大坂なおみが資金面で貢献している「大坂財団」。ハイチの貧困家庭を支援するその財団の存在を知る者は少ない。活躍の裏で大坂が協力を続けてきた財団の活動を取材した。(全2回の第1回/続きは#2へ)

「大坂財団」はスポーツと教育を通してハイチを変える

 世間であまり知られていないが、その実態を知る人にはこうも呼ばれている財団がある。

「なおみ財団」———。

 正確には『Osaka Foundation=大坂財団』という名称で、そこまで聞けば誰もが察する通り、大坂なおみと深い関わりがある。 代表は父レオナルド・フランソワさんと母の大坂環さんが務める。レオナルドがハイチ出身のアメリカ人であることはよく知られるが、その財団の目的は「ハイチの貧しい家庭とその子供たちの生活を支援し、スポーツと教育を通してハイチを変える」というもの。資金はほぼ全てなおみの収入である。

 大坂の収入といえば、米経済誌『フォーブス』が毎年発表する<長者番付>で2020年から3年連続で女性アスリートのトップに君臨したことがよく知られている。昨年の推定年収は5110万ドル(約70億円)と報じられた。オンコートでは低迷して賞金が減っても、その唯一無二のキャラクターと発信力・影響力の大きさでスポンサー収入は逆に増えたほどだった。しかし、その額ばかりが騒がれる中、環さんからは以前こんな話を聞いていた。

なおみが何十億稼いでいるとニュースになりますけど…

「なおみが何十億稼いでいるとニュースになりますけど、ハイチの学校にね、実はものすごくお金がかかるんです」

 その学校というのは、レオナルドの故郷でもあるハイチ南部の町ジャクメルにあって、名称を『IOAセンター』という。『IOA』もまたレオナルドたちが設立したNGO団体だ。東京ドーム2つ分ほどの8万平方メートルの敷地内に、学校と幼稚園、寮もあり、そこで2歳以上の子供たち約200人が共同生活をしながら教育を受けている。スポーツ施設はテニスのハードコート6面のほか、100メートルトラックや25メートルのスイミングプールなどもある。

 多くの雇用を生んでいることも重要な点で、教師や保育士のほか、テニスコーチ、給食や清掃などを担うスタッフの数は計35人ほどになるという。その施設の建設費用、運営費用はすべて大坂財団が賄っている。

20年前に両親が作った学校

 かつてまだこれほどの規模ではない頃、大坂もこの施設についてSNSで触れたことがある。全米オープンでの初優勝などで大ブレークする前の年、2017年のオフシーズンにハイチを家族で訪れたときのことだった。そこで、「20年前に両親が作った学校」とさらっと書かれていた内容に当時は驚いたものである。20年前といえば一家がまだ大阪にいて、かなり貧しい生活を送っていたという認識だったからだ。

 実際、環さんも昨年刊行した著書の中で、「この頃は、とにかくお金がなかった」「二人でどんなに一生懸命に働いても、給料日前には金欠になってしまうという超貧乏生活でした」などと綴っている。そんな状況で、ハイチに学校を作ったとはいったいどういうことだったのか。今回、あらためてレオナルドに話を聞いた。

レオナルドのバーから始まった支援活動

 それは、世間から注目されることもない小さな活動から始まった。彼は当時いくつか仕事を掛け持ちする中で、夜はバーを経営していたという。そこに集まる日本人や外国人たちと親しくなり、苦労を分かち合い、助け合う仲間になっていた。そして、あるとき知った日本の現実に衝撃を受けた。

「本当に驚いたよ。日本にもたくさんのホームレスがいることにね。ショックだった。それで、僕のバーに集まる仲間たちといっしょにおにぎりを作ってホームレスの人たちに配ることを始めたんだ。僕たちは裕福ではなかったけど、少なくとも屋根のあるところで眠っていたし、協力してくれる仲間もいた。日本のホームレスの生活を良くするために、少しでもできることがあるならやりたいと思った。これが『IOA』の本当のスタートだったんだ」

IOAとは?

 IOAは『International Outreach Association』の略で、アウトリーチは「奉仕」の意味だ。そこから、同じボランティア・グループの活動としてハイチへの支援も行うようになる。ハイチは「世界の最貧国」とも呼ばれる国。一般庶民には基礎教育も行き届かず、子供たちの栄養不良も深刻だという。レオナルドたちは、日本で捨てられる机や椅子、その他の物資をハイチに送り、募金活動も行って小さな幼稚園を設立した。こうして長年にわたって地道に行なってきたIOAの活動は、なおみのテニスコートでの成功によって劇的に変化し、幼稚園は今のアカデミーへと発展を遂げた。

歓迎した大統領が殺害される治安状況

 なおみは全米オープン優勝の数カ月後にも家族とハイチを訪れ、当時の大統領ジョブネル・モイーズ氏の歓迎も受けている。しかし、その大統領は2021年7月に自宅で武装集団に殺害された。ハイチの政情不安と治安悪化はとどまるところを知らず、殺人や誘拐、性暴力も横行しているという。首都ポルトープランスはほぼギャングの支配下にあり、国連が多国籍部隊を派遣するというニュースも最近目にした。外務省が発出する危険情報では、最大危険度を表す「レベル4」。当然ながら新型コロナウイルス感染症の対応も不十分で、多くの学校が閉鎖される状態が続いた。IOAセンターも完全な共同生活を維持できなくなったが、それでも多くの子供たちが各家庭からセンターへ通っている。

 ジャクメルは首都から100キロほど離れており、レオナルドは「首都は最悪だけど、ここはまだまし」と、定期的にアメリカからハイチへ渡る。

大坂が積極的にアピールしない慈善活動

「ここを作った責任がある。ハイチの子供たちが食べ物や住むところの心配をせずに、勉強したりスポーツをしたりできる場所を作りたかったんだ。学んだことが将来何かのチャンスにつながるかもしれない。なおみは子供たちの憧れだし、すごく助けてくれているよ。警護などいろいろ大変だからしょっちゅうは来られないけど、オンラインで子供たちと話したりもするしね」

 もともと両親が始めた活動とはいえ、なおみあっての今だ。しかし、これほど大きな役割を担っている大坂が、自身のハイチへの支援について積極的にアピールしたことはないのではないだろうか。テニスを含め、多くのスターアスリートは自身の慈善活動や寄付について積極的に世に知らせるもので、たとえばロジャー・フェデラーは21歳のときに財団を設立し、母国スイスとアフリカの恵まれない子供たちの生活改善を主な目的として事業を行なってきたことがよく知られている。

積極的に話してこなかった理由

 大坂の場合は、ロサンゼルスに約8億円の豪邸を買ったとか、アメリカの女子サッカーチームの共同オーナーになったなどといった超大金の使い方は報じられるが、このハイチ支援こそ日本でももっと知られていい。しかし、レオナルドはそうなることを望んではいなかった。

「僕たちがこのことをあまり積極的に話してこなかったのは、これは僕らの生きがいであって、別に自慢するようなことではないからだ。それに、まだ何の結果も出していない」

 なおみは大きなタイトルを獲るとよく言っていた。「両親が喜んでくれることが一番うれしい。いつか大きな恩返しをしたい」。恩返しの方法は、私たちの安易な想像とはスケールが違った。家族への思いが、結果的にハイチの荒れた地に夢の種をも蒔いている。

 大坂財団の支援によって、日本の高校に留学したハイチのテニス少年がいる。財団としての「最初の留学生」に話を聞くと……<続く>

文=山口奈緒美

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