昨季限りで現役を引退した、元女子バレーボール日本代表・石井優希(ゆき/32歳)。今稿では引退決断の理由を明かしている。その後に発表した「結婚」が決め手となったのか、それとも……。【NumberWebインタビュー全3回の最終回/『“戦友”古賀紗理那へのエール』編、『中田久美監督と木村沙織の言葉』編もあわせて読む】

 石井優希が、東京五輪前に感じていた不安要素とは――。

 それは五輪開幕の約1カ月前まで行われていたネーションズリーグで感じたものだった。

 日本は予選ラウンドで勝ち星を重ね12勝3敗の3位でファイナルラウンドに進出。準決勝でブラジル、3位決定戦でトルコに敗れたが4位という結果を残した。ただ、ミドルブロッカーとリベロ以外はメンバーが固定されており、先発メンバーを大きく入れ替えたのは11戦目のアメリカ戦と、ファイナルラウンド進出決定後の15戦目セルビア戦だけだった。

「ネーションズリーグに入る前に、この大会はオリンピックメンバーの選考の場になると言われていたので、みんな必死でした。でも勝つためにメンバーを固定されたので、やっぱり不満を持つ選手も出てきます」と石井。

 メンバーを初めて大きく変えた試合が当時世界ランキング1位だったアメリカ戦。ベストメンバーで臨んでも勝つのが難しい相手だからメンバーを変えたのだろうと、控え選手たちがネガティブに捉えてしまう空気になっていた。

「メンバーに選ばれたいとみんな必死だからこそ、ネガティブに捉えてしまうところもあったと思います。メンバー選考もある中で、チームのまとまりを作ることはなかなか簡単なことではありません。レギュラーとレギュラー外、選手とスタッフそれぞれの思いに少しギャップがあったのかもしれません」

「どういう顔していいかわからなかった」

 そんな中で迎えた東京五輪では、初戦のケニア戦は3-0で勝利したものの、その後セルビア、ブラジル、韓国、ドミニカ共和国に4連敗し、予選ラウンド敗退となった。

 石井自身は、「自分にできることをしようと開き直ってやっていた。本当に東京五輪が最後だから出し切ろうと思ってやったので、後悔はない」と振り返る。だが、突きつけられた結果はつらいものだった。

「25年ぶりの予選ラウンド敗退なので、立場がなくて……。五輪のあと、どういう顔をしてバレー関係の人と会っていいのかわからなかった。チーム(久光スプリングス)に合流するのも気まずかったですね」

 五輪後は岡山の実家に帰り1カ月ほど休養した。

「ほぼ家からは出ませんでした。本当に体を休めて、気持ちも、とりあえずバレーのことは忘れてゆっくりしていました。そうすると、徐々に『もう一回、楽しくバレーやりたいな』という気持ちになっていきました」

 引退についても考えた。

「その時点で『もういいかな』と思ったりもしたんですけど、でも、久光でもそれまでの2シーズン(7位、8位と)結果を残せていなくて、代表でも終わり方がよくなかったので、それで引退というのは自分の中でなんか違うなと。(その時点では)『バレー、楽しかったー』という引退ではなかったから、もう一回、結果は気にせず、楽しくバレーをして終えたいなと思って、久光とまた契約させてもらいました。

 それからは、『自分が引っ張ろう』という感じじゃなく、『頼られた時に頑張ろう』というぐらいのスタンスでやっていたら、すごく楽しくて。もう一度久光で優勝したいなと思っていましたけど、そのシーズンに皇后杯とリーグで優勝できるとは正直思っていなかったので、すごく嬉しかった。特に皇后杯は嬉しかったですね。あのシーズンのチームは勝負どころや後半に強かった印象があります。波はあっても、ここは勝たないと、というところで勝つことができた。なんか、根拠のない自信がありましたね(笑)」

13年間の現役生活に幕「やりきった気持ち」

 石井はそう言うが、“根拠”の一端は石井にあったように見えた。若手が台頭し始めた久光の中で、劣勢の場面や勝負どころでは経験豊富な石井が存在感を発揮。東京五輪後の2シーズンは、若手に移行しながらも、最終的には石井が主力に落ち着きチームを支えた。

 そして2022-23シーズンのVリーグを最後に、現役を引退。今年6月に行われた引退会見では、「本当にやりきった気持ちがすごく大きくて、今は晴れやかな気持ちです」と清々しい表情だった。

 会見に同席した久光の萱嶋章代表が「人懐こい笑顔や、人柄のいいところが彼女の良さ」と語っていたように、取材する側にとっても、どんな時も正直に、分け隔てなく人と接する石井にはいつも頭が下がる思いだった。その人柄のよさゆえに、怒られ役になったり、周囲に気を遣い、いろいろなものを真正面から受け止め悩んだことも多かったかもしれないが、最後に「すごく楽しかった」「やりきった」という言葉を聞けて、こちらもなんだか嬉しくなった。

 引退後は久光とマネージメント契約し、解説やテレビ、イベントなどへの出演を通して、バレーボールの魅力を伝えようとしている。

 8月には一般男性との結婚を発表し、福岡で新生活をスタートさせた。旦那さんとは知人の紹介で知り合ったという。馴れ初めについて、照れくさそうにこう話す。

「私はもともと、できればバレーをしていない人、私のことを知らない人がいいなと思っていたんです。最初は友達と何人かで食事に行ったんですけど、彼は何も知らされずに来たみたいで、会った時に、私がバレー選手だと言っても全然わからないぐらい本当にバレーに興味がない人でした(笑)。だからスタートが“バレーの石井”じゃない。それがなんかいいなと思って。お互い第一印象が特別よかったわけではないんですけど、どういう人なんだろう? というところから、距離をつめていった感じです」

 結婚を機に引退したのかと聞かれることが多いが、そうではないと言う。

「結婚してからも続ける選択肢はあったんですけど、代表でもやりきったし、久光でも(21-22シーズンに)優勝をもう一度させてもらって、もうやりきったなという気持ちがあったので、引退しました」

 今は仕事をしながら、慣れない家事もこなしている。

「苦手ですけど、頑張ってます(苦笑)。現役の時は料理はあまりしていなくて。練習がある日は体育館で食事を摂っていましたし、自分だけのために1人分を作るのが面倒くさかったので休みの日は外食したり、家で食べるとしても、納豆と豆腐を一緒に混ぜて食べるぐらいな雑な感じでしか作っていませんでした(苦笑)。でも誰かのために作るとなるとモチベーションは保てますね。まだレシピを見ないと作れないのでアプリを活用させてもらいながら、なるべく被らないように作っています」

 何事にも一生懸命な石井が奮闘する、朗らかな食卓の風景がなんだか目に浮かぶ。

(全3回・完)

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第1回では“戦友”でもあった古賀紗理那へのエール、第2回では中田久美監督の存在や苦悩の時期の支えになった憧れ・木村沙織からのLINEなど、これまでのエピソードを明かしています。

文=米虫紀子

photograph by Naoki Nishimura/AFLO SPORT