フィリップ・トルシエインタビューの最終回である。
選手の意見を取り入れる森保一日本代表監督のマネジメントが機能したから、日本代表を押しも押されもせぬアジア最強国の地位に押し上げたとトルシエは言う。
選手を言葉と理念、コンセプトで導く強い力を持つリーダーが不在でも、日本はここまで到達できたと。
だが、そこから先に進むためには、日本代表にもカリスマ性のあるリーダーが必要であり、それは選手ではなく監督・指導者であるべきだと彼は主張する。日本が世界の頂を目指すために必要なものは何であるのか。そしてそれを考えるのはいつであるのか。トルシエは語り続ける。
私が間違ったのはトルコ戦で責任を与えたことだった
――森保監督のチームマネジメントについて、あなたの目にはどう映っているでしょうか。
「今の森保は海外組と完璧な調和を保っている。彼らはビッグクラブの素晴らしい環境で優れた監督の指導を受けている。その状況で森保のマネジメントは選手とのやり取りに主眼が置かれている。言うなれば選手も参加するマネジメントだ。選手は自由に意見を表明し、積極的に議論に加わる。このやり方がうまく機能しているから、日本はW杯予選も問題なく通過しいい結果も得ている。
他方で日本は技術大国でもある。森保は、戦術的な構築を名波浩をはじめとする専属スタッフに任せることでマネジメントをよく機能させているが、エキスパートの人材が豊富な日本が必要としているのはガイド(導く者)、チームを導けるリーダーだ。日本には自分たちでチームを導ける力はない」
――あなたが以前から指摘していた、古くて新しい問題ですね。
「私が間違ったのは、日韓W杯のトルコ戦で、選手たちに責任を与えたことだった。
選手が参加するマネジメントを実践した。試合が始まってから感じたのは、日本はまだその段階にないということだった。選手が責任を持って自分たちの主張を実践できる段階には至っていない。日本にはまだ導いてくれるガイドが必要だった」
残念ながらモリヤスはそのタイプではない
――累積警告でキャプテンの小野伸二が欠場した1999年のU-20W杯決勝、対スペイン戦でも同じことを感じました。
「この問題は、日本代表を見るたびに幾度となく現れた。選手たちはもの凄く成長し、サポーターが『森保は何もしていない』と揶揄するぐらいに存在感を示せるようになった。代表の原動力は選手であって、森保は何も貢献していない、監督は必要ないと。
だがそれは違う。
監督は絶対的に必要だ。そして森保は、自分の仕事をしっかりとこなしている。ただそのマネジメントは、選手の考えを取り入れるやり方だ。それがうまく機能したから、カタールW杯では素晴らしいパフォーマンスを発揮できたし、26年W杯予選も世界最速で突破することができた。次のW杯でも、準々決勝進出という目標に向けて問題なく機能するだろう」
――しかし、それだけでは足りない。
「日本サッカーを理解し、外部から客観的に見ている私からすると、日本人選手は常にガイドやリーダーを必要としているように思える。戦略やシステムを明確に提示し、チーム内に競争を作り出し選手にポジティブなプレッシャーを与えられるリーダーだ。残念ながら森保は、そのタイプではない」
“全員参加型”のマネジメントに持つ懸念とは
――日本がW杯で準決勝や決勝に進むには、選手やチームを導くガイドが必要ということでしょうか。
「いや、これは結果を得るための議論ではない。日本人選手のことはよく知っているが、彼らは責任を与えられると集中力を欠いてしまう。それぞれが責任を感じているのは間違いないが、状況を客観視させてくれるガイドは必要だ。決断を下すのは選手ではない」
――それは監督やコーチであるのですね。
「そうだ。私が思い描くのは指導者の誰かだ。日本はリーダーが厳然と存在する国ではない。コレクティブであることが日本の原理であって、リーダーに率いられている国ではない。サポーターもメディアもリーダーの出現を望んではいるが、日本にリーダーが現れることはない。リーダーであっても、それは合意の上に過ぎない。強い力を持つリーダーを日本人は容認しない。チームがリーダーだ。
私がリーダーと言うとき、トップレベルの選手のマネジメントができるコーチのことだ。彼らにチームの哲学、プレー哲学を課すことができる人物だ。しかし現状では、日本のマネジメントは全員参加型だ。このリーダーが森保だ。
だがこのやり方では、選手は本物のリーダーにはなれない。意見の主張はできても、自分たちで何かを決めることもできない。彼らに代わってエネルギーをひとつにまとめあげられる人物が必要だ。
いつかこの問題を解決しなければならない日が必ずやって来る。次なる高みに到達するために」
ルイス・エンリケの中に森保的要素はない
――それが日本代表と日本サッカーの次の段階になるのですね。
「私はそう思う。次の段階で求められるのはライオンの調教師だ。選手たちはみなビッグクラブに所属している。だからこそ調教師が必要だ。どんなイメージが適切であるのかよくわからないが——馬の調教師なのかライオンやトラ、クマの調教師であるのか……。日本のメディアと読者に対してどう言えばいいかわからないが、いずれにせよ選手を導くガイド=調教師が必要だ」
――その適役として、あなたは具体的に誰をイメージしますか。ペップ・グアルディオラなのかジョゼ・モウリーニョなのかカルロ・アンチェロッティなのか、それともルイス・エンリケであるのか……。
「(しばし考えて)ルイス・エンリケのような人物かもしれない。というのも日本人選手はエンジニアであるからだ。実践する能力、作り上げる能力はとても高い。
だがアンチェロッティのやり方もうまくいくだろう。何故ならばアンチェロッティは〈森保+ルイス・エンリケ〉といえるからだ。ルイス・エンリケの中には森保的な要素はない」
モリヤスの弱点は高いレベルでの経験不足だ
――たしかにアンチェロッティが人間関係に重きを置くのに対して、ルイス・エンリケは優れた戦術家でありプレーの構築で卓越しています。
「その通りで、ルイス・エンリケのマネジメントはよりメカニカルだ。それでもうまくいくだろう。日本の選手は優れたエンジニアで、ルイス・エンリケが課すプログラムを着実かつ正確に実現するだろう。だから彼のシステムも日本人に対して機能する。
しかしアンチェロッティのシステムは……森保流のシステムは現状よく機能している。だからあまり早く先に進むべきではない。たしかに森保の弱点は高いレベルでの経験が不足していることだ。だからこそアンチェロッティは〈森保+ルイス・エンリケ〉といえる。彼は人間関係と戦術のバランスをうまく保っている。
ただ繰り返すが、ルイス・エンリケも大きなプラスアルファをもたらせる。日本人は彼の求める要求を完璧に実現できる。ふたりのどちらを選ぶかと問われれば私はルイス・エンリケを選ぶが、彼と仕事をするには時間が必要だし、代表チームの場合は選手が集まるのは試合の3日前だ」
“モリヤス流”を容認しつつ、すべてを任せるべき
――準備の時間がありません。
「クラブと同じような準備はできない。選手にプレーのやり方を伝えるのは簡単ではない。だからこそアンチェロッティの方がガイドとして多くを伝えられる。責任を持ったうえで、森保がチームにもたらした心地よさを保つように」
――ルイス・エンリケ的な要素は、森保にもこれから求めるべきことなのでしょうか。
「いや、彼にはできない。森保自身が応えられることではなく、協会が考慮すべきことだ。森保はあくまで森保で、彼には国外での経験がまったくない。ルイス・エンリケほどの戦術もない。だから森保に関しては、全員参加型のマネジメントを容認しつつ、彼にすべてを任せるべきだ。そして日本が、最低限の目標となる準々決勝に到達できたかどうか結果を待つ。失敗した場合には、選手のクオリティを鑑みても監督のマネジメントについての問題を考えざるを得ない。今後どういうガイドが必要であるのかを。
現状ではガイドに何の問題もなく、選手に自己主張を求めるが、日本の選手は自らを主張することに慣れていない。どうするべきかの基準を常に求めている。W杯でうまくいかなかったときは、その点を考えていくべきだ。ただそれは、私に言わせれば次の段階だ」
――次のW杯の後でどうするかということですね。
「そういうことだ」
日本サッカーの健康状態は日本代表と直結している
――最後になりますが、日本のエコシステム(サッカーを巡る環境システム)は現状うまく機能しているのでしょうか。
「ああ、クラブやアイデンティティのレベル、スタジアムを埋め尽くすサポーターのクオリティ、地域住民と一体になろうとする長崎の新たなプロジェクト……。日本はサッカー界の中心であるヨーロッパから遠く離れた位置にあるが、サッカーをめぐるすべてがうまく機能し、規律に溢れ競争力のある高いレベルの若手を育成するシステムを確立している。世界有数のエコシステムであるといえる。
今、さらにプラスアルファを求めるのであれば転換が必要だ。その転換は、恐らくはW杯準々決勝進出になるだろう。ベスト8に入ることで、新たな視界が日本にひらける。日本サッカーの健康状態は日本代表と直接的に結びついている。日本代表が準々決勝かそれ以上に勝ち進めば、それが日本サッカーに新たな次元のダイナミズムをもたらすのは間違いない。
私が語ったことはすべて理解したか」
――もちろんです。とても面白かったです。メルシー、フィリップ。
〈第1回からつづく。【関連記事】からご覧になれます〉
文=田村修一
photograph by JFA/AFLO


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