1月23日、大阪観光局がF1の誘致を目指すことを明らかにした。

 大阪がF1に興味を示したのは今回が初めてではない。2019年に大阪市長時代の吉村洋文・現府知事が、大阪万博の会場にして、カジノを含むIR(統合型リゾート)も建設される予定の夢洲でF1を開催したいという意向を示したことがあった。 しかしその後、行政による運営では採算が合わないなどの理由で誘致は断念された。

 その大阪が再び動き出した。それにはF1を取り巻く状況が、最近になって急速に変化していることが関係している。

 これまでのF1は、常設のサーキットで行うことを基本として年間のスケジュールが組まれてきた。F1発祥の国イギリスにあるシルバーストン・サーキットがそうであり、現在日本GPの舞台となっている鈴鹿サーキットもレース専用のコース。かつて市街地サーキットで開催されたレースは、モナコGPやアデレードでのオーストラリアGPぐらいだった。

 だが近年では、市街地サーキットで開催されるケースが増えてきた。シンガポールGP、アゼルバイジャンGPがその代表であり、昨年復活したラスベガスGPもコースの大部分が一般道を閉鎖した市街地コースだった。24年に行われる24戦中、コースの一部が一般道になっているものも含めて市街地で行われるF1は、全体の約3分の1まで増加している。

 その理由は、常設サーキット場の運営に莫大な維持費がかかるためである。それでも、F1(正確にはF1の商業権を管理するリバティ・メディア)側との間で定められている開催権料がそれほど高くなかった時代なら、莫大な維持費をかけてでもF1を開催することで得られるメリットのほうが大きかった。

開催権料高騰で消滅するグランプリ

 しかし、近年の物価の高騰とともに、F1側も開催権料を高く設定しなければならなくなった。常設のサーキットを舞台にした伝統的なグランプリの開催権料が約20億〜30億円だったのに対して、21年から開催されたサウジアラビアGPの開催権料は年間1億ドル(約140億円)とも言われている。サウジアラビアの場合は多額のオイルマネーも関係しているが、シンガポールなどの市街地開催ならアクセス面から多くの集客が見込まれ、宿泊代などの経済波及効果も大きく、高騰する開催権料を支払っても収益が出せる仕組みとなっていると考えられる。

 これに対して、大都市から離れた常設のサーキットで行われることが多いヨーロッパの伝統的なグランプリは、次々にF1開催を断念。ドイツGPは19年を最後に、フランスGPも22年限りでF1のカレンダーから姿を消し、モナコGPやベルギーGPといった歴史のあるグランプリももはや安泰ではなくなっている。

 現在、日本GPを開催している鈴鹿も例外ではない。世界最高峰のサーキットのひとつと言われている鈴鹿で行われている日本GPの開催権料は、ヨーロッパの伝統的なグランプリと同等と言われている。しかし、その契約は24年まで。25年以降の開催に関しては、現在F1側と交渉の真っ只中。大阪がF1の誘致を再開したのは、そんなタイミングだった。

 過去に大阪がF1開催を断念したのは公的資金だけでは高額な開催権料が賄えなかったためだ。ところが、今回F1の誘致を目指す大阪観光局は「民間による運営なら、採算は取れる」とし、国内外の多くの企業と組んで誘致を目指そうとしている。大阪は高額な開催権料を提示されることを前提で、今回再び手を挙げたのである。

 F1には「1カ国1開催」という原則がある。過去には日本で2開催行われたこともあり、現在アメリカでは1年に3グランプリ行われているため、例外的に再び日本で2開催される可能性がないわけではない。ただし、今年の日本GPが輸送上の問題によって秋から春に移動したことを考えると、春に日本GPを開催した後に、秋に再び大阪でF1を開催するのは現実的ではないし、春に日本でF1が2度開催される可能性はさらに低いだろう。

 つまり、25年以降の日本GPは、鈴鹿vs.大阪の一騎打ちの様相を呈している。そして、鈴鹿といえども、今回の戦いは一筋縄ではいかない状況に直面している。F1をエンターテイメントと捉えるなら、大都市での公道レースは多くの集客が見込め、経済的効果も大きい。ファン、主催者、F1にとってウィン・ウィンとなることだろう。

鈴鹿を存続させるために

 しかし、F1は自動車レースというスポーツであることを忘れてはならない。

「俺はレースをやるところが欲しいんだ。クルマはレースをやらなくては良くならない」

 鈴鹿はホンダの創業者・本田宗一郎の信念のもと作られた日本初の全面舗装サーキットだ。本田宗一郎の夢によって多くの技術者が鍛えられ、世界へ挑戦するドライバーたちが鈴鹿から巣立った。そして、鈴鹿で戦う彼らから、私たちは勇気をもらってきた。

 だから、鈴鹿を愛する人たちに言いたい。いまこそ、私たちは鈴鹿に恩返しをしようじゃないか。今年の日本GPは4月5日から開催される。スタンドが鈴鹿を愛する人たちで埋められることを期待したい。

文=尾張正博

photograph by JIJI PRESS