柔道女子63kg級でパリ五輪代表に内定した高市未来(29歳)。東京五輪では女子で唯一メダルを逃し、2022年には選手生命を脅かす大ケガを負うなど、“3度目のオリンピック”までの道のりは壮絶な時間だった。一時は“引退”も考えたという高市を、もう一度奮い立たせたのは夫・賢悟さんの存在だった〈NumberWeb全2回インタビューの前編/後編に続く〉。

 2023年12月、東京体育館、柔道グランドスラム東京大会。

 パリ五輪の日本代表選考会を兼ねたこの大会で、女子63kg級の高市未来は準々決勝で2022年世界女王で五輪代表の座を争うライバル堀川恵に勝利。5試合を勝ち抜いて頂点に立ち、3大会連続の五輪切符を掴んだ。

「またオリンピックに行けるんだ……」

 表彰台で彼女は大粒の涙を流した。

 2回戦敗退に沈んだ失意の東京五輪から2年あまり。一時は引退も視野に入れたが、悩んだ末に現役続行を決断。しかし、復帰に向けた矢先の2022年2月には左膝の前十字靭帯断裂と長期離脱を余儀なくされ、選手生命の危機にも直面した。2016年のリオ大会も5位と不完全燃焼で五輪を終えている。

 五輪の度に挫折を経験し、それを乗り越えながら強くなってきた。

 葛藤も進化の糧にしてきた。

 そんな彼女を一番近くで支えてきたのが夫の賢悟さんだ。

2022年に現役を引退した夫・賢悟さん

 男子66kg級で五輪出場を目指した彼も2014年世界選手権に出場した日本の元トップ選手。怪我の影響などで思うような結果が残せず、五輪出場はかなわないまま2022年5月に現役引退している。

 高市はそんな夫の姿を見てきたからこそ、大好きな柔道を続けられる環境にいることは当たり前じゃないんだと悟ったという。夫は決して言葉数が多い方ではないが、悩んだときその姿に何度も背中を押され、励まされてきた。

「彼の分までというのは少し違いますが、より甘えがなくなりました。彼は不完全燃焼で現役を退かなければならなかった。将来のことを考えると所属している会社を辞めて柔道を続ける決断を選択するのも難しかったと思います。そして、現役を続けている私にも多少気を使ってくれた部分もあったはず。申し訳なさもありましたし、より自分自身の人生を楽しんで欲しいとも考えていました。

 そして、彼は次の道へと進んでくれた。その姿を傍で見てきたからこそ、“もうきついな”とか、“ダメかもしれない”とネガティブになりそうなときも、“トライできるチャンスがあるんだからやりきらないと!”とポジティブに感じられるようになったんです」

「涙も枯れて、目が死んでいた」(賢悟さん)

 初めて五輪に出場した2016年リオ大会。高市はメダルを手にする仲間たちの傍で、「帰りは同じ飛行機に乗りたくなかった。一緒にいることが恥ずかしくて」と自身の不甲斐なさを嘆いていた。当時の妻の姿を賢悟さんはこう回想する。

「自分もリオに選ばれず悔しい思いをしましたが、それ以上の悔しさというか、自分じゃ理解できない感情なんだろうなって思いましたね。だから帰国した時には何も言えませんでした。慰めるのも違うし、かといってすぐに『頑張れ』とも言えないし……」

 2021年東京五輪は2回戦で敗れ、女子日本勢ではただ一人メダルには届かなかった。

「同じ日に会社の同期の永瀬(貴規・男子81kg級)の試合があったので、すぐに会うことができなかったんです。会えたときは本当に目が死んでいましたし、涙もすっかり枯れていましたね。魂が抜かれたような感じで言葉をかけられる状態ではなかったです。

 その後、現役を続けるのかどうなのかも、次のパリまであと3年しかなかったですし、代表争いがどれだけ過酷なものか、自分も分かっていたので。またつらい思いをするんじゃないかと思うと……。おそらく、順調に行くよりもつらいことの方が絶対に多いので。だから『頑張れ』とは言えなかった。リオから東京までの頑張りを、彼女の傍で見てきたからこそ、背中を押すのは難しかったですね」(賢悟さん)

 “何も言えなかった”と夫は語るが、ただ傍にいてくれるだけでありがたかったと高市は感謝する。

「自分の夫を褒めるのもおかしいですけど、人の話をしっかり聞ける人なんですよ。とにかく優しくて、そこはすごく尊敬するというか、学びたい一面です」

 一緒に涙を流してくれる夫の存在が傷ついた高市の心を癒してくれた。

 いつもどんな時も夫は高市がリラックスできるように聞き役に徹していた。

 集大成と決めていた東京五輪後、自身の去就を決断するとき、左膝前十字靭帯を断裂したとき、いつも黙って寄り添ってくれたのは夫だった。

「彼は絶対に否定しないんですよ。靭帯が断裂したときも、『もう十分に頑張ってるよ』とか『頑張りすぎなんだから少し休んだら?』と言葉をかけてくれて。それで心の余裕ができて、自分を肯定できるようになったというか。彼の方が私よりも私のことを理解してくれているかもしれません(笑)」

 選手生命をも脅かす怪我だったが、現役続行という道を選んだ彼女の決断を賢悟さんは「彼女らしいな」と思ったという。

出会いは10年前、キューピッドは松本薫

 高市夫妻の出会いは10年前にさかのぼる。

 2014年の代表合宿でのこと。キューピッド役となったのはロンドン五輪女子57kg級の金メダリスト・松本薫さんだった。

「国際大会の試合後、ドーピング検査を待っているときに、松本さんと彼女と48kg級の近藤(亜美)と私の4人が残されたんですが、その時に松本さんがやたら彼女を推してきて」(賢悟さん)

「私の試合が終わった直後、しかもドーピングの前後ですよ。松本さんが唐突に『この子どう?』って。その時は“この人、一体何を言ってるんだろう!?”って思いましたよ(笑)。絶対意味もなくただゴリ押ししただけだと思うんですけどね(笑)。でも、それがきっかけでお互い意識し始めて話すようになったんです」(高市)

 賢悟さん曰く、その2、3カ月後には「いい意味で気を使わずいられたし、一緒にいて楽しかったので」と交際がスタート。高市が28歳、賢悟さんが29歳だった2022年11月には約8年の交際を経て結婚した。

 プロポーズは「結婚しよう」という賢悟さんの言葉だったが、「プレッシャーは私がかけました。主導権は間違いなく私だと思います」と高市は笑う。

 交際を含めると出会って約10年。付き合いが長いだけに、今では仲の良い友達同士のような夫婦になっている。

柔道のための週末婚、サポートに徹する夫

 結婚後も高市は柔道に専念するため、所属するコマツの寮で暮らし、週末だけ賢悟さんと会う生活を送ってきた。

「現役中は一緒に暮らしたら、多分、むこうに嫌な思いをさせてしまうと思ったんです。私、いつも切羽詰まった感じでしたから(笑)。練習はきついし、イライラすることもあるし、なにより現役中は彼に対して何もできないだろうなという思いがあって。それでも一緒にいるのが夫婦と向こうは思っていたので、少し言い合いになったこともありましたが、最後は向こうが折れてくれたというか」(高市)

 ただ、せめて週末だけは、と夫婦みずいらずの時間を過ごしてきた。

 賢悟さんは「日曜日の夜にご飯を食べて、向こうが寮に帰るときはやっぱりちょっと寂しいな、このまま一緒にいれたらいいなと思うことはありましたね」と本音をのぞかせるが、それでも、「本当に悔いなくやり切って欲しいから。今は彼女がやりたいようにしてもらいたい」と、サポート役に徹している。

 一方の高市も、競技に専念してはいるが「食に対しての欲が薄い人なので心配で(笑)。コンビニばかりになると困るし。最低限これだけはやろうと思って」と食事だけは必ず作り置きするようにしていた。

 交際中からずっと続いてきた遠距離生活、そして別居婚。ただ、結婚5カ月が経過した昨春、賢悟さんは生活の拠点を台湾に移した。

 新婚夫婦の距離は縮まるどころかさらに広がっている――。

(後編に続く)

文=石井宏美

photograph by Miki Fukano