日本将棋連盟は2月3日、棋士が2024年に獲得した賞金・対局料ランキングのベスト10を発表した。1位は3年連続で藤井聡太竜王・名人(22=七冠)で1億7556万円。昨年6月に叡王のタイトルを失ったので、23年より約1000万円の減額となった。藤井の獲得賞金・対局料の推移、約30年前に比べて金額が頭打ちになっている事情、プロスポーツ選手との比較などについて田丸昇九段が解説する。【棋士の肩書はいずれも当時】
羽生の歴代最高額…じつは七冠独占の96年ではない
私こと田丸が将棋連盟の出版担当理事だった1990年、機関誌『将棋世界』で棋士の獲得賞金・対局料ランキングのベスト10を初めて発表した。それ以前は、棋士の収入の問題はタブー視されていた。しかし、87年に創設された竜王戦が賞金・対局料を明示したことや、ニューヒーローが続々と現れた状況を踏まえて、発表に踏み切ることにした。
初めて発表した89年ランキングでは、1位は谷川浩司王位で6069万円。2位は中原誠名人で4773万円、3位は島朗竜王で4372万円と、タイトル保持者が上位を占めた。
初代竜王に就いた島は2600万円の賞金を獲得した。89年12月には羽生善治六段(当時19)が島竜王に挑戦して破ったが、賞金の支払は90年なので、89年ランキングでは7位の1869万円だった。
囲碁界では小林光一棋聖の獲得賞金・対局料が1億円に達し、社会的にも話題に上った。将棋界の1位はそれに及ばなかったが、全体的に発表しがいのある水準になっていた。
将棋連盟が89年ランキングを発表すると、反響は内外にわたり、一般誌の記事にも取り上げられた。
90年代に入ると、羽生がタイトルを次々と獲得していった。93年ランキングでは1億円を初めて超えた。95年ランキングでは六冠を保持し、最高額(当時)の1億6597万円に達した。
96年ランキングでは2月に全冠制覇の「七冠」を達成したが、7月に棋聖を失冠したので、前年より微減の1億6145万円だった。
ベスト10の総額約4億円…約30年前より減少のワケ
2024年ランキングでは、1位の藤井竜王・名人に次いで、2位は伊藤匠叡王で4364万円、3位は永瀬拓矢九段で3026万円、4位は佐々木勇気八段で2900万円、5位は渡辺明九段で2594万円。タイトル獲得者や挑戦者が上位に並んだ。6位以下には豊島将之九段や菅井竜也八段らが名を連ね、10位は羽生九段で1622万円だった。
同年の女流棋士1位は西山朋佳女流三冠で、例年と同じく金額は非公表。なお96年ランキングでは、清水市代女流四冠が女流棋士として1000万円を初めて超えた。
1989年の獲得賞金・対局料ランキングのベスト10の総額は約3億円。その後、96年ランキングのベスト10の総額は約4億3000万円に増えた。各タイトル戦の契約金が堅調に伸びていたからだ。しかし97年以降の契約金は、全体的に据え置きや減額が続く状況となってきた。実際に2024年ランキングのベスト10の総額は約4億円で、約30年前より減っている。
将棋連盟の主要財源は、新聞社などとの棋戦契約金である。しかし、発行部数や広告収入の減少、ネット時代への移行による活字離れによって、新聞社の財政は厳しいのが現実だ。
八冠独占しても獲得額2億円に満たない現実
近年は「〇〇杯」といった企業の特別協賛によるタイトル戦が多い。ただ棋戦主催者の負担を軽減する形態のようで、契約金の大幅アップには至っていない。その一方で、動画配信サービス「ABEMA(アベマ)」がタイトル戦などの対局中継を常時していて、年間の契約金はタイトル戦並みだという。
藤井は棋士4年目の2020年に棋聖と王位のタイトルを初めて獲得し、賞金・対局料は4000万円を超えた。以後もタイトル獲得を重ねて増額していき、全冠制覇の「八冠」を達成した23年は最高額の1億8634万円だった。ほかにイベント出演料、広告契約料、印税などの副収入を合わせれば、2億円以上と推定される。
一般の人から見れば、20代前半でそれだけの収入があるのはすごいと思うだろう。しかし、すべてのタイトルを取ったトップ棋士の獲得額が2億円に至らないことは、将棋界の現状を如実に示している。
イベント、大盤解説会は盛況だが観客は多くても…
野球、サッカー、テニス、バスケットなど、世界のプロスポーツでは、トップ選手が年間で10億円以上を獲得する例は珍しくない。ドジャースと10年間で日本円にして約1015億円もの超高額契約を結んだ大谷翔平は別格であるが――日本のプロ野球界でも、藤井と同じぐらいの年俸の選手は多くいる。それには構造的な違いがあった。
前記のプロスポーツは、テレビ局やインターネット番組からの放送権料、世界的な企業からの宣伝広告費、何万人もの観客の入場料、関連商品のロイヤリティーなど、巨額の収入を得るビジネスモデルで成り立っている。運営会社がチームの赤字を補填することもある。
近年の将棋界は「藤井人気」の好影響によって、各種イベントや大盤解説会は盛況だが、観客は多くて数百人というレベルだ。プロスポーツのように、広い会場に数千人、数万人という集客がないと、本物の人気とは言えない。
新聞社などとの棋戦契約金が頭打ちになっている現状では、大企業から高額の協賛を得ることが望まれる。ただ特別な付加価値がないと難しいようだ。
その一例として国際化がある。
日本の伝統的な格闘技の柔道は世界的に普及していて、各国の選手の実力は高くて愛好者はかなり多い。今では「JUDO」で通っている。将棋も「SHOGI」として世界的に広まればいいが、現状は国内にとどまっている。
ちなみに…著者の田丸九段の年間最高額は?
プロスポーツの選手はたいがい30代で引退し、現役年数は決して長くない。棋士の場合、公式戦の成績がよほど悪くなければ、原則として60歳ぐらいまで現役を続けられる。
田丸は現役時代に目立った実績を挙げられなかったが、2016年に66歳で引退するまで、45年間も「細く長く」現役を続けられた。ちなみに公式戦の対局で得た年間の最高額は、順位戦でトップのA級に昇級した1992年ランキングの1323万円(20位)だった。その後、順位戦でB級からC級と降級すると、獲得額も比例して減額していった。
一般の勤め人は、勤務年数を重ねるうちに給料も増えていく。棋士の多くは加齢によって実力がたいがい下降していき、収入も減っていく。しかし好きで入った世界なので、どの棋士もそんな現実に納得しているのだが――。
文=田丸昇
photograph by Nanae Suzuki


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