今、大食いが密かなブームになっている。

 YouTubeでも人気コンテンツとなり、フードファイターの木下ゆうかさんは、女性単独のYouTuberとして1位のチャンネル登録者数547万人を誇る(5月27日時点、専属契約のプレスリリースより)。

 YouTuberランキングサイト「yutura(ユーチュラ)」でも、木下さんは堂々の5位。「大食い」のタグが付いたチャンネルは69あり、そのうち40が登録者数1万人を超えている状況だ。

 大食いをスポーツとして世に知らしめたのは、1980年代に始まったテレビ東京の「全国大食い選手権」だった。その後継企画では、小林尊さんやジャイアント白田さん、ギャル曽根さんが全国的な人気者になった。

 そしてテレビ東京は4月から『デカ盛りハンター』の放送を開始した。

 文字通りデカ盛りをハント(狩り)するわけだが、4000冊以上のグルメマンガを蒐集してきた筆者には、「ハンター」というタイトルにある漫画キャラクターがリンクする。

 大食いのスポーツ化を目指してフードファイターが奮闘する『喰いしん坊!』(日本文芸社、著:土山しげる)に登場する、大食い賞金稼ぎ「ハンター錠二」その人だ。

 漫画の世界で大食いがどのように競技化・スポーツ化され、その内側でどんな駆け引きが行われてきたかを紹介したい。

プロフードファイターという肩書。

「ハンター錠二」はサングラスとカウボーイハットがトレードマークで、決して大柄でもなければ、それほど若くも見えない。

 それでも科学的に裏付けられた知識と、大食い・早食いのどちらにも対応できる「二丁喰い」などのテクニック、そしてどんな状況にも屈しないメンタルを併せ持ち、無類の強さを発揮する。

 錠二は名刺に「プロフードファイター」という肩書を使っている。大手商社の元会長・丹下孝之介が夢見る「大食いのスポーツ化」に賛同し、トラックドライバーを辞めてまで尽力する人物だ。

 ちなみに丹下会長は「決められた時間内に決められた量を食べる事 これすなわちルール!」(9巻P15)と掲げ、有望な人物に食材やコーチを充て、育成に努めるパトロンでもある。

邪道喰いと正道喰い。

 スポーツとしての駆け引きを描くうえで、作品の紹介に欠かせない対立軸が「正道喰い」と「邪道喰い」と呼ばれる2つの食べ方だ。

 主人公の大原満太郎やハンター錠二らは、料理本来の食べ方で味わいながら競う「正道喰い」。

 一方で「邪道喰い」は食材を液体に混ぜて飲み込むことが多い。主人公たちは「腹を膨らませないために水は極力少なく」と心得ているのに反し、水や湯でガブガブ流し込むのが特徴だ。

 理屈では「正道喰い」が強そうだが、だが、その過程では実に繊細な内容が繰り広げられる。

 主人公が初めて「邪道喰い」との対決を演じる相手は「たこ焼き100個を5分で食った男」横川。丼にたこ焼きと湯を入れて流し込んでの記録だ。

 その横川との戦いの種目は、豚マン。横川は中身を皿に出して食べた後、皮だけをドンブリに入れて湯で流し込み、15分で30個を食べて見せる。

大食いでも、美味しそうなことが大事。

 しかし2度目の勝負で、主人公は豚マンを半分に切って中身を出して冷ましてから、詰め直してちゃんと豚マンの姿に戻してから食べるのだ。「邪道返し」と名付けられたその方法で30分で42個と4分の1を食べて見事に勝利した。

 本作品は2004年10月から2009年2月まで217話が連載され、単行本は24巻まで発売されている。グルメ漫画は専門的な知識が必要になるため長期連載が難しいジャンルで、20巻を超えるタイトルは多くない。

 その連載を支えてきた1つが、「おいしそうな料理と食べ方」にある。

 食事をおいしそうに描くことは、実に難しい。本作品は「邪道喰い」の一部を除いて、とてもきれいで美味そうな描写が群を抜いている。米や麺の細かい表現から、食材の照り、噛み跡までもが丁寧に描かれている。

勝つのは理論か、根性か?

 登場する各キャラクターの得意技にも、裏付けのあるものが多い。

「二丁喰い」は、両手に箸を持って同時に食材を持ち、交互に食べる技だ。ラーメンやたこ焼きなどの熱い料理の時は、片手で冷ましている間に、もう一方を食べ進める。素麺のように冷たい食材でも、振ることで余分なつゆを落とす効果がある。

 どら焼きの大食いで味に飽きず胃を休めるため大根おろしを持ち込んだり、太巻き寿司での海苔対策として包丁で輪切りにした後に霧吹きで海苔を柔らかくしたりするなど、名もなきテクニックが次々と登場する。

 ただ最終的には、自分の限界と向き合った鍛錬が実を結ぶようだ。大原と錠二が公式戦で激突した太巻き寿司対決では途中、目隠しが登場して相手の状況が分からなくなった。他の対戦者が焦ってペースを乱す中、錠二はなんと指でリズムを刻んでペースを乱すことなく食べる技を披露。大原に僅差で勝利する。

 そしてストーリーは、大食いの世界的なスポーツ組織が動き出すところで完結する。

大食いが市民権を得たら……。

『喰いしん坊!』の終了から1年半後。続編『大食い甲子園』(日本文芸社、著:土山しげる)が始まった。大食いについてはもう描き尽くしたのではないかという心配は、すぐに裏切られた。

 大食いがスポーツとしての市民権を得た世界を舞台に、チームの絆で闘う「団体戦」をテーマに据えたのだ。

「正道喰い」と「邪道喰い」は今作でも登場するが、高校生の部活となり教育的な側面が強くなったことで、「邪道喰い」は「食指導」として減点の対象になった。

 そのため精神面での駆け引きが増え、10分間での早食い勝負で相手の動揺を誘うために、手や口を忙しく動かして序盤から「スパート」をかけたふりをする、のような技も登場する。高校生たちが焦らず冷静に対応する難しさが描かれる。マラソンや駅伝にも通ずる駆け引きだ。

 本作には『喰いしん坊!』の主人公・大原満太郎らしき人物や、ハンター錠二が登場し、世界観を共有している。作者の土山氏は後に、トラックドライバー時代のハンター錠二を描く『流浪のグルメ 東北めし』も発表し、それが遺作となった。

大食いが「道」に昇華した世界。

『大食い甲子園』が11年7月に完結したのと入れ替わるように、同年2月からは女子高生だけが参加できる大食い大会「天食祭(てんじきさい)」を目指す部活マンガの『てんむす』(秋田書店、著:稲山覚也)が始まった。

 舞台は「食い道部」。この世界では、大食いはスポーツを乗り越えて作法としての道にまで昇華しているのだ。

 単行本では、テレビ東京『元祖!大食い王決定戦』の協力作品であることが巻末で紹介されている。

 その恩恵は序盤から存分に発揮され、成人男性の平均限界食量がそば2.7人前(351g)であることや、喉の「噴門括約筋」が飲み込む力に影響することなど、現実世界のデータが披露される。

 主人公の春風天子は、そばを14人前平らげ、カツ丼1人前を40秒で食べるキャラクターだ(成人男性は平均180秒)。

 本作にも、「勝負」に挑むための技術的、精神的な描写がちりばめられている。手羽先で骨に少しでも肉を残して食べる量を減らそうとした選手が「どこまで残して良いか」を気にするあまりペースが乱れ自滅したり、スパートのタイミングの駆け引きに敗れて心が折れる選手が登場する。

 この必死さをスポーツと言わずして何と言おう。

大食いの女の子というコンプレックス。

 そして最終盤には、何度読んでも涙が出てしまう物語が展開する。おいしいものを食べることに幸せを感じていた主人公が、勝ちを意識するあまり苦痛を感じながら食べ進めるシーン。

 急速に成長してきた春風だが、優勝にはあと一歩届きそうにない。力の抜けた表情の春風に、物語序盤から何度も戦ってきたライバルが声をかける。

「辛くて最悪なことばかりだったけど、あんたが居たから大食い競技を続けてきた」

「なんで真剣な顔で食べようとするの?」

「あんたはいつだってバカみたいに楽しそうにゴハン食べてなさいよ」

 女の子なのに大食いであることにずっとコンプレックスを感じてきた主人公が、仲間やライバルと出会う中で大食いを個性として捉え直し、おいしく食べることが「大食い」の競技化の価値だと気づくのだ。

所詮、たくさん食べるだけ?

 大食いのスポーツ化について「所詮食べ物をただたくさん食べるだけ」と言われた『喰いしん坊!』丹下会長は「『所詮』という言葉はすべてのスポーツに共通するのでは?」と答える。

 100m走はただ走るだけ、サッカーはボールを蹴るだけだ。それでも、人が限界に挑む姿に人は感動するのだ。

 みるみる減っていくホットドッグに、次々と積み重ねられるラーメン丼。食事は誰もがしたことがあるからこそ、その凄まじさがひと目で実感できる。

 そしてその裏側には、ハンター錠二や春風天子が積み重ねたトレーニングやテクニックの応酬があるのだ。

文=旨井旬一(マンガナイト)

photograph by SHIGERU TSUCHIYAMA/NIHONBUNGEISHA