストリ(マクラーレン)をオーバーテイクしようとして接触。弾き飛ばされ16番手まで後退し、その後必死の追い上げも及ばず、角田は12位でレースを終えた。今シーズンチーム最高位となる7位でフィニッシュしたチームメイトのダニエル・リカルドとは、あまりにも対照的な結果だった。

 レース後、テレビ局のインタビューや記者たちからの質問で、ピアストリとの接触を尋ねられた角田は「ノーコメント」を貫いた。メキシコで角田の心は完全に閉ざされていた。

 4日後、ブラジルで角田はこう明かした。

「(メキシコGPでの出来事を)消化するのが大変でした。だから、レース翌日は予定をすべてキャンセルして、ホテルの部屋にこもっていました。罪悪感を感じていたんだと思います。接触するまでは良いレースをしていたのに、あの接触でポイントを獲得するチャンスを失って、チームに対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたから」

 角田は、こう続ける。

「あのとき、僕は8番手を走行していた。19番手とかそういうポジションなら、多少無理してでもオーバーテイクを仕掛けてもいいかもしれない。でも、8番手なら、そのままでもポイントを獲得できた。シチュエーションマネージメントができていないと言われても仕方がありません」

8番手ではダメな理由

 なぜ、角田は8番手に満足せず、前を狙ったのだろうか。角田はこう振り返る。

「僕にとって、大きなチャンスだったんです。8位ではなく、もっと上のポジションを狙っていました。事実、僕が接触する前に僕の後ろを走っていたランド(・ノリス/マクラーレン)は5位でフィニッシュしたんですから」

 角田がピアストリと7位を争っていたとき、その前を走っていたのがチームメートのリカルドだった。口にこそ出さないが、角田がリカルドをかなり意識していた可能性は十分考えられる。

 その根拠として、角田が置かれている現状が挙げられる。角田は2024年もアルファタウリに残留することが決まっている。しかし、これには紆余曲折があったとある関係者が明かす。

「残留が発表されたのは日本GPの土曜日でしたが、じつは3日前の水曜日の時点ではアルファタウリ側はダニエル・リカルドとリアム・ローソンというラインアップで行こうとしていました」

 ローソンはリカルドの代役として第14戦オランダGPから第18戦カタールGPまでの5戦に出走していたレッドブルとアルファタウリのリザーブドライバーだ。シンガポールGPで9位に入賞し、評価を上げていた。

 その情報を聞きつけたホンダがレッドブルを含めたアルファタウリ側と再交渉を行い、角田のシートを確保したというのである。

ドライバー角田裕毅の立ち位置

 角田はレッドブル・ドライバーでもあるが、ホンダが育成したドライバーでもある。そのホンダは2025年限りでレッドブルとのパートナーシップを終了させ、2026年からはライバルチームのアストンマーティンとタッグを組む。ならば、ホンダの息のかかったドライバーにシートを与えるのではなく、レッドブルの育成ドライバーにチャンスを与えるべきではないか、というレッドブルの政治的な判断により、角田ではなくローソンにシートが与えられようとしていた。

 その情報が単なる噂ではないことは、日本GP後のカタールGPで、角田がメディアの質問に答える形で、こう述べていることでもわかる。

「何よりもレッドブルには誤解をしてほしくないと思っています。例えば僕が今後はアストンマーティンに移籍しようと考えているというのは完全な誤解です。僕はアルファタウリに所属していて、18歳のときからレッドブル・ドライバーとしてレースをしてきました。レッドブルが、僕が他のドライバーより優れたパフォーマンスを発揮した場合、僕の将来について考慮してもらえればと思っています」

 2024年のシートを勝ち取ったが、25年に向けてはなんの保証もない角田にとって、25年以降もアルファタウリに残留あるいはレッドブルへ移籍するには、コース上でのパフォーマンスでアピールするしかなかった。メキシコGPはそんな中で行われていたレースだった。

 しかし、このような状況の中でレースをしているのは、角田ひとりではない。多くのドライバーが常にチームから厳しい目で評価を受け、自分の将来について交渉している。その孤独な戦いに勝つことができなければ、コース上での戦いには臨めない。

 メキシコでの挫折を乗り越えた角田は、その1週間後ブラジルで、土曜日に開催されたスプリントで自身初となる6位入賞を獲得した。そのスプリントはメキシコGPを思い起こさせる展開だった。

ミスを乗り越えて

「なかなか前を走る(シャルル・)ルクレールを抜けなかったときは、メキシコGPでの出来事がフラッシュバックしましたが、今日は自分をうまくコントロールできていたと思います。たとえ、オーバーテイクできなくとも、そんなに悪いレースはしていないから、と自分に言い聞かせて走ることができました。それはレース終盤に(ルイス・)ハミルトンを抜いたときも同様です。無理にオーバーテイクしていったのではなく、最後まで落ち着いて走ることができました」

 その逞しくなった心は、翌日の決勝レースでも角田の中で生き続けていた。16番手からスタートすることとなった角田だが、あきらめることなく、かつ気負うことなく、自分の走りに集中して、見事9位入賞を勝ち取った。その走りを見ていたレッドブルのクリスチャン・ホーナー代表はこう語った。

「ブラジルでユウキは良いレースをした。ダニエルも先週末(メキシコ)に素晴らしい走りを見せた。彼らが復調してきたことは、われわれファミリーにとっても実にいいことだ」

 ドライバーの孤独な戦いは、これからも続く。

文=尾張正博

photograph by Getty Images / Red Bull Content Pool