11月下旬から12月初めにかけて、なでしこジャパンがブラジル・サンパウロへ遠征し、ブラジル女子代表と2試合を行なった。

 11月30日の初戦は3−4で惜敗したものの、12月3日の2戦目は2−0で勝利を収めた。

 試合内容、そして試合後に見せた監督、選手たちの“品格ある振る舞い”については後でお伝えするが――最初に日本のフットボール・ファンにお伝えしておきたいのは「なでしこの選手たちにとって、これほど過酷な遠征はおそらくキャリアで最初にして最後なのではないか」ということだ。

片道約30時間で時差12時間、冬から夏…過酷な遠征

 まず、時差の問題がある。遠征メンバーのレギュラーの約半分が日本で、残りが欧米でプレーするが、ブラジルとの時差は日本が12時間、欧米が数時間。第1戦の開始時間が現地時間の午後3時15分だったが、日本では未明の3時15分。昼夜が完全に逆転している。このキツさは、体験した人にしかわからないだろう。

 そして、日本からだと飛行機で乗り継ぎを含めて約30時間という超長旅で、気候も正反対。日本も欧米も寒さを増す冬季に差し掛かっているが、ブラジルでは2試合とも試合開始時点で摂氏30度を優に超え、しかも蒸し暑かった。

 一般に、暑い所から寒い所へ行くのと比べ、寒い所から暑い所へ行く方が適応が難しいとされる。しかも、ブラジルの紫外線は日本より強い。試合中、選手たちは頭を強く叩かれ続けたような気がしたのではないか。

 さらに試合間隔は中2日。2試合目で、先発メンバーをなでしこは5人、ブラジルは6人入れ替えた。

なでしことブラジルの状況を比較してみると

 この2試合を迎えた時点での、なでしことブラジルの状況を比較しておこう。

 なでしこは、今年の7〜8月にかけて行なわれた女子W杯グループステージ(GS)を3戦全勝で首位突破(※結果的に大会の覇者となったスペインに4−0と圧勝)。得点11、失点0の好内容で、世界中から賞賛を浴びた。ラウンド16でもノルウェーに快勝したが、準々決勝で大会3位となったスウェーデンに惜敗した。

 その後、2024年パリ五輪のアジア2次予選を3戦全勝で突破し、来年2月末、北朝鮮との間で行なわれる最終予選を突破すれば五輪出場権を獲得する。

 一方、ブラジルはW杯のGSで1勝1敗の状況から格下ジャマイカと引き分けて敗退。アメリカ代表を率いて08年、12年五輪で金メダルを獲得したスウェーデン人のピア・スンドハーゲ監督を解任し、ブラジル人のアルトゥール・エリアス監督が指揮を執る。2024年パリ五輪の南米予選を兼ねた2022年コパ・アメリカ(南米選手権)で優勝しており、すでにパリ五輪出場を決めている。世界ランキングは日本が8位、ブラジルが9位である。

17歳CB古賀らが先発した第1戦は2点差を追いついたが

 11月30日の第1戦で、なでしこは初招集の17歳のCB古賀塔子(JFAアカデミー福島)がいきなり先発。主将の熊谷紗希(ローマ)がアンカーを務め、3トップは右から藤野あおば(東京ヴェルディ)、植木理子(ウエストハム)、宮澤ひなた(マンチェスター・ユナイテッド)だった。

 なでしこは前半38分、左サイドを崩し、ファーサイドの長谷川唯(マンチェスター・シティ)からの折り返しを藤野がダイレクトで叩いて先制。しかし、ブラジルはFKを直接決めて追いつく。そして後半15分、ブラジルは熊谷のバックパスをさらって逆転し、3分後にもなでしこの最終ラインのミスに乗じて加点した。

 2点差を付けられて非常に厳しい状況に追い込まれたものの、なでしこはここから逞しさを発揮する。初招集の18歳MF谷川萌々子(JFAアカデミー福島)がペナルティエリア内で倒されて獲得したPKを左SB遠藤純(エンジェル・シティ=アメリカ)が強烈に決める。そして、右からのクロスをCF田中美南(神戸レオネッサ)が左足アウトサイドでコースを変えてゴールへ流し込み、3−3に追いついた。

 アディショナルタイムに入って引き分けかと思われたが――終了直前、ブラジルに見事なミドルシュートを放り込まれ、3−4で敗れた。

2戦目は効率良く点を取り、体を張って無失点

 2戦目の試合開始は午前11時で、1戦目にもまして暑かった。

 前半15分、右CKをファーサイドでフリーになったCB南萌華(ローマ)がボレーで叩くと、ブラジルのDFに当たってコースが変わって先制。さらに3分後、中盤でボールを受けた田中がゴールの方向を全く見ないでロングシュート。前へ出ていたGKの意表を突いて、ゴールへ飛び込んだ。

 前半は、ミスからピンチを招いた場面もあったが何とか凌ぎ、効率良く点を取った。しかし後半は疲れが出たのか、中盤を支配されてほぼ一方的に攻め込まれた。それでも、なでしこの選手は球際では体を張って防ぐ。W杯後、これがまだ4試合目でチーム作りが遅れているブラジルのミスにも助けられ、無失点で試合を終えた。

 ブラジルは、世界に冠たるフットボール王国である。大多数のメディアと国民は、W杯で優勝経験がある国しか強豪と認めていない。男子は、ブラジルが世界最多の5回の優勝を誇るのに対して、日本はまだベスト8入りを果たしたことがない。両国の対戦成績も、ブラジルの11勝2分と圧倒的だ。

ブラジル監督「パリ五輪では優勝候補の一角だろう」

 一方、女子はなでしこがW杯では11年大会で優勝、15年大会で準優勝し、五輪でも12年に銀メダルを獲得している。それに対してブラジルはW杯で2007年大会で準優勝、五輪では2004年と2008年に銀メダルを獲得しているが、実績ではなでしこに及ばない。両国の対戦成績は、今回の2試合を含めて日本が6勝2分5敗と勝ち越している。

 ブラジルのエリアス監督は「日本選手は、非常に技術レベルが高く、状況判断も素晴らしい。経験豊富な選手が多い一方で、若い選手も台頭してきている」、「パリ五輪では、優勝候補の一角だろう」と敬意を払っていた。

 この2試合を通じて、なでしこには多くの収穫があった。

 攻撃では、リズミカルにパスをつなぎ、SBとCBの間のスペースを巧みに突いたり、SBが果敢にオーバーラップをしたりして変化をつけ、思い切り良くシュートを放った。2試合で5得点という数字は、もちろん合格点だ。

 個人では、長谷川の崩しのパスは威力を発揮したし、田中が2得点を挙げ、植木と藤野もゴールという結果を出した。一方、守備ではCB南が非常に安定していた。古賀も時折ミスはあったが伸び伸びとプレーし、球際でも強さを見せた。過酷な条件下で若手を含む多くの選手を試しながら、1勝1敗という結果を残したのは褒められていい。

課題も見えたが意義のある“弾丸遠征”だったのでは

 その一方で、課題も残した。

 最大の問題点は、第1戦の後半、最終ラインのミスから立て続けに失点を喫したこと。高いレベルの試合では、決してあってはならない類の失態だ。

 熊谷は「ブラジルの2点目は、私の完全なパスミス(バックパスが短くなったところをブラジル選手に拾われ、独走を許した)。その後の失点も、本来なら防ぐことができた」と悔しそうだった。

 第2戦も結果的に無失点に抑えたとはいえ――疲れのためか高い位置からのプレスが効かなくなり、多くのピンチを招いた。

 池田太監督は「最後の試合で、強豪相手にアウェーで勝ち切れたのは大きい。W杯後、着実に成長しているという手応えがある」と語った。また第2戦で貴重な先制点を挙げた南は「困難な場面もあったが、全員で何とか乗り切ることができた。みんな、これで帰りの長旅が少し楽になると思う」と笑顔を浮かべた。

 極めて困難な状況で、アウェーでブラジルと互角以上に渡り合い、勝利も手にしたことは、選手たちにとって大きな自信となったはず。試合後、ピッチの上で集合写真に収まった顔は、強い日差しを浴びて光り輝いていた。

 ブラジルは、来年2月のアジア最終予選で対戦する北朝鮮とは全くタイプが違う。試合時の気候も、今回の2試合とは真逆だろう。とはいえ北朝鮮とのアウェーゲームではピッチ外の要素も絡むだろうから、何が起きるかわからない。「この上なく厳しい状況で戦う」という点では、絶好のシミュレーションとなったのではないか。

 そして、なでしこジャパンが見据えるのは単にパリ五輪に出場することではなく、遥かその先だろう。その意味でも、非常に意義のある“弾丸ブラジル遠征”だったのではないか。

なでしこ全員が深々とお辞儀…地元観衆も拍手

 最後に、スタジアムで試合を見ていて強く印象に残ったことについて触れたい。

 試合前、池田監督となでしこの選手たちはウォーミングアップのためピッチへ出てきた際、中央で一列に整列し、観衆に向かって深々とお辞儀をしていた。試合後にも、同じ挨拶を繰り返し、地元観衆から大きな拍手を受けていた。

 これだけではない。

 第1戦では、片方のゴール裏に日の丸を掲げた数十人の日本人ファン(その大半がブラジル在住者か)がいたのだが、試合後、彼らに気付いた選手たちが歩み寄り、頭を下げてから手を振った。

 さらに、池田監督が一人だけ前へ進み、「応援ありがとうございました」と大声で叫んだ。サムライブルーの森保一監督はファンを大切にすることで知られるが、池田監督も同様だった。

「長谷川選手、サインをお願いしますという紙が」

 そのほかにもある。エースの長谷川がスタンドへ駆け寄り、ファンが差し出すユニフォームや日の丸にサインをしたり、写真撮影に応じていた。もちろん、ファンは大喜びだ。この試合のことは一生忘れないだろう。

 試合後、彼女にこの行動について尋ねたところ「『長谷川選手、サインをお願いします』という紙が見えたので……」とのことだった。彼女はなでしこでも指折りの人気選手だが、その理由がよくわかった。

 今年3月にマイアミで行なわれたWBCの終盤戦、今年9月から10月にかけてフランス各地で行なわれたラグビーW杯でも、日本選手の観衆、ファンへの敬意と礼儀正しさは際立っていた。

 種目は違えど、日本代表選手のスタンダードとなっている感がある。同じ日本人として、誇らしく思った。

文=沢田啓明

photograph by Ricardo Moreira/Getty Images