サーキットに詰めかけた多くのカメラマンを前に、さまざまなポーズで応じるレースクイーンの姿。世界に目を向けるとF1では「グリッドガール」が廃止されて5年以上が経ち、華やかな衣装でサーキットに立つ女性の存在は世界的に「絶滅危惧」の状態にある。ガラパゴス化された日本ならではの光景といえるが、彼女たちはどのような思いでサーキットに向かっているのか。

 2017年からレースクイーンの活動を開始し、「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー22-23」を獲得した藤井マリーさんに「レースクイーンの仕事」と「世界的な“廃止”の流れをどう思うか」について話を聞いた。(全2回のうち第2回/前編は#1へ)

レースの日は、4時に起きてメイク

――レースクイーンの仕事内容について聞かせてください。どのようなスケジュールで仕事をするのですか。

藤井 土日のレースでは現在所属しているチーム(ARTA/raffinee lady)のサポート、平日はイベントに出演することもあります。たとえば今週末にスーパーGTがあるとすれば、4時には起きてメイクをして、始発で7時くらいにはサーキットに入ります。すぐに衣装に着替えて、8時くらいからスポンサーステージに出演。そこでメインスポンサーと所属チームのPRをするのですが、うちのチームはトップバッターなので特に早いんです。

 PRが終わって少し休憩したら、午前中のピットウォーク(ピットレーンでのファンサービス)があって、物販サイン会や写真対応をします。日曜日はそれに加えて、スタート前のグリッドウォークでのドライバーさんの紹介に伴うサポート。午後はレースを応援しながら、SNSで実況中継ツイート……と、すべて終わるのは17時くらいですね。ほかにスーパー耐久のレース日は、特別ステージを設けていただいてユニットで歌を披露することもあります。

――夏に長時間外に出ていて、それもハイヒールでとなると、体力的にキツそうです。

藤井 化粧品の販売員時代もヒールだったので、慣れてました。むしろそのときのほうが立っている時間が長かったくらい。暑さも父がパキスタン人だからか耐性があって、寒さのほうがキツいです。露出が多い衣装だから、カイロを貼れるスペースも限られているので(笑)。

アルバイトは壁紙屋

――化粧品の販売員時代は正社員だったんですよね。そこからレースクイーンに転身されて、収入のほうは……?

藤井 実は、給料はかなり下がりました。会社員から個人事業主になりましたし。コロナ前までは、平日はアルバイト、土日はレースクイーンをして東京でひとり暮らしだったり友達とルームシェアをしたりしていました。今は実家で暮らしています。

――どのようなアルバイトを?

藤井 壁紙屋さんで働いていました。壁紙の注文が入ったら、カットした壁紙にサイズを記入した伝票を貼ってドライバーさんに渡して、という仕事を淡々と……。土日とのギャップが私にとって大切だった気がします。というのも、“藤井マリー”は人前に立つのが好きだけど、そうじゃない時の私は黙々と作業するのも好き。ほとんど別人といっていいくらい違うんです。だから、淡々とアルバイトをすることで精神的なバランスを保っていたのかな。

父にはレースクイーンのことはほとんど話してません

――パキスタン人のお父さまが失踪中に母国で結婚されていたという青春時代のお話、レースクイーンとアルバイトの掛け持ちで休みなしの生活と、ハードなご経験も、すごく前向きに捉えていますよね。

藤井 もともと、少し器用というか、置かれた状況を楽しめるような耐性があるのだと思います。デンジャラスな人生経験に鍛えられたのかな(笑)。ただ宗教上、女性がおへそを出す服装でいることに抵抗があると思うので、父にはレースクイーンをやっていることはほとんど話してません。

――あらためて、レースクイーンとして見てきたモータースポーツの魅力はどこにありますか。

藤井 一見、個人スポーツのようですが、実態はこれ以上ないほどのチームスポーツです。ドライバーさんのみならず、レーシングカーを設計・メンテナンスされるエンジニアさん、レース中にタイヤ交換や給油をするメカニックの方々……。レース当日を迎えるまで、みんな夜まで練習をして、0.001秒を縮めようとする姿に胸を打たれました。レースの迫力とともに、舞台裏のドラマについても、多くの人に知ってもらいたいですね。

どうしてレースクイーンという“職業”が批判されるのかな

――今年3月、レースクイーンの中から最も活躍した人が表彰される「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー22-23」を受賞。文字通り“女王”に上り詰めましたが、10月に自身のSNSで「卒業」を発表。どういった経緯で決断されたのですか。

藤井 レースクイーンとしてモータースポーツの魅力を知るほどに、どうにかして世間一般に向けて、知名度や人気を高められないかな、と思うようになって。

――ちなみに今、世界に目を向けると、「現代の社会規範にそぐわない」という理由からF1で「グリッドガール」が5年前に廃止されました。“レースクイーン”がなくなっていく傾向について、藤井さんはどう見ていますか。

藤井 私の個人的な意見ですが……今の時代は、一般の女性が好んで、水着姿や少し際どい服装をInstagramやTikTokにアップしてますよね。そうしたカルチャーが広がっているのに、どうしてレースクイーンという“職業”が批判されるのかな……と少し不思議に感じています。ドライバーやエンジニアが0.001秒を早くするために努力する、レースクイーンがトークショーやSNSでPRをする。私たちもモータースポーツ界の一員として認められるように、と思って活動しています。

業界外への情報発信はレースクイーンがやりやすい

――レースクイーンの必要性は確実にある、と。

藤井 私はそう思います。ある時、伝説的なドライバー・土屋圭市さんが言ってくださったんです。「レースクイーンがお客さんを呼んでくれてるよ」って。もちろん、SNSで積極的に発信されているドライバーさんもいます。ただスポンサーさんとの兼ね合いがあって、言えないことも多いし、PRの方法も限られてくると思うんです。その点、レースクイーンだからこそモータースポーツ全体を盛り上げられるのかなって。

 シーズン中も年8回。1ヵ月のうち基本的に2日しかレースがないので、意識的に発信していかないとモータースポーツの存在すら忘れられてしまう。レースの告知だけでなく、レース以外の日は何をやっているのか。日頃からコスチュームを載せたり、どんな裏方さんがいるのか伝えたり、業界外への情報発信はレースクイーンがやりやすいんです。地上波放送もないですし、F1ほどプロモーションにお金はかけられないとも思うので。

家族に言われて気づいた「初心者の障壁」

――藤井さんは大のDeNAファンとのことですが、野球などメジャースポーツとの差は感じますか。

藤井 観客は圧倒的に少ないですね。仕方ないことですが開催日数も少ないですし。野球やサッカーと比べて、アクセスも厳しい……。神宮球場みたいな場所にサーキットないですからね(笑)。それに加えて、チケット購入の難易度が高いんです。

 というのも、私が卒業することを知った家族がサーキットに観に来てくれることになって。そのときに買い方が難しい……と泣きつかれたんです。実際、6年以上レースクイーンをやってきた私が見ても難しかった。会場が広く、入場できるエリア別にチケットが分かれているのですが、「ピットウォーク」と書かれていても、それが何かわからない人も多いですよね。専門用語が多くて、ファンの方は困惑するだろうなと。その点、野球はすごく気軽にチケットを買えるじゃないですか。初心者の障壁をなくすことも必要だと思います。

いつの間にか夢は…

――レースクイーンを卒業しても、気持ちは“モータースポーツ界の一員”のままですか。

藤井 卒業してもレースクイーンやレースを身近に感じてもらえるよう、モータースポーツを盛り上げる活動をメインに、一歩外に出てさまざまなメディアで発信していけたらと思っています。タレントを志望して事務所に入ったけれど、いつの間にか夢は「サーキットにたくさんのお客さんを呼びたい」に変わってました。

 <「レースクイーンになるまで」編もあわせてお読みください>

文=田中仰

photograph by Shiro Miyake