ド派手な赤髪のベリーショートが、コートの中でひときわ目を引いた。

 ハンガリー・ショプロンで行われた女子バスケットボールのパリオリンピック世界最終予選。世界ランキング9位の日本代表は最終戦で同5位のカナダと対戦し、86−82と勝利。2016年リオ大会、銀メダルに輝いた2021年東京大会に続く3大会連続の五輪出場を決めた。

 その中で存在感を発揮したのが、チーム最年長・36歳の吉田亜沙美だった。

 吉田は今回の最終予選を前に、髪の毛を日本代表カラーの赤(ほぼピンク)に染め上げた。『スラムダンク』の桜木花道を彷彿とさせる出立ちで、ハンガリーでも縦横無尽に駆け回った。

 注目されたのは、髪型だけではない。今回の最終予選は、吉田にとっては2020年2月に開催された東京五輪世界最終予選以来、4年ぶりの代表戦だった。

「1月に招集された20名と新しく出会って、仲間になって、みんなとバスケットボールができたことが本当に幸せでした。パリに行けるように私も頑張っていきたいと思います」

引退を決めたリオ五輪後の“燃え尽き”

 華々しい舞台で活躍する吉田だが、実は2019年、2021年と過去に2度も現役を引退している。だが、2023年4月に三たび現役に復帰し、競技人生の“第3章”が始まった。 

 1度目の引退は、夢を実現したことで“次の目標”を見失ったことが引き金となった。

 アテネ大会以来との出場となったリオ五輪ではベスト8に進出。最後のアメリカ戦ではすべての選手が無邪気に楽しんでいる姿があった。吉田はその幸せな時間を噛み締めていた。

 当時所属していたのは常勝軍団のJX-ENEOSサンフラワーズ(現・ENEOSサンフラワーズ)。リーグ優勝を果たしても「嬉しいという感情が少し薄れていた」。そんな中で迎えたリオ五輪では、忘れかけていた“楽しい”や“嬉しい”という感情を再確認することができた。10年かけてつかみ取った夢舞台は、「一生忘れられない大会」となった。

 だからこそ、すぐに東京五輪へと気持ちは向かなかった。

「次の目標や夢が見つからなくて、モチベーションを保つことが難しくなってしまったんです。それに、(所属チームで)勝ち続けなければならない、勝つことが当たり前という中でプレーすることもしんどくなってしまって」

 2019年3月、31歳の時に現役引退を決断し、コートを後にする。

恩塚HCの言葉「復帰すればいいんじゃない?」

 勝負の世界でずっと生きてきたからこそ、刺激のない生活にもの足りなさを痛感した。引退はしたけれど、身体はまだ動く。根っからのバスケ好きの血が騒いだ。そんな時にアドバイスをくれたのは、日本女子代表HCで、当時はアシスタントコーチを務めた恩塚亨だった。

「復帰すればいいんじゃない?」

 ためらいもあったが、自分の気持ちを尊重した。

「引退から半年も経ってないうちに、“またやります”なんて言えないなと最初は思っていました。覚悟を持って決断した引退なのに。でも、日が経つにつれて(バスケが)やりたいという気持ちの方が大きくなっていましたね」

 引退発表から半年後の2019年9月、現役に復帰。見据えた目標は再び迎え入れてくれたチームの優勝に貢献すること、そして東京五輪出場。そして、東京五輪を最後に今度こそ引退する――そう、決めていた。しかし、コロナ禍によって東京五輪の開催が1年延期された。その時間は吉田に大きくのしかかった。

「このために戻ってきたのに……という思いがあったので、(延期が決まったときは)絶望でしたね。あと1年も先となると、モチベーション、コンディションを考慮すると厳しい。だから、現役を退くことを決めたんです」

 現役復帰から1年4カ月後の2021年1月、33歳の時に2度目の現役引退を決断した。

 2度もそんな大きな決断をした吉田が、異例とも言える3度目の復帰を決めたのは「今しかできないことがある。目の前にチャレンジできるチャンスがあるのに見過ごせない。二度と後悔したくない」という思いが再び、芽生えたから。

 何より東京五輪で躍進する後輩たちの姿を見て、心のどこかに引っかかるものに気がついた。銀メダルを獲得したチームを見て、「シューターがたくさんいるので、パスの選択肢がたくさんある。だからパスを出したいなと感じましたし、一緒にプレーしたいなと思いましたね」と、後に当時の心境を振り返っていた。

「“あの時やっておけばよかったな”と思った瞬間があったんです。同じ後悔をするのなら、やらずに後悔よりやって後悔だなと。たぶん、今回が本当に最後のチャンス。それを簡単に手放せないなと思ったので」

未知の挑戦となる“3度目の現役生活”

 2023年4月、アイシン ウィングスに加入した。秋のWリーグ開幕に合わせて「気合いを入れて青くしてみました」と、チームカラーの青に髪を染めた。その覚悟はプレーにも現れ、与えられた時間の中で持ち前のリズムを取り戻し、若手が多く揃ったチームに変化を与えた。

 全盛期はここぞという場面で自らシュートを決め、力強いドライブで切り崩し、味方のシュートをお膳立てするなど絶対的なエースガードとして君臨したが、キャリアも年齢も重ねた今は冷静に自身を見つめている。

「数年前から体力的な部分での衰えや、自分が思い描いているバスケの動きができず歯がゆさを感じていました。それはこれからもうまく付き合っていかなければいけない部分。今の自分のベストパフォーマンスをその都度、出せるようにやっていきたい」

 2度の現役引退と現役復帰は過去にも例をみない。3度目の現役生活は吉田自身にとっても未知のチャレンジだ。

「昔の自分のようにはいかないけれど、それをしっかりと受け止めて、そのとき出来るプレーを探しながら、新しい自分を作っていきたい」

 年が明けた1月、吉報が届いた。4年ぶりに恩塚HCが率いる日本代表候補に復帰し、2月には最終予選を戦う12人に選ばれた。

 リストが発表された直後は、主力の一員としてどこまでチームに貢献できるか懐疑的な声も少なくなかった。しかしそんな声を黙らせるかのように、コートでは短い時間でも流れを変え、視野の広さを生かしたテンポの良いパス回しでオフェンスにリズムを与えた。

 百戦錬磨のベテランの復帰は、チームメイトたちにも安定感をもたらした。

 ENEOSでも一緒にプレーした宮崎早織(28歳)が「私は1年目からリュウさん(吉田)と一緒にプレーしていますが、一緒に代表でできたことはすごくうれしかったですし、交代でリュウさんが出てきてくれてとても心強かったです」と頼れる存在の復帰を歓迎すれば、主将の林咲希(28歳)も「(馬瓜)エブリン選手と吉田選手が復帰してくれたことによって、チームの士気が一段と上がった印象がありますし、絶対に負けないという気持ちを持ってプレーできていたと思います」と続いた。

「経験を伝える義務が私にはある」

 馬瓜エブリン(28歳)が東京五輪後に“人生の夏休み”を取得し、1年の休養を経て復帰したことは話題になった。他にも、社長としての一面を持つ高田真希(34歳)など、女子バスケ代表には多角的な視点で、自分らしい生き方を模索し、行動を起こす選手が増えている。

 そこには、長く日本代表の主将を務め、司令塔として活躍してきた吉田の“常識にとらわれないキャリア形成”も少なからず影響を与えているだろう。

「これまでいろんな経験をさせてもらいました。その経験を伝える義務が私にはあると思っています。(代表も所属チームも)若く、可能性しかないチーム。私の経験が何か少しでも、“私も変わりたい”“変わらなきゃ”と思ってもらえるきっかけになってくれたら嬉しい。それが私の役割であり、使命だと思っています」(吉田)

 五輪の切符は勝ち取った。しかし、そのチケットをもらえるのは、わずか12人だ。世界の厳しさを知る一騎当千のベテランは、リオ五輪以来となる自身2度目の大舞台を目指して、再びアクセルを踏む。

 パリでは何色に染まった髪がコートで躍動するのか。その日が来ることを心待ちにしている。

文=石井宏美

photograph by Yoshio Kato/AFLO